第60話 モンスターの目覚め

私に向けて疾駆する尋常ではない数の闇色の矢。その全てを特位魔法数多の聖なる光の槍カーントレスホーリースピアを連続発動することより、全て撃ち落とす。そして、無数の余った光の槍はエイトの全身を虫食いのごとく切り裂いていく。

 

(くそっ!)


 覚悟をしたはずだった。だが、エイトが傷つく姿に私の心が悲鳴を上げる。

 

『なぜ、手加減をするんですっ!?』


 怒気を含んだ声にハッと上空を見上げると、既に傷を修復させて私に弓を番えるエイトの姿。


「うぬぼれるな。手加減なんてしていない」


 嘘だ。数手合わせてみて分かった。エイトと私の間には、マリアナ海溝以上の大きな力の差がある。万が一にも私が敗北することはあり得ない。というより、私が伝説以上の魔法を使えば勝負などあっさりついてしまうことだろう。


『なら、これならどうですかっ! 守らないと皆死んじゃいますよぉっ!』


 遥か上空に転移すると――。


『闇矢万界』


 帝立魔導騎士学院第一闘技場の至るところに生じる闇色の矢。それらは球体状に拡大していく。

あれに触れれば、私以外では一溜まりもあるまい。

 しかし、円環領域で会場全ての者を指定して【至高の盾アイギス】をかける。

 【至高の盾アイギス】は発動者の魔力により、強力無比な防壁を形成する術。特に属性系の魔法には絶大な効果を発揮する。さらに私の魔力も鑑みれば、エイトのこの攻撃が私に届くことはあり得ない。

 そのとき私の目と鼻の先の闇色の球体の一つが一瞬で、弓を番えたエイトの姿となり、闇の矢を放ってくる。


『とったぁッ!』

 

 闇色の矢が私に殺到するが、私に発動してあった【至高の盾アイギス】によりあっさり霧散する。


『なっ!?』


 目を見開くエイトに私は地面を蹴ってエイトの上空へと移動し、踵を叩きつける。何度も高速で回転して円武台の上に突き刺さり爆音を上げるエイト。


『ははッ! やはりだめか……』


 クレータと化した円武台からエイトはヨロメキながら起き上がると、私を睨みつけてくる。


『でもね、このままかすり傷を負わすことなく負けるのだけは我慢ならない!

 だから――』


 エイトらしくない勇ましい言葉を吐くと、手に持つ弓を握りつぶす。途端、闇色の魔力がエイト覆いつくす。


『次で終いです』


 エイトは床に張り付くように身構えると、右肘を大きく引き絞ると漆黒の槍が姿を見せる。

無駄だ。確かにあれは術というより、純粋な力の塊。確かに、あの手の純粋な力には、【至高の盾アイギス】でも大した効果は望めないだろう。だが、それでも私に致命傷を与えるには値しない。

そうなれば――。


『マスターの問題やと、今まで黙ってみとったけど、もう我慢ならへん! あんた、エイトの決意に泥を塗る気か!?』


 ムラの怒気を含んだ言葉が頭の中に叩きつけられる。


「決意に泥を塗ったつもりはないがね」


 苛立ち気に反論を口にするが、


『このままエイトがガス欠になるのを待つべきですってか? アホか! こんな胸糞の悪い状況になっても、あんたに認められたいと必死で足掻いとるんやろうがっ!』


 ムラは私の返答など耳を貸さず、凄まじい剣幕で捲し立てる。


「私に認められたいと、足掻いている?」

『そうや。エイトは言っていたろう? いつの世も、魔王を倒すのは英雄の役目やと! あいつは、悪として英雄のあんたに倒される現実を受け入れとる。それでも、最後にあんたに、強くなったと認められたい。あんな状態になっても、その一心でずっと意地を貫き通しとるんやでッ!』

「はは……」


 咄嗟に、私の口から漏れる乾ききった笑い。当然だ。だって私はあの卒業式でエイトをとっくの昔に認めていた。もう、私がいなくてもやっていける。そう確信したのだから。


『マスター?』

「私に強くなったと認められたいか……馬鹿野郎。そんな事のために頑張ってどうするよ」


 口から漏れる乾いた笑い。

 滑稽だ。あまりに滑稽すぎる。きっと私は生徒たちのことを全く理解していなかったのだろう。このムラよりもはるかに。


『あんた、まだ――』

「わかってる。ムラ、ありがとう」


 私は両拳を強く握って【至高の盾アイギス】を何重にも重ね掛けすると、重心を低くして構えをとる。


「いいだろう、エイト、お前の最高の一撃を見せてみろ。もし、一太刀でも私に届けたなら私の最高の一撃を見せてやる」


 もはや、声が届いているかさえも定かではない。それでも私は師として見届けなければならないのだ。

 

