第53話 エイトの決意

 学院の食堂が既に閉まっていたので、ライゼの人気料理店――雫亭で晩御飯を食べつつも明日の実技試験について煮詰めた後、現在学生寮へ帰宅している途中だ。

 先頭を歩くエイトが立ち止まると、クルリとミア達を振り返る。


「皆に伝えたい事があるんだ」


 そのあまりの厳粛な顔にミア達が息を飲む中、


「藪から棒に何だよ」


 プルートが単刀直入に尋ねる。こういう聞きにくいところも躊躇を全くしないところは、素直にすごいと思う。


「もう気付いているかもしれないけど、僕さ、この世界の住人じゃない。噂の勇者ユキヒロと同じ、迷い人なんだ」

「随分唐突な激白だよな」


 ミア達を代表して返答するプルートを始め、この場の誰も驚いてはいない。

 実のところ、なんとなくだけど気付いていた。打ち解けてから、各々が幼少期の話題をすることがあったが、エイトのものだけは明らかに異質だった。

 友達と映画館なる場所に行ったことや、海で遊覧船という乗り物に乗ったこと。外国への旅行に次の日に到着したなど、空想が入っている話が頻繁にでてきた。それを話すエイトは二度とは戻れぬ故郷を懐かしむような遠くを見る目で、とても寂しそうだったから。

 だからエイトのこの故郷の話が嘘偽りない真実だと皆理解したのだ。そして、同時にエイトがこの世界とは全く異なる文化の地からきた来訪者であることに思い当たってもいた。


「ある日、僕はいつものように神社の境内のベンチで本を読んでいたんだ。そしていつの間にかウトウトして気が付くと辺り濃い霧が立ち込めていた。帰ろうとその階段を下ったら、この世界に足を踏みいれてしまった。それから大変だったよ。突然の森の中に放り出され、彷徨った挙句、力尽きてある小さな村の狩人のおじさんに保護されたんだ」


 エイトは言葉を切って大きく深呼吸をする。この決意を奮い立たせる様子からいって、これから話すことは、きっとエイトにとってとても辛く、その人生観すらも変えるほどのもの何だと思う。

 

「村の人たちはこの世界に来たばかりで右も左もわからない僕にもとても親切で優しかった。そんなとき、あのアンデッド事件が起きる」

「そうか。君もあの災厄に巻き込まれてたってわけか……」


 クリフの言葉にエイトは大きく頷くと、


「うん。村の近くまで迫っているアンデッドに村長さんは城塞都市、ストラヘイムまでの避難を決定した。運が悪かったんだろうね。避難の途中、門閥貴族の領軍も加わってきたのさ。それからは、もう詳しい説明は不要だろう?」

「貴族の面汚しがぁっ!!」


 クリフが鬼面で地面を蹴り上げて、怒声を上げる。再度怒りを口にしようとするクリフをプルートは右手で制して、


殿しんがりを強制されたんだな?」


 静かにエイトに問いかける。


「うん。そこからは笑っちゃうくらいの悲劇と喜劇の連続さ。門閥貴族の軍は僕らにその場所に三日留まるように厳命して、退避していった。三日後、僕らはアンデッドの大軍に襲われたってわけ」

「酷い……」


 テレサが下唇を噛み締めて一言呟く。


「そんなの許せないの……」


 どうにも、憤りが抑えられない。当然だ。この帝国の正規軍は、普段帝都に常在する常備正規軍と、突発的な事態に対応する門閥貴族の領軍である臨時正規軍がある。仮にもその正規軍の一つが、自己保身のために本来守るべき民を犠牲にしてしまうなど言語道断というものだ。


