第67話 ミラード領への訪問(1)
ミラード領トート村
ミアは現在、クリフとともにサガミ商会の幹部の一人である、クラマの護衛の元、ミラード領を訪れていた。
凡そ二週間前の帝国新政府の樹立。上皇陛下による、帝国憲章第1条による全権限の奪取。さらに、グレイ・イネス・ナヴァロが反逆者として認定され、その追討の指示が全国に発布された。
同時に魔導学院に正規軍が突入してくる事態となるが、先生方が全生徒をラドルまで移送。ラドルを拠点に活動を展開することになった。
その手始めとしてのミア達のチームの諸侯の説得が、クリフの故郷であり、シラベ先生のもう一つの故郷であるミラード家となったのである。
そんなこんなで、まずはミラード領のトート村を訪れたわけなんだが……。
「……」
皆、例外なく顎が外れんばかりに大口を開けていた。
「ここって、一応、村なんだよな?」
プルートのある意味、呆れも混じった感想はミア達の今の気持ちを全力で表していた。
アスファルトという鉄の床の路上の脇には、ビルという名の数階建ての同じく鉄の箱型の建物が並び立つ。これは、まるで別世界だ。
「テレサに聞いていたのとは大分違うの」
あれから情報交換のために、お互い話せる事は全て出し合った。その結果、ミラード領のトート村で初めてシラベ先生と会ったことを聞く。
テレサは、父親であるハルトヴィヒ伯爵様から、最初にグレイ・ミラードは、シラベ・イネス・ナヴァロの直弟子であり、クリフたち領主側に内密にトート村の経営を任されていると聞かされ、口止めされていたらしい。
まあ、シラベ先生の弟子なら、村がサガミ商会の影響を受けていてもおかしくはないし、何よりわざわざ嘘を吐く理由もない。テレサじゃなくても信じて疑わなかったと思う。
もっとも、これはテレサから聞いた村の様相とは全くの別物だった。
「うん、前に来たときは大分違うかも……」
困惑気味にテレサは形の良い頬に手を当ててそう呟く。
「はは……ミラード家の領地にこんな場所があるなんて、アクアめ。知っていて黙っていたな……」
憎々しげに呟くクリフに、
「でもよぉ、俺達ストラヘイムに行ってたとき、なぜこの村のこと聞かなかったんだろうな?」
確かに、ストラヘイムでのクエストの際にもトート村の噂は一度も耳にしたことはなかった。
自然に集まるクラマさんへの視線に頬を掻くと、
「グレイ様が各方面に手をまわしてこの村の情報をお前たちには徹底的に秘匿するよう指示していたのです。ま、何度か危なかった事はありましたが、エイトが上手くフォローしていてくれたようですがね」
改めて思い返すと、エイトってシラベ先生とサガミ商会についての話題になると巧妙に逸らしていた。
「エイトは、先生の正体を知っていたのか?」
「ええ、知っていましたよ。そもそも、彼はある事件でグレイ様が冒険者ギルドから預かった少年だったのです。もっとも、迷い人であることは初耳でしたが」
クラマさんは寂しそうに、そう返答する。
「エイト……」
エイトとの何気ないが幸せ一杯の日々を思い出し、不意に涙が出てきた
プルートも奥歯を噛み締め、クリフはそっぽを向き、テレサはスカートの裾を掴んで目尻に涙を浮かべている。
エイトに笑われると、メソメソしているのはもうやめようと思っても、不意に記憶が茨のごとくミア達の心に突き刺さる。
「仲間や家族の死を忘れることなどできやしない。我慢せずに、悲しいときは泣けばいい。人とは元来そういうものです」
クラマさんはただそう一言口にすると、
「まさか、徒歩でミラード家まで行くわけにはいきますまい。馬車を手配しましょう」
クラマさんはトート村の城壁側にある馬の看板のある建物に入っていく。
クラマさんの説明では、ミラード領で舗装されているのはこのトート村のみであり、車はこのトート村以外で原則乗車が禁止されている。それ故に、こうして馬車の御者業が成立しているんだそうだ。