魔神の槍突グングニル!』


 エイトの叫びとともに、黒色の槍が光りの帯となって私の眉間に突き刺さる。

 【至高の盾アイギス】の盾がまるで、豆腐のように砕かれ、次々に貫かれていく。それに私も【至高の盾アイギス】を発動し魔力を込めていく。

 そして――ガラスの割れる音とともに私の仮面を真っ二つに割り、槍先は額のスレスレで透明な糸により絡まり、停止していた。


『それは糸ですか? ずるいですよ。先生』


 そう呟くエイトに、私は口端を上げると、


「お前の攻撃は私に届いた。約束通り。私のとびっきりを見せてやる」


 力強くそう宣言する。

 今から発動する予定の魔法をこんな場所でぶっ放せば、その余波だけで多大な犠牲がでる。場所を変える必要があるな。

 エイトを【爆糸】の糸で雁字搦めにすると、【風操術】で上空へ跳躍する。

現在、観客は試合会場である闘技場へ詰めかけており、あの無駄に広い魔導騎士学院の校庭は、現在誰もいない。あそこなら、私も全力を出せる。

 エイトをグラウンドの中心に放り投げる。

 エイトが爆音とともに地面に突き刺さり、小さなクレータ―を形成するのを確認し、【風操術】で大気を操作して、その真上に移動する。そして、アイテムボックスから、【不実の塔】の探索で手に入れた赤色の石を右手に握る。

 今私の保有する最高ランクの魔法は、究極アルティメット。だが、生憎それは対外道専用魔法であり、エイトには絶対に使用できない。ならあとは、やることは一つだ。

 私は【影王の掌スカディ・パーム】を発動しつつも、右手に握る【荒魂あらみたま】に魔力を込める。この【荒魂あらみたま】は一度に限り、魔法のランクを三つ上昇させるアイテム。つまり――。


『コアアイテム【荒魂あらみたま】の発動確認、伝説レジェンド魔法、【影王の掌スカディ・パーム】は、究極アルティメット魔法【この世の闇を統べる者エレボス】へと進化いたしました』


 突如空に黒色の雲が詰まり、それらは一つの巨大な扉のようなものを形作る。その蜃気楼のような朧だった扉がはっきりと顕在化し、開いていく。

 その扉がギィーと開くと、そこから、三つの角に、三つ頭に三つ目の黒色の怪物がゆっくり這い出して来る。同時にエイトを中心に半径、数メートルほどの球状の立体魔法陣が展開されていく。

そして、その怪物は一際大きな口を開けて、エイトに向けて両手を掲げた。


『すごいや』


 エイトのボンヤリした声を最後に、世界は闇色へと塗り替えられる。



 私の前で仰向けに倒れ込むエイト。【この世の闇を統べる者エレボス】は、一度その攻撃対象とみなされれば、その存在一切を闇へと変える魔法。本来、細胞の一欠片すらも闇へと変えているはず。

 私はエイトの望み通り、手加減は微塵もしていない。未だにエイトが原型を保っていられるのは、エイトの属性が闇だったからだと思う。ある意味、私は細やかな賭けに勝利したのだろう。

 丁度円状に抉れているクレータ―の中心で仰向けに伏すエイトに駆け寄ると、抱き起こす。

 エイトは薄っすら瞼を開けて――。


「先生?」

「ああ、私だ」

「皆は?」

「お前のお陰でみんな無事だ」

「よかった。本当に良かったぁ」


 エイトはほっとしたように、瞼を閉じていたが、再度開くと、焦点を失って虚空を見つめながら、


「僕さ、一人っ子だったから弟か妹ずっと欲しかったんだ」


 独白を始める。


「そうか」

「だから、皆との生活はとっても、とっても楽しかった」

「そう……か」


 だめだ。まだ泣いては駄目だぞ。私はエイトの教師なのだから。


「随分、長い旅だったなぁ。でも、僕は満足さ。だって先生に会えたし、念願の弟と妹ができたから」

「ああ、そうだな」


 既に涙で視界などぼやけてしまっている。それを誤魔化すべく、声色だけは普段通りを保つ。


「先生、僕の大好きな弟と妹たちをお願いします」

「わかった」


 柔らかな笑みを浮かべながらするエイトのそんな懇願に頷くと、


「でも、もし神様が一つだけ願いをかなえてくれるなら、もう少しだけ皆と一緒に――」


 エイトは右手を天に伸ばそうとする。刹那、エイトは私の腕の中で闇の粒子となってあっさり消えてしまう。そして、代わりに地面に落ちる一枚の銀色のカード。


「エイト?」


 答えなど返ってくるはずもない。だって、エイトは死んだから。いや、違う、私が殺したのだから。

 きっと、これは――ゼムやジルを失った時と同様、私を絶望のどん底に叩き落とすとびっきりの無力感。

 なぜこうなったんだろうな? わざわざ地球に戻る道を探していたのだ。エイトは私とは異なり、無理矢理に近い方法でこの世界へ連れてこられたのだろう。オッサンの私でさえ当初、この世界に馴染むのにそれなりの期間を要したのだ。当初、エイトがどれほど不安で辛い日々だったかは、予想するに容易い。

