第58話 宿敵からのオーダー
ジークの言通り、内務省の仕切りのせいか、さしたる問題なく試験は続く。
そして今は恒例の団体戦だ。
他のクラスも一年前とは比較にならない実力をつけてきているが、やはり、Sクラスは別格だった。
S1、S2クラスともに圧倒的な強さで、他を寄せ付けず、全勝し決勝へと進んでいる。
それはいい。端から予想通りといえるし。予想外なのは、プルートたちS2クラスが、あまりに強すぎることだ。
不思議に思って、ステータスを確認してみると、全員のステータスに英雄、その言葉が躍っていた。
(英雄ね。いやな言葉だ)
この【英雄】という言葉だけは、どうしても私は受け入れられない。このときの私は、そう感じていたのだ。
しかも――
「エイトはどうしたんだ?」
さっきからエイトの姿が見えない。個別試験は観戦が教員に限り許されているが、タイミングが悪く、プルートとミアの二人しか見れなかった。団体戦でエイトの不在に初めて気が付いたのだ。
この団体戦のルールでは、五人の登録という要件はあるが、必ずしも全試合5人が出なければならないという決まりはない。プルートたちの作戦と言う事も考えられるが、そんな策を巡らすようなタイプの奴らには思えないし。
丁度、近づいてくるジークに、
「エイトの姿が見えないようだが?」
「エイトは団体戦の最後の試合にのみ出場するぞ」
「はあ? どういうことだ?」
「なんじゃ、聞いておらんのか? エイトはこの試合を最後にこの学院を去る」
エイトがこの学院を去る? エイトの学力は確かSクラスでも上位のはず。成績の悪化が原因ではあるまい。そして、問題を起こしての放校ならば教頭辺りが先ほど上機嫌でエイトの処遇を話しているはずだ。
だとすると――。
「それは、エイトの意思か?」
「うむ。昨日の晩、儂の元を訪ねて来て、その旨を告げおった。なんでも、この試合が終わり次第、故郷に帰る旅に出るんじゃと」
「そうか……」
動揺していないと言ったら嘘になる。
エイトが私と同じ地球出身であることは、大分前から気付いてはいた。だから、いつかは私達の前からいなくなる。そうは思っていたのだ。だが、まさかこんなに早く訪れるとは予想外もいいところだ。
「そんな顔をするな。生徒の門出じゃ。むしろ祝ってやらねばな」
「わかっているさ」
ただ、あまりに突然すぎた。エイトの事だ。この試合を最後に私に報告にでも来るつもりだろう。
そうだな。エイトも前に進もうとしているのだ。ここはアイツの先生として笑って見送ってやらねば。
「儂は少し安心したぞ。お主にも人間らしいところがあるのじゃな」
またも高笑いするジークに、
『というか、キッショイでぇ!』
ムラが相槌を打つ。
いつものように、ムラの柄を右手で叩いていると――。
「シラベ先生、教頭が今すぐ教授会室に来るようにとのことです」
目が線の様に細い黒髪の青年、オスカー・ランズウィックが現れ、そう伝えてくる。
教頭からの呼び出しか。本日の奴は少々変だった。妙な意味ありげな発言が多かったしな。
もうすぐ、最終試合は始まってしまうが、教頭からの呼び出しを無下にはできまい。いくしかないな。
まあ、まだ実際の試合までには時間がある。よほど話が長引かなければ、試合自体は見学できるだろう。
「儂も行こうかの?」
「いや、一人で十分だ。ジーク、お前は子供たちの傍にいてやってくれ」
それだけ告げると、教授会室へ向かう。
教授会室へ入ると、嗅覚を刺激する強烈な鉄分の臭い。私はこの匂いを知っている。
そして、直ぐにその異臭の原因については見つける事ができた。
レノックスだ。駆け寄って精査するが――。
「クソッ!」
椅子に座った状態で、既に首を横一文字に引き裂かれて絶命していた。
レノックスが殺された? 誰が? このタイミングだし、教頭だろうか? いや、奴は私の排除のために、自らの手を汚さない。少なくとも上皇が来ているこのタイミングでするなど、奴の忠誠心が許さないだろう。
「ん? このナイフ、どこかで……」
ハンカチで凶器に使われたと思しきナイフを拾い精査する。そうだ。このナイフには見覚えがある。どこでだろうか? ストラヘイム? いや違う。もっと――。
突如、ズキンッと頭に痛みが走る。それは次第に割れるようなものになっていく。
トンカチで殴られたような痛みに顔を顰めながら、直ぐに奥の部屋へと行く。
呼び出したのは教頭だ。奴ならこの現状に心当たりくらいあるはず。
部屋に入ると――。
「ここもかっ!」
濃厚な血臭。机に突っ伏している教頭へと近づき上半身を起こすと、右脇腹に深く刺さる大型のナイフ。
(またこのナイフか!)
さらに大きくなる頭痛に、視界まで歪んでくる。
「小僧……か?」
薄っすら瞼を開けると、教頭は今にも消え入りそうな声で尋ねてきた。
「そうだ。誰にやられた!?」
「くくっ! あ奴め、最後の理性を振り絞って……儂に時間をくれたってわけか」
教頭は震える両手で私の上着を掴み、カッと目を見開くと――。
「いいか! グレイ、ことは……帝国――祖国の命運がかかっておる! これは儂から……貴様に対するオーダーじゃ! あの卑怯者から……この帝国を、臣民を救ってくれぇい!!」
血反吐を吐きながら、実に奴らしくない言葉を叫ぶ。
「卑怯者とは誰だ!?」
教頭は何かを口にしようとするが、突如全身が紅に発光し、肌がボコボコと茹で上がり始める。
咄嗟に教頭から離れた途端――。
『スルト・エイジスの有する魔王種の種の発芽が確認されました。スルト・エイジスは、【魔王スルト】へと進化いたします』
無常な天の声が木霊する。
教頭の全身が光り輝き、両手、両足、そして全身が不自然に盛り上がり、黄金の鎧を身に纏うと、
「グオオオォォォッ!」
獣のような咆哮を上げる。
こうして、私の三度目の魔王との闘いが開始される。
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