第62話 つかの間の休戦協定と協力関係


  散々味わった深い沼の中から意識が浮上する。そんな感覚。

 霧のかかっていた意識が晴れると、そこは更地。私に相対する形で、肩で息をしている片眼鏡の男。

 片眼鏡の男は、全身無事なところがないというほどズタボロの状態だったが、無邪気な喜色に溢れていた。そういう私も体の至るところが酷いやけどをしており、左腕に至っては完全に炭化していて動きやしない。


「はいはーい。戦闘狂バトルジャンキー君たち、理性が戻ったところで、そこまでぇー」


 右手を上げて、茶髪にマスクをしたスーツ姿の青年が私達の間に割って入ってきた。舌打ちをすると、片眼鏡の男も構えを解き、仏頂面でポケットに手を入れたまま姿を消してしまう。

 この茶髪男の容姿と声質、マスクをしているが、間違いない、こいつは帝国を襲ったアンデッド襲撃事件の首謀者だ。だとすると、敵だな。

 魔法を発動しようとするが――。


「勘違いしないで欲しい。今回の件に限り、僕らは君と同じ立場だ」

「同じ立場?」


 あれだけの死者を呼び込んだ首謀者であり、間接的なゼムの死を作った人物だ。会話をするべきではない。そう頭では理解していたが、どうしてもこいつに悪感情を持つことができなかった。


「そう。エイトはボクチンの教え子さ」

「エイトがお前の教え子? 何の冗談だ?」


 以前のような悪ふざけのような口調が消えている。しかし、こんな奴がエイトの教師などそれこそ信じられるか!


「信じないなら構わない。でも、事実だよ。仲間が傷つけられたら、千倍返し、がボクチンらの流儀でね。だから、エイトを殺した下種はボクチンらの敵。きっちり、八つ裂きにする」


 声色やマスク越しでもわかる表情からも、この男の腸の煮えくり返るような憤りは読み取れる。

しかし、それでも納得できるかといったら、また別問題だ。


「あれだけの死をばら撒いて、仲間が傷つけられたら、千倍返し? 勝手なものだな?」

「勝手? それは君も同じだろう? 君も己の自分勝手な理屈で、他者を従わせ、殺してきた。違うかい?」


 違わない。所詮この世は弱肉強食。弱いものは駆逐されるだけ。己の主張や意見を押しつけたければ、強くならねばならない。それが世の常というものだ。


「で? 要件は? って、聞くまでもないか……」

「うん。今回の事件の黒幕を殺すまで、一時的に手を組もう」


 結局私は此度、怒りに身を任せて暴れただけで、黒幕の情報を大して手に入れてはいない。唯一取得しているのは、今も頭に浮かんでいる『ソロモン』と言うワードのみ。きっと、ここを襲撃した際に尋問でもして聞き出したんだろうさ。


「その前に、『ソロモン』という名に心当たりはあるか?」


 その名を聞いた途端、茶髪の男の表情が強張るのがマスク越しにもわかった。


「知っているようだな?」

「ゲッフェルト公爵家の食客だよ。調べれば、君ならすぐにわかるさ」


 ゲッフェルト公爵家か。現在門閥貴族のTOPだな。人を魔王化する奴らと手を組むとは、奴ら、とうとう、人の道すらもはみだしたか。

 とりあえず、私の殺害リストに、一つ、名が加わったのは確かだ。


「悪いがお前らと慣れ合う気はない」


 この黒幕はジルとエイトの死を招いた奴だ。黒幕を殺すのは絶対に私だ。他の誰にも譲るつもりはない。


「それはボクチンらも同じ。互いの今知り得る情報の交換と、黒幕を殺すまでお互いの邪魔をしない。その二つだけでいい」


 邪魔をしないか。優先順位を鑑みれば、今こいつらと敵対している余裕はない。悪い提案ではないな。


「いいだろう。だが、これっきりだ」

「もちろんさ」


 奴が頷くのを確認し、私は口を開き始めた。


 どうやら、エイトたち旧Gクラスのメンバーは、サテラに勝利したいがために、この茶髪マスクの男、ネロに教えを請ったらしい。そして、奴の言葉、表情からも、エイトたちGクラスの生徒たちにかなりの執着があるのも真実なんだと思う。


「だとすると、既に君はメッセージを受け取っている、そう見るべきだろうね」

「ああ、そうだろうな」


 冷静に最近の出来事を思い返した結果だろう。ネロに話しながら、私もそれには気が付いていた。

 

「この目安箱だな?」

「うん。状況から言って、この中に入っているものを目にして、その教頭とやらは事件の真相に気が付いて殺されたんだろうさ」


 そう考えれば教頭の脈絡のない指示にも合点がいく。

 私は目安箱を万物収納アイテムボックスから取り出し、床に置くと中を精査し始める。

 目安箱の中には、学生たちの意見に紛れて、一枚の金貨が入っていた。多分、エイトが残したのはこれだ。

 金貨に触れると、映像が眼前に浮かび上がる。



 そうか。そうだったのか。一連の不自然さも黒幕の存在も全て氷解した。だが、奴は姿を変えられる。逃げられれば厄介だ。だから、あとは、いかに奴を罠に嵌めて一対一の状況へもっていくか。


「お前らも先走るなよ」


 少なくともエイトたちを相当大切に思っている事は、話してみて分かった。だから、その点だけは、信用が置ける。


「わかってるよ」


 悪鬼の表情で、そう吐き捨てると、ネロは両腕を組んで瞼を堅く閉じる。

 さてどうするか。私達の敵は黒幕だけではない。エイト殺害に関与したのは門閥貴族も同じ。しかも、ネロの情報が真実ならば奴らは統治者としてやってはならぬ禁忌に手を染めてしまっている。


(もう、引き返せないところまで来ているのかもな)


 私は今まで終始、この帝国を裏方から支える方針をとってきた。私は元地球人であり、ある意味、異物に等しい。歴史を実際に変えるのはこの世界の住人こそが相応しい。そう考えたからだ。

 いや、もう取り繕うのは止めよう。結局私はこれ以上己の手を汚したくはなかっただけ。他者にその背負えるわけのない罪を押しつけて、今までヌクヌクと生きてきてしまった。

 結果、門閥貴族どもの非道を見過ごし、エイトを死に追いやってしまう。

 転生という幾分イレギュラーな事態だが、私はグレイ。あくまで元地球人であり、今はこの世界の住人なのだ。この世界に関与する権利も義務も有している。

 何より、ネロの言が正しければ、その『ソロモン』とかいう愚物は、私と同じ元地球人のようだ。

 つまり、とっくの昔にこの世界は異物塗れと言う事なのかもしれない。

 だとすれば――。


「状況が変わった。今からいう私の計画に乗るか、否か、答えろ」


 ここからは、入念な計画が必要だ。下手にネロ達に動かれて奴に雲隠れされては叶わない。ならば、殺害のために手を組んだ方が、より利益がある。


「それは奴を殺すための方策ってことでいいんだよね?」

「ああ」


 無論それだけじゃないがな。

 帝国の門閥貴族の自治領で行われている非人道的な実験による兵力の増強。エイトと教頭を最大限利用した私の社会的かつ物理的な排除。

 これは奴らが次に何を起こそうとしているかを明確に示している。

 即ち――門閥貴族による支配の確立。此度、私の排除が失敗した以上、奴らの次の手など容易に予想できる。

 奴らは私を心底怒らせた。お望み通り、徹底的にやってやるさ。


(覚悟しておけ。お前らの全てを駆逐してやる。それこそ、ぺんぺん草も残らん程なぁ)


「勿論手を貸すさ。でも奴の最後だけは立ち合わせて欲しい。それが条件だ」

「構わない。期限は奴を殺すまで。それ以降はまた敵に戻る」


 私が右手を差し出すと、無言でネロも増悪の表情でその手を取る。

 私達はこのとき、つかの間の休戦協定及び協力関係を結んだ。

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