 それでもこの世界で自身の居場所を見つけて、その上でできた念願の家族。その全てを捨てでもエイトは元の世界へ帰ろうとした。もちろん葛藤もあったろう。それでも、エイトは己の進む道を見つけて歩き出していたんだ。

 それが、こんなくだらない茶番であっけなく踏みにじれられてしまった。こんな不条理があっていいのか?


(ふざけるなっ!! そんなの、否! 断じて否だ!)


 前途ある若者の未来を私たちのようなクズでどうしょうもない大人が踏みにじる。それだけはもっとも許してはならぬ大罪なのだ。


 ――殺す。これを仕組んだ奴は、必ず殺してやる。


 制御すら困難な、どす黒くも懐かしい感情が私の胸の中心から染み出して溢れ出す中、私はみっともなく流れる涙を袖で拭うと、消えたエイトの代わりに地面に落ちたカードを拾い立ち上がる。

私の眼前にはシーザーとシルフィーが佇んでいた。


「主殿、すまぬ」


 俯き気味に懺悔の言葉を吐くシルフィに、首を左右に振ると、


「いや、お前らのせいじゃない」

 

 彼女の責任を否定する。もし、責められるべきものがいるとするなら、きっとそれは全く成長できていない私の方だろう。


「グレイ、お前はエイトをこんな風にした奴を知っているのか?」

「ああ、おそらく、知っている」


 シーザーの疑問に大きく頷く。

 これを仕組んだ奴を私は知っている。なぜそう思ったのかはわからない。だが、この腐りきったやり口に、あのナイフ。この茶番の主催者は、私が過去に相対したことがある誰かだ。

 要するにだ。エイトとスルトが怪物化されたのも、レノックスが殺されたのも、全ては私への悪質な嫌がらせのためであり、ただの遊び。その死に大した意義ない。


「グレイ、早まるなよ。ここで、先走ってお前まで倒れれば――」


 念を押してくるシーザーを右手で制し、


「シーザー、既に奴からの宣戦布告は受け取っている。最悪な形でな」


 有無を言わせぬ口調で言い放つ。

 奴からのメッセージはきっとこれだ。このカードには矢印が描かれている。大方、行き先を示す特殊アイテムってところだろう。


「主殿、これは絶対罠だぞっ!」

「わかってるさ」


 今までの事を総合考慮すれば、これを仕組んだ奴は病的に臆病だ。だから、確実に私を殺せると踏んでこの計画を練ったのだろう。故に、この先は私にとっても死地。それは間違いない。


「なら、今は冷静になるべきだっ! 我とスパイの眷属で直ちに調査を開始する。だから――」


 シルフィは懸命に説得を試みるが、


「触れたんだ」

 

 私の言葉で遮られ、シルフィは小さく息を飲む。


「触れた?」

「ああ、奴らは私がずっと忘れていたものに触れた」


 この宣言を契機に私の中のそいつは、ゆっくりと目を覚ます。これはスライム事件のときのような比喩ではなく、より具体的で確かなもの。


「だから、何に触れたってんだっ!?」


 まるで恐怖を胡麻化すかのように裏返った声を上げるシルフィに、


化物モンスターさ」


 懐かしい、懐かしいその名を告げる。

うん、この人の殻を脱ぎ去る感覚、随分、久しぶりだ。なぜ、今の今まで忘れてたんだろうな。


「モ、モンスター?」

「そうさ。だから、悔いるのは奴らの方だ」


 喜べよ。お前が戦うのは、この世で最も悍ましい生き物で、かつて私が最も死を望んだバケモノだ。


『全ての真理を解きしもの』の効果により、【人間道――解脱げだつ】が、【永久工房】に吸収されました。

【永久工房】の封印の90%が解放されます。

視界が真っ赤に染まり、心地よい痛みが全身を駆け巡る。

 

『――ン、結局、ま―自身にとって最も安易な道を選んで――たか』


 このムラの言葉を最後に、私の意識は闇底へと沈んでいく。

     

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