第57話 予想外の問答
午前中の学科試験終了のチャイムが鳴り響き、教授たちは続々と実技個別試験の会場である校庭へ向けて教授会室を退出する。
よほど生徒たちが気になるのだろう。ジークといえば、チャイムと同時に外へ飛び出していってしまった。さて、私も向かうとするか。
丁度私が最後になり部屋を出ようとしたとき、ただ一人、残っていた教頭が立ち上がり、親指を奥の部屋へと向けて、
「小僧、ついて来い。手間はとらせん!」
強い口調で叫ぶと部屋へと入ってしまった。
普段なら、途中で断っているところだ。だが、その初めてともいえる、不機嫌も嫌悪感も含んでいない真剣な教頭の表情に圧倒されて、指示された通り、部屋と向かう。
「座れ」
教頭の対面の席を進められ、言われるがままにソファーに腰を下ろす。
「で? 何用で?」
こいつとは、慣れ合うような仲では断じてない。というか、犬猿の仲といっても言い過ぎではあるまい。手早く用件を済ませて、子供たちの晴れ舞台を見学するとしよう。
「儂は始皇帝陛下の頃からお仕えしてきた由緒あるエイジス家の長男に生まれ――」
「身の上話なら、貴方の周りの貴族の方々にするのがよろしかろう――」
話しを切って立ち上がろうとするが、
「いいから黙って聞けぃっ!!」
教頭は怒るでもなく、表情の一切を動かさず、鐘を撞くような激しい声を叩きつけてくる。
そして、呆気にとられている私を尻目に話を続ける。
「近衛師団として、上皇陛下にその忠誠を捧げてきたし、それはこの学院の教頭の職に就いてからも同じじゃ。今もあの御方のためなら、命さえ惜しくはない」
「そうでしょうね」
それはこいつの言動を見ていれば一目瞭然であり、一々指摘されるまでのことでもない。
「じゃがな、儂はこの学院の教頭でもあるんじゃ。生徒たちを教え導くものには、決して踏み越えてはならん一線というものがある。少なくとも儂はそう思うておる」
「ミアへの不正を知りながら、それを黙認した貴方の言葉とも思えませんね」
「ふん! 祖国と上皇陛下の名を汚したキュロスの娘など、この栄誉ある学院には相応しくない。そう今でも思うておるよ。故に、過去の我が選択に一切の悔いなしッ!」
本心からの言葉だろう。その見開かれた両眼の奥にあったのは散々見てきた強烈な光。
「左様で」
やっぱりだ。この教頭と私は絶対に分かり合えない。何より、私とこいつは生きてきた道が違いすぎる。
「一つだけ聞かせよ。貴様にとって理想の国家とはいかに?」
唐突な爺さんだ。こいつの専攻は歴史学だし、その内容に対して意外性はないのも確かではあるんだが。
「皆が等しく機会を与えられる社会でしょうかね」
どのような社会にも貧富の差はあるし、努力や運の差はある。区別を一切なくして平等に接しろというのはある意味、独裁社会を奨励しているようなものだ。
唯一万人に平等に与えられなければならないものがあるするなら、それは機会。機会さえ与えられれば、人は努力ができるし、知恵も絞る。そこには、自身の行為が将来報われるかもしれないという希望がある。この向上心と言う名の希望こそが、科学発展の原動力であり、人が人であり続けるために極めて重要なこと。少なくとも私はそう思っている。
「それは貴族も平民も同じく機会を与えよ。そういうことか?」
「ええ、それを実現するための国であり、法であり、社会です」
教頭は暫し私の顔を凝視していたが、
「やはりの。貴様は最悪じゃ」
口角を上げて弱々しくそう呟く。
「それはどうも。最高の誉め言葉だと受け取っておきますよ」
私の皮肉が聞こえているのかいないのか、教頭はソファーを立ち上がり、部屋の奥の窓際まで歩いていき、
「因果なものじゃ。まさか、貴様のような我らが誇りと伝統に唾を吐く不埒者に託さざるを得ないとはな」
独り言つ。
「託す? 何をです」
眉をしかめて尋ねると、教頭は窓の外に視線を向けると、
「直にわかる。気に入らんが貴様ならば、すぐに正解へと辿り着けよう」
意味深な言葉を吐く。
「だから、さっきから仰っている意味が全くわからないんですが?」
教頭は、窓の傍にある自身の机の上に置かれている箱に触れると、
「まったく、目安箱だか何だか知らぬが、一学生ごときが我らに意見しようとは実に不愉快じゃ」
顔を顰めてそう吐き捨てる。
「貴様、これを早々に処分しておけっ!」
教頭はいつものように仏頂面で私に怒声を浴びせると、目安箱を押しつけくる。
「ちょっと――」
「儂もこれから会う約束があるんじゃ! さあ、去れ! 去れ!」
蠅でも追い立てるかのように、私を教頭の部屋から追い出してしまう。
目安箱ね。生徒がせっかく書いたものだ。捨てるわけには行くまい。この試験の終了後、ジークにでも渡すとしよう。
教頭に押しつけらえた目安箱をアイテムボックスに収納し、私も次の個別実技試験の会場へと向かう。
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