第76話 悪行 ガーベージ
サザーランド北外門前
丁度、西に傾いた陽の光を受けて遠方の山肌が橙色に移る頃、ガーベージたちも北門前へと到着する。
既に兵士たちが整列しており、全員は真っ青に血の気の引いた顔で小刻みに震えている。
彼らの視線の先には、赤色の肌の千ほどの集団が隊列を組んでおり、その全員が口だけ空いた無骨な仮面を被っていた。
あの肌の色はラドル人か。とすると、あれが今回の新政府軍の目玉兵器ってことだろう。
確かに強そうではある。だがそこまで怯えるほどだろうか。少なくとも、ガーベージには少し屈強な兵士程度にしか見えない。
仮面の集団のすぐ脇には、恰幅の良い金髪の男と、真っ黒な異国の黒服に四角い帽子を被った男が佇んでいた。
恰幅の良い男は、ジーモン・ゲッフェルト。新政府軍の筆頭であり、現宰相でもある。
だが、隣の異国の服を着た巨躯の男は、一度も目にしたことはない。
「来たか、マジロ将軍」
「ええ、頃合いのようで。ほう、どうやら、粛清の真っ最中と見える」
マジロ将軍はゲッフェルト公爵に近づくと、ガーベージに来るよう顎をしゃくってくる。
「ゲッフェルト公爵様! お久しぶりです」
速足でゲッフェルト公爵の前まで走り、深く頭を下げる。
「貴様は確か、通商連合の元締めだったな?」
「はい! ウエィスト商会で会長をしているガーベージ・ウエィストです!」
「こやつも此度の我らが雄姿を間近で観戦したいというので連れてきましたが、問題ないですかな?」
「別に構わん。どうせ、結果は同じだ。アモン殿!」
ゲッフェルト公爵様は、隣の異国の服を着た男に視線を移して、指示を出す。
ゲッフェルト公爵様が敬語を使う事など滅多にない。この御仁、相当な地位の人物なのだろうか。
「はいはいはーい、次はぁ、カップルぅ、デスネ!」
異国の服を着た男は、赤色の水たまりの前まで弾むよう名足取りで向かって、仰々しく一礼すると、パチンと指を鳴らす。
テントの中から、数人の兵士たちに縄で手首を縛られた兵士姿の男女が連行されてくる。
「さてさてさーて、お立合いー、次の処刑は、前夜逃亡を図った臆病兵士カップルさんたちぃデースネ!」
独特のイントネーションで叫び、奇妙なポーズをとる。
「でもでもでもぉーー、ワタクシ、すごーく、慈悲深いのでぇ、君たちのうち一匹だけ逃がしてあげますデースネ! ね? ワタクシ、や・さ・し・いデショ?」
涙を流しながら、何度も頷く兵士たち。
「これはゲッフェルト公爵の処刑ですよ。勝手なことは――」
この異様な光景に、マジロ将軍の御付きの将校が異議を唱えようとするが、言葉は最後まで続かず、頭部に食いつく赤肌の仮面の男。そして群がる仮面の男たちにより、食われていく。
眼前の光景を上手く事実として認識できない。ただ、濃厚な鉄分の臭いと肉を引き千切り、骨を砕く咀嚼音に交じり、己の歯がカチカチと打ち鳴らされる音が聞こえていた。
「客人、困りますなぁ。替えが効くといっても、将校はそれなりに貴重なのです。食わせるなら一般兵にしていただきたい」
「めんご、めんごぉ。五月蠅いんで、ついぃ、殺しちゃいましたぁ、デス!」
ペロと舌をだして、右拳で自身の頭を軽く、コツンと叩く。
「ま、ショーの邪魔をしたのは儂の部下の方ですし、構いませんがね」
酸っぱい者が込み上げて来て、蹲って吐しゃ物を全て吐き出していた。
「じゃあ、再開ぃ、デスネ。生き残りたいのはドッチ?」
まるで料理の種類でも問うかのような言い回しに、
「彼女を助けてください!」
震えながらも、果敢に額を地面にこすりつけそう宣言する。
「ちょ、ちょっとギ――」
女兵士が血相を変えてその言葉を否定しようとするが、やはり、赤肌の仮面の怪物どもに噛みつかれ、断末魔を上げつつも食われていく。
「うああぁぁ!!」
涙を流して絶叫を上げて狂ったように暴れる男の兵士。
「……落ちる」
「え、なんだって?」
アモンは耳に手をやり、傾くけるが、
「お前らは地獄に落ちる! きっとあの英雄グレイ・イネス・ナヴァロにより、倒される。かならず、あの人が――」
男も怨嗟の声を上げながら赤肌の仮面の怪物どもに喰われてしまった。
「いけない、いけない。食事はゆっくりと教えているのデスがぁ」
「構わんさ。それより、ようやくあの小僧が到着したようだ」
ゲッフェルト公爵が顎をしゃくる。遠方に見える土煙。そしてこのサザーランドに向けて走ってくる幾多の鉄の箱。
それらは列をなして、このサザーランドを包囲するかのように並んだ。
「では、ゲッフェルト公、我らは上から観戦すると致しましょう」
「そうだな。では客人、あとは任せましたぞ」
マジロ将軍の提案に、ゲッフェルト公爵閣下も頷き、アモンに委ねると、城門へと歩き出す。
大慌てて、今も笑う膝に鞭打ちマジロ将軍の後に続く。
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