第59話 英雄の役目
【魔王スルト】は一瞬で癒える復元能力とAクラスの筋力を持つ魔王だった。
もっとも、私の今の筋力はS-。復元能力程度でその差が埋まるはずもない。私の優勢は動かず、決着は訪れる。
ムラの刀身が教頭の胸に深く突き刺さると、黄金の鎧と、奴のメインの攻撃手段であった四肢も塵と化す。
「おい、教頭! スルト・エイジス!」
語りかけたところで無駄だということくらいわかっている。既に何も見えちゃいまい。
教授会室が騒がしくなる中、
「イスカ陛下……このスルト、先に参ります。どうか……悔いのない……
静かにそう呟くと、
「小僧……頼むぞ……陛下を……さしあげてくれ」
そう消え入りそうな声で私に呟くと脱力してまう。
「教頭ッ!」
同時に、含校長室に雪崩れ込んでくる教授たちは、教頭の胸に突き刺さる私の剣を見て息を飲む。
「おい、シラベ教授、これはどういうことだっ!? 何があった!?」
裏返った声を上げる戦闘科の教授を押しのけるように、
「スルト教頭を殺害したのは貴様の剣、もはや、言い逃れはできんぞっ!」
「即刻打ち首にすべきだっ!」
「何をしておる! その国賊をさっさと捕まえんかっ!」
門閥貴族派の教授たちが私を指さし、罵倒する中――。
『緊急事態じゃ! グレイ、今すぐ試合会場まで来てくれッ!』
頭の中に響くジークの切羽詰まった声。これはジークが称号を得て獲得した能力である念話。称号を有するものと自在に会話できる便利能力だ。
『どうした? 悪いが、こっちも今取り込み中だ』
レノックスの死に、教頭のオーダー、そして教頭の魔王化、さらには、教頭の最後の言葉。今までの全ての事象が、私の脳の処理を狂わせ、著しく混乱させていたのだ。
『エイトが試験会場を襲撃した。審判を引き受けていたラム皇后を刺して、現在、交戦中だ』
あのエイトが他人を刺した? 交戦中? 仮にエイトが操られていたとしても、今のジークやシーザーたちなら――。
「まさかっ!」
最悪の予想が脳裏をかすめ、私は大声を張り上げていた。
そうだ。教頭のあの意味不明な発言に、既視感のあるナイフ、新たな魔王の再来。今までの事象を全て鑑みれば、全て噛み合う一つの結論がある。
――じゃがな、儂はこの学院の教頭でもあるんじゃ。生徒たちを教え導くものには、決して踏み越えてはならん一線というものがある。少なくとも儂はそう思うておる。
――皮肉なものじゃ。まさか、貴様のような我らが誇りと伝統に唾を吐く不埒者に託さざるを得ないとはな。
――くくっ! あ奴め、最後の理性を振り絞って……儂に時間をくれたってわけか。
――いいか! グレイ、ことは……帝国――祖国の命運がかかっておる! これは儂から……貴様に対するオーダーじゃ! あの卑怯者から……この帝国を、臣民を救ってくれぇい!!
つまり、エイトは既に――
「馬鹿馬鹿しい! そんなわけあるかっ!」
そんなふざけ現実を私は認めない!
今私がすべきことは、直ぐにでも私は生徒たちの元へと向かわねばならないということだけだ。
「貴様、逃げる気かっ!?」
教授たちの言葉など私にとってはもはや取るにたらない雑音として処理されていた。
地面を蹴り、窓から地面に降りて私は試合会場へ向けて疾駆する。
会場には直ぐに到着した。
今も円武台の中心にいるエイトをシーザー、シルフィ、スパイが取り囲み、ジークは脇のテントでラム皇后を現在治療中。生徒たちは血の気の引いた顔で茫然とエイトを眺めている。
(これが最悪ってやつか……)
その光のない死んだような目には覚えがある。ジルとムンク。クズ野郎に魂からいじくられた者の瞳。
「シラベ先生、待ってましたよ」
エイトのこの芝居がかった台詞。これも黒幕に言わされているのか。いや違うな――。
「スルトさんは、無事、
「案ずるな。私がしっかり、殺した」
私のスルト教頭、殺害宣言に、静まり返っていた場内は蜂の巣をつついたように騒めいた。
「よかった。なら、今度は僕の番ですねぇ」
エイトの白目が黒く、瞳孔が深紅に染まる。
「エイト、お前、もう戻れないのか?」
戦わない方策などないのに、私の口から出たのは、そんな一目瞭然のこと。
「何、らしくなく日和った事言っちゃってんですかっ! いつの世も、魔王を倒すのは英雄の役目。もし、救えなければ貴方の大切な人たちが死ぬだけですっ!」
エイトは先ほどまでの冷静な言葉とは対照的な高い金切り声を上げた。それは、ムンク達ブレスガルムを拒絶したときのような必死な魂からの叫び。刹那――。
『倉村英斗の有する魔王種の種の発芽が確認されました。倉村英斗の【ラストヒーロー】が魔王種の発芽に影響を与えます。倉村英斗は、【魔神エイト】へと進化いたします』
頭の上から降ってくる無常な天の声。
頭部から伸びる二つの角、長い爪、背中から生える漆黒の翼。
獣のような唸り声を上げてエイトは、ゆっくりと変貌していく。
「そうか。それがお前の意思か」
要するにだ。ムンクや教頭と同様、解放してやるしか、救う手立てがない。そのようなクズ設定らしい。
重心を落とし、エイトだったものをしっかりと見据える。
『全てを壊します』
そんなエイトらしくない中二病全開の台詞を吐き、右手に持つ銃が弓へと変わり、私に向けて矢を番える。
「エイト、お前に仲間たちは傷つけさせやしない」
それだけは絶対に優しいエイトにさせてはならない。
覚悟を決めるべき時だ。そうだ。これはエイトの師である私にしかできぬ使命のはずだから。
「だから――」
待ってろ、エイト、今、お前を――。
「止めるッ!」
私も意識をこの戦闘に沈みこませた。
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