「アンデッドが目と鼻の先に迫った時、間一髪のところで、帝国の常備正規軍が助けにきたのさ。それが――」

「俺の親父だったわけか……」


 頷くエイトに、プルートは両腕を組んで瞼を閉じる。多分、エイトが話だすのを待っているんだと思う。


「ランペルツ・ブラウザーは正真正銘、大英雄だ。だから、彼だけならきっと皆を逃がせたんだと思う。結局のところ、彼の誤算はそこの避難民の中には、どうしょうもなく、愚かで臆病なボンクラがいたってことさ」


 エイトはそう吐き捨てる。彼の嫌悪と侮蔑をたっぷり含んだ表情に圧倒されながらも、その話に耳を傾けた。


「トチ狂ったそいつは、全てを運命と周囲のせいにして自分の命惜しさに避難民の列から逃げ出した。そんな役立たず、見捨てればよかったんだ。いや、彼は見捨てるべきだったんだ」


 俯くエイトの足元にポタリ、ポタリと液体が落ちる。もうその逃げ出したのが誰なのかは、ミアにもはっきりと理解できた。


「はー、なるほどな。お前がずっと俺に言い出せなかったのはそれか?」

「……」


 無言で震えるエイトに、プルートは肩を竦めて大きく息を吐き出すと、


「その件なら親父の部下の上級士官から聞いていたよ。その士官からお前に親父の最後の言葉を言付っている」


 静かにエイトに向き直って、そう告げた。


「あ、あの人からっ!?」


 弾かれたようにエイトは、鼻水と涙でグシャグシャとなった顔を上げて、プルートを眺める。


「ああ、君は全く悪くない。だから胸を張って前に進みなさいだってさ」

「うあ……ああああぁぁぁぁッ!!」


 遂にその場に両膝をついて泣き崩れるエイトの肩を叩きながら、プルートは温かな笑みを浮かべて見守っていた。



「そうか。この試験が終わったら、旅に出るのか……」


 エイトからの告白は意外極まりないものだった。即ち、この実技試験の終了と同時に、エイトは元の世界へ戻る方法を探す旅に出ること。つまり、ミア達とはここで道を違えるということを意味する。

 それに猛烈に反対したのは、以前なら興味すらも抱かなかった人物。


「僕は反対だ! あと一年だよ! 帰還の方法を探すのは、卒業してからで十分のはずだ。僕ら皆が手分けすれば――」

「ありがとう。クリフ、でも、もう決めたんだ」

「わたくしも、納得もいかない! エイトはわたくし達と卒業するの!」


 最近、子供っぽさが鳴りを潜めていたテレサが、幼い子供の癇癪のように叫んでいた。

 無理もない。最近、エイトに皆、頼りっきりだった。ミア達にとってエイトは、歳の近い兄同然だったのだから。


「エイト、ミアも、来年一緒に卒業したいの!!」


 兄役のエイトがいない日常などとても考えられない。だから、ミアも声の限りに叫んでいた。


「みんな……ごめん」


 エイトはすまなそうに微笑んだ。

 もし、エイトが翻意してくれるとすれば、少なからず負い目を感じているプルートだけ。そうこのとき卑怯にも考えてしまっていた。だから、視線はプルートに集中する。

 プルートはミア達の期待を籠った視線を一身に受けて、


「俺はいいと思うぜ」


 ミア達の望みとは正反対の言葉を紡ぐ。


「何言ってんだ、君はっ!? 皆でシラベ先生の授業を受ける。そのためにこの半年必死になって頑張ってきたんじゃないか! それを今更――」

「お互い、今生の別れになるってわけじゃねぇ。それにきっとシラベ先生もエイトの選択を応援するはずだ」


 プルートはエイトを見据えると、


「だが、忘れるな。俺たち旧Gクラスの魂はお前とともにある。その事実を!」


 胸に右拳を叩きつけ、そう叫ぶ。

 エイトはミア達をグルリと見回すと、口端を僅かに上げて、


「うん! わかってるさ! 元の世界へ戻る方法を見つけたらきっとまた皆に会いに行く。それまで待っていて欲しい!」


 そう力強く叫んだのだった。


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