今、城門の外の馬車の停留所で待っているところだ。それにしても、この城門、すごい高さで、遥か遠方まで続いている。ここからでは果てが見えない。まるで帝都を思い起こされる光景だ。
少ししか見れなかったが、この村の光景はエイトの話す故郷にどことなく似ているような気がする。もしかして、シラベ先生も迷い人という奴なのだろうか。だとすれば、先生の非常識な知識や大人びた言動にも説明がつくし。
「さあ、馬車がきましたよ」
思考の渦に飲まれていた意識は、クラマさんの声で現実に引きも出される。
気が付くと、二頭の馬に引かれた馬車が止められていた。
「乗ろうッ!」
まるで敵地にでも足を踏み入れる様な険しい顏で、クリフが叫ぶと馬車へと飛び移る。
ミア達も無言で小さく頷き、馬車へ乗り込んだ。
ミラード領――ミラージュ。
舗装されていない地面に、老朽化した木製の建物に井戸。
ミラード領のミラージュは、ある意味ミアの予想を裏切るような小規模な街だった。むろん、トート村と比較したら全てが小規模だろうが、帝国で一般的にみられる領地の主要都市と比較しても、小さく貧しかった。
ミラード領の領主はトート村から税を受け取っている。トート村の農産物の収穫量は相当なもんもだと馬車内でクラマさんが言っていた。ならば、ミラード家には莫大な税収がある。仮にもここミラージュはミラード領の中の主要都市のはず。ならば、他の都市以上に発展していなければ、辻褄が合わない。
なのにあばら屋ばかりで、店など数軒に過ぎない。これは街というより、もはや村に等しい。
「父上は一体、何をやっているんだっ!」
クリフが絞り出すような怒気のたっぷりこもった台詞を吐き出す。
「授業で習ったろ? 今の帝国には徴取した税を領民のために使えとの強制力のある法などない。この光景は、この領地に限ったことではねぇさ」
各領地における現状は、シラベ先生から真っ先に教わった事実。だから、クリフも予想していたはずだったのだ。でも、人は己に都合の良い現実を見たがるもの。それはミアの過去の経験からも明らかだ。クリフも、自身の父親は善政を敷いている。そう信じたかったのかもしれない。
――大丈夫。クリフが変えればいいのさ!
突如、頭の中に浮かんだ懐かしくも優しい声。それに急かされるように――。
「大丈夫なの! クリフがこの領地を変えればいいのっ!」
ミアは大声で叫んでいた。
「なんだ、ミア、今のお前、すげぇエイトっぽかったぞ?」
プルートが吹き出し、
「そうだねぇ。エイトちゃんならそういうかもぉ」
頬に左手の人差し指を当てて、テレサも頷く。
「まったく、君たちと一緒だと感傷にも浸らせてくれないようだ」
クリフが首を左右にふって肩を竦める。この皮肉の籠った声、いつものクリフに戻っている。
「お前の場合、感傷というより、いじけてるだけだろうがよ」
「ふん! その言葉はイジケ虫の君にだけは言われたくはなかったよ」
「あー、それ喧嘩売ってんのかっ!?」
「はは、それ以外に聞こえたんなら、よほど耳が悪いんだろうね!」
顔を突き合わせて、いがみ合う二人に、
「や、やめるの」
ミアが慌てて止める。
「ふふ……」
テレサがそんなミア達を見て笑っていた。それは、いつもの彼女らしい心の底からの笑顔。
「テレサ、お前な、このやり取りの何がそんなに面白いんだよ?」
呆れたように問いかけるプルートに、
「だって、いつもの皆だもの!」
テレサは嬉しそうに叫ぶ。
「そうか……もな」
苦笑するプルートに、クスッと不敵に笑うクリフ。確かにそうだ。今のミア達はエイトがいたころのGクラス。
「だね。暗い顏は僕らには似合わない」
「おうよ! お前の親父さんに、いっちょ、ガツーンと言ってやれよ!」
「ああ、そうさせてもらう!」
傍でミア達のやり取りを見ていたクラマさんが、
「お前たちは本当に変わりましたね」
口端を上げて、小さく呟いたような気がした。
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