第75話 計算違い ガーベージ・ウエィスト
サザーランド
商業ギルドが新政府を拒絶した数刻後、サザーランドの一斉封鎖が開始されるが、既に商業ギルドの主な商人たちはラドルへ避難した後。残されたのは、通商連合の商人たちのみ。
(計算違いだ……)
ウエィスト商会の会長――ガーベージ・ウエィストは、封鎖前には人々で賑わっていた大通りを眺めながら、独り言ちた
ここはセンター通り。商人たちが商いをする激戦区。なのに、今や歩いているのは兵隊ばかりで、商人はほとんど見られない。
最初はいい感じに通商連合に所属する商人の数は増えていたのだ。それが、マグワイアー家の脱退の件から続出し、今や門閥貴族系列の僅かな商人のみが所属するのみとなる。
加えて商業ギルドは、通商連合所属の商人との一切の商取引を禁止した。つまり、その僅かな商人たちのみで、商いを行わなければなったということ。そんなこはもはや不可能。
一発逆転の方法は、新政府軍が勝利し、あの忌々しいラドルを無理やり併合。ラドルの有する富と技術を独占し、商業ギルドを無理やり従わせるのみ。
「待たせたな!」
短髪の巨漢が右手をあげつつ陽気に叫ぶ。
「マジロ・アルドネス総大将殿、大分、お楽しみのようで幸いです」
赤い顏からして、呑気に酒でも飲んでいたのだろう。グレイ《小僧》の軍が目と鼻の先に迫っている。サザーランドが落ちれば、あとは帝都圏。新政府に加担した貴族たちの領地が広がっている。
(こんなのを総大将にして本当に大丈夫なのか?)
この金髪のいかにも筋肉の塊のような男は、マジロ・アルドネス侯爵。外見同様、頭の中も筋肉でできてそうな男だ。でなければ、いくら奥の手があるとはいえ、あのグレイを相手にここまで余裕など持てるはずもない。
「うむ、お前の店は酒も美味いし、いい女ばかりだ。この勝利の暁には何人か、娶ってやってもいいぞ!」
ガーベージの皮肉など全く通じもせず、上機嫌に背中を叩いてくる。内心で怒鳴りつけたくのを全力で抑えながら、
「ありがとうございます。是非とも最高の商品を献上させていただきます」
当たり障りのない台詞を口にする。
「俺は連れ添いの前で、奴隷の女を無理矢理犯すのが好みなのだ。手配せよ」
「それはもちろん」
勝てるのなら、いくらでも献上してやるさ。だが、敗北したら破滅なのだ。今この時だけはそんな獣欲よりも、この戦争の勝利に向けて真剣に取り組んでもらわねばならない。
「そろそろ、戦端が開かれると小耳挟みましたが?」
「ああ、そのようだな」
(お前が将軍だろうがっ!)
興味もなさそうに、耳をほじって返答するマジロ将軍に、軽い殺意を覚えながらも、必死で笑顔を作って手を擦り合わせて、
「マジロ将軍の勇猛さは前々から耳にしております。此度の戦やはり、将軍にかかれば楽勝でしょうな?」
一番知りたい情報を引き出そうと試みる。
「まあな――と言いたいところだが、此度は我らの出番はなしだ」
「出番がないというと?」
「気に入らんが、ゲッフェルト公の玩具が聊か強力すぎるのだ。まさか、蛮族どもをあそこまで強化するとはな……我らは残党の掃討に徹せよとの仰せだ。あの生意気な小僧の手足を一本一本粉々に砕いてやろうと思っていたのだが、ま、仕方あるまい。ままならぬのが
心底つまらなさそうに呟くマジロ将軍とは対照的に、ガーベージは胸を撫でおろしていた。
そうか。この男の余裕もそのせいだったか。マジロ将軍は、仮にも正規軍の実務上のTOP。しかも、将軍はアンデッド襲撃事件に出陣していた。ならば、グレイの戦闘を直に見たことがあるはず。そのマジロ将軍が勝利を疑っていないならば、危惧する必要はないのかもしれない。
「勝利後の戦勝祝賀会は是非、通商連合の元締めたるウエィスト商会にお任せあれ! 最高の御もてなしをさせていただきます」
「うーむ、頼んだぞ」
「は!」
【ラグーナ】と手を組んでいる以上、マジロ将軍好みの女などいくらでも手配できる。
こんな惨めな思いももうすぐ終わる。待つのは念願の世界一の商人の道。それはまさに目と鼻の先まで迫っている。
一人の青年将校がこちらに向かって駆けてくると片膝をつくと、
「しょ、将軍、ラドル軍が北の関所を落とし進行中です。日没までにはここに到着しますっ!」
マジロ将軍へ報告する。
「とうとう来たか。ゲッフェルト公への連絡を最優先。兵5000をサザーランドの北門前へ向かわせろ。それで十分事足りる」
「は!」
再度駆けていく青年将校。
「マジロ将軍閣下、私も新政府軍の雄姿、目にしても構いませんか?」
「かまわんが、腰を抜かすなよ」
「それは、どういう意味で?」
「見ればわかる」
下品な高笑いをしながら歩き出すマジロ将軍の後を、ガーベージも意気揚々と付いていく。
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