第52話 修行の終了 ミア

 汗だくで指一本も動かすことができず、赤茶けた地面にへたりこむ中、


「おめっでとう♫ これでボクチンの授業は全て終了でーーすぅ♩」


 ネロ先生がミア達を見下ろしながらもいつもと変わらない軽薄な口調で告げる。


「終わりかぁ。なんかあっという間だったよな……」


 プルートがしみじみとそんな感想を述べる。


「まあ、ホント、地獄の日々だったけどね」


 あの悪夢の日々を思い出しているのか、うんざりした表情で呟くクリフに、


「そうだねぇ。何度も死にかけたしさ」


 エイトも苦笑しつつも、同意する。


「でも、わたくし達、強くなったよ!!」

「そうなの! 強くなったの!」


 それだけは自信を持って言える。ミア達のレベルは60を超え、各々が平均ステータスもB-~B+まで上昇していた。いずれも修行を始める前とは比較にならない。これなら、サテラとだって戦えるはずだ。


「ネロ先生、わたくし達、明日の試合、サテラちゃんに勝てるかなぁ?」


 身を乗り出して、テレサが今一番ミア達の気になっている事項を尋ねる。


「うーん、真面にぶつかれば難しいだろうねぇ♪ なんてったって彼女はスペシャルだからさぁ♬」


 謳うような口調でネロ先生は、ミア達のこの半年を全力で否定するような結末を予想する。

 ネロ先生のこの現実を叩きつけるような返答に少なくない失墜感を覚える中、


「でも、真面にぶつかればれば、難しいってことは、零じゃないってことですよね?」


 エイトが顎の先端を摘みながら、先生に尋ねる。


「うん、うん、君らは彼女と闘いうる力を得た♩ それは保障するさぁ♫」


 闘いうる力を得たか。修行を終えた今ならわかる。修行開始当時の実力なら、絶対に勝利は不可能だったろう。元々、戦いすらも成立し得ない相手だ。この評価も先生にとって最大の賛辞なのかもしれない。


「だとすると、勝利の鍵はやっぱ、僕らの持つこれかな」


 エイトが右手に持つ銃を握りしめて、そう独り言ちる。


「おいおい、武器を使うのはフェアじゃねぇんじゃねぇか? というかそれって、ルール違反だろう?」


 プルートのもっともな指摘につき、


「いや、この武器はもはや僕らの一部さ。例え、武器の持ち込みが禁止されたとしても、能力だけは使用できる。ルールはあくまで、試合会場への武器の持ち込みが禁止されているに過ぎないし、違反はしていないよ」


 クリフが冷静に否定する。


「わたくしたちの武器、あれから結構成長したもんねぇ」


 各人がシラベ先生に貰ったあの武器は、当初からどれもマテリアル級の特殊な能力を有してはいたが、それはあくまで一般的な武器の範疇に入るものだったのだ。

 しかし、ミア達の英雄化の後、各々の武器はゆっくりとだが確実に変質していく。

 それに初めて気づいたのは、ドラ吉君が放った特大の炎が、ミアの意思一つで不自然に屈曲し、消失してしまったときだ。確かにミアの魔女公ウィッチクラフトの英雄は、魔力操作に長けているが、それはあくまで己の魔力の操作についての話。周囲の魔力さえも操作するなど、もはや魔力の隷属に等しい。これは、ネロさん曰く、今の未熟なミアには絶対不可能らしい。

 考えられるとしたら、このシラベ先生からもらった杖――魔皇にある。この杖の名前も、杖に気が付くと刻まれていた。そして、この現象はプルート達他のメンバーの武器にも同様に起こっていることが判明する。


「まあねぇ♫ 今君たちが所持している武器は君らの成長とともに変質していく、そういう性質を持っているぅ♪ 今後その武器たちがどんな能力を発現させるかはボクチンらにもわからない♩ まさに、この世のことわりから外れた武器さぁ♬」


 なんだろう。理から外れた代名詞のようなネロ先生がいうと奇妙なくらい説得力がある。


「だがよぉ、道具に頼るのもなぁ」


 あくまで、ガチンコの勝負にこだわるプルートに、


「勘違いしてもらっちゃ困るけど、君らは辛うじて彼女と同じ土俵に立ったに過ぎないよぉ♩ その武器の非常識な力を加味してもまだまだ互角には程遠い♫ 君らが騎士道を語るなんて、はっきり言って百年早いさぁ♪」


 先生は人工的な笑みを張り付かせてそう断言する。


「百年早いか。確かに正攻法であの化物メイドに勝てたら世話ねぇよな」

「ああ、悔しいが、サテラは強いよ。先生のいう通り、今の僕らじゃ、まだ彼女の足元にも及ばない」


 このクリフの発言、なんかとても新鮮だ。以前のプライドの塊のようなクリフなら、かつて己の屋敷で働いていた少女を自身より上位の存在とみなすなど絶対にしなかっただろう。


「仮に実力で圧倒的に劣っていても、勝利への道が見えたのなら、やりようはいくらでもあるさ」


 両拳を握り、噛み締めるように独り言ちるエイト。こんな場合、最近のエイトは大抵、策を練っている真っ最中だ。


「エイト、お前ってそんな勝敗にこだわるタイプじゃなかったろ?」


 プルートのどこか呆れたような言葉に、


「そうそう。エイトってもっと勝負に関してドライだったよね? 冷めているっていうか、達観しているというかさ」


 クリフも間髪入れず、相槌を打つ。

 それはミアもずっと思っていたこと。昔のエイトは冷静沈着だったが、どこか戦い自体に忌避感を持っていた。それが