第61話 最悪のモンスターの襲来


 ――帝都第二区――シバリエ、ゲッフェルト公爵家所有地


 そこは、シバリエ郊外にゲッフェルト公爵家が所有する一際豪奢な屋敷の三階。その居間の血のように真っ赤な椅子には、白髪の美青年が踏ん反り返っていた。青年の肌は蝋人形のように真っ白で、白と黒を基調とする衣服を着こなしている。


「指定された下等生物を一匹殺すだけで、ソロモンとの基本契約は消える。そうなれば、僕らは受肉した状態でいかなる制限もなく存分にこの世界を楽しむ事ができるぅ!」


 白髪の青年が両手を掲げて、歓喜の声を上げると、


「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」


 金髪を縦ロールにした女と目の下に隈のある男が、跪いて祝言の言葉を口にする。


「うん、うん、契約が解除されたら、まず何しようか?」

「畏れながら、とりあえずは、この下等生物の国を拠点として、巨大な牧場を作り上げてはどうでしょう?」


 目の下に隈のある男の恭しいその進言に、


「それ賛成ぇ。ヴラド様ぁ、あたぃ、若くて美しい人間、奴隷として数匹、欲しいかもぉ」


 縦ロールの女が頬に両手の掌を押さえながら、恍惚の表情で懇願する。


「家畜の解体なんぞ、何が面白いのかね。悪趣味な奴め!」


 嫌悪感丸出しの目の下に隈のある男に、


「何よぉヘイグ、そう言うあんただって、家畜を嬲り殺すのは好きじゃなーい?」


 口を咎らせて、批難を口にする縦ロールの女。


「ふん! 一緒にするな。私が好むのはあくまで狩り! スプラッターに特段の興味などない」


 いがみ合う二人に、白髪の青年ヴラドは大きくため息を吐くと、


「まあまあ、久しぶりの人間界だしさ。仲良く、このパラダイスを楽しもう」


 椅子から立ち上がり、両手を上げて叫ぶと、部屋の傍で控えていた白と黒を基調とするハットを被った者達から一斉に拍手が上がる。


『門の前に人間の餓鬼。狩り対象ターゲットだと思われます』


 頭に響く声に、ヴラドは口端を上げると窓際まで行き、窓の外から遥か遠方の門の前に俯ぎ気味に佇む金髪の少年を眺め観る。


「あれが、ターゲットってわけね。まったく強そうに思えないなぁ」

「まったく同感です。あれなら我が兵隊で十分処理できるでしょう」

「あー、可愛い顔してるし、ヴラド様ぁ、あれ、あたぃにくださいよぉ」


 窓から身を乗り出し懇願の言葉を吐く縦ロールの女に、ヴラドは肩を竦めると首を左右にふり、


「カーミラ、悪いが駄目だ。あれは殺す。それが、此度のソロモンとの契約だしね。それに、あのソロモンがあっさり殺害を選択するくらいだ。見た目以上の厄介な奴なんだろう。

 ヘイグ、慎重に、そして確実に殺して」


 初めて笑みを消して強い口調で指示を出す。


「ハッ!」


 目の下に隈のある男、ヘイグは窓から跳躍すると軽快なステップで地面に跳躍し、相手の金髪の少年を見据える。

 

「囲めぇ」


 ヘイグの命により、兵隊たち数十名が少年をグルリと取り囲む。

 そこで初めて、少年は顔を上げた。


「かへッ!?」


 ヘイグの口から漏れる悲鳴。

 紅の瞳に、異様に吊り上がった口端。それは、下等生物人間などではなく、どこからどう見ても形容しがたい怪物だった。


「こ、殺――」

 

 ヘイグの言葉は最後まで続かず、その顔面の半分から胸部にかけて綺麗に抉れて、なくなっていた。

 そして、やはり、真っ赤な血しぶきを上げつつ、糸の切れた人形のように地面にゆっくり倒れる取り囲んでいた首のない兵隊たち。


「うぁ……」


 強者と思っていたヘイグの実にあっさりとした幕切れに、兵隊の一人の口から吐き出される小さな悲鳴。それらは忽ち、屋敷中に伝搬していき、盛大なパニックを引き起こす。

 逃げ惑う白と黒を基調とするヴラドの兵達。その努力を嘲笑うかのように、顔を、心臓を、内臓を抉られ、次々に絶命していく。


「合わせなさい!」


 縦ロールの女――カーミラの言葉に、ヴラドの私兵はあるものは金髪の少年に剣を構え、もうあるものは、杖の先を向ける。

 全方位的に放たれる赤、青、黒、白色の光の束。それらは金髪の少年に衝突し、大爆発を引き起こす。火柱が巻き上がり、爆音と同時に熱風が吹き荒れる。


「やったぁ?」


 カーミラが目を細めて油断なく近づこうとするが、ノソリと煙の中から現れた金髪の少年に首を捕まれてしまう。

 その狂気に満ちた表情で見上げてくる少年を視界に入れて、体中の血液が逆流するほどの恐怖が湧き上がり、カーミラは豚のような悲鳴を上げていた。そして、カーミラの背骨に杭が打ち込まれたような激痛が走り、視線を落とすと――。


「いひぃぃぃっ!?」


 カーミラの下半身は虫食い状に消滅していた。そしてその穴は体の全身に波及していく。

 カーミラの断末魔の声に、兵たちは一切の余裕を金繰り捨てて四方八方に逃げ出し始める。

 金髪の少年はカーミラだったものをゴミでも捨てるがごとく、地面に放り投げると、左手の指をパチンと鳴らす。

 刹那、金髪の少年に放たれたはずの赤、青、黒、白色の火柱が少年から忽然と出現した上で、扇状に上がり、兵たちを一瞬で炎滅させてしまう。

 金髪の少年は、屋敷の三階の窓から血の気の引いて見下ろすヴラドに視線を向けると、ゆっくりと歩きだす。

 こうして、殺戮は開始された。



「ごろ……じて」


 己の血で真っ赤に濡らした椅子に座ったまま、ヴラドはもう何度目かになる懇願の言葉を吐く。その度に、ゆっくりと身体の一部が欠損していき、さらなる絶叫を上げる。

 

「こ……ろ……し」


 そんな砂糖のように甘い懇願の言葉を聞き入れるほど目の前の怪物は、慈悲深くはない。それだけはヴラドは確信していた。それでも、この永遠にも続くとも思える悪夢のような激痛と恐怖だけはどうしても我慢がならず、ただ己の死の未来を求め続ける。

 突如、頭上から紅の火柱が落ちて行き、瞬時にヴラドを塵へと変える。

 金髪の少年の形をした怪物が、億劫そうに窓際に顔を向けると闇色の髪をオールバックにした片眼鏡の男が、身構えていた。


「ちっ! 正気じゃないってわけか。面倒だ。実に面倒だ……」


 言葉とは裏腹に、片眼鏡の男の顔に現れる狂喜にも見た感情。

 その感情に呼応するかのように、濃密な黒色の炎が燃え上がって片眼鏡の男の全身を覆うと同時に、全身に浮き出る幾何学模様。

 初めて金髪の少年から気味の悪い笑みが消えて、片眼鏡の男に対し僅かに重心を落として構えらしいようなものをとる。刹那、紅のオーラが少年の全身を包む。

 赤と黒。二者の闘気がぶつかり、大気を破裂させ、建物の至るところが崩壊し、細かな粒子と化す。

 次の瞬間、二者は激突した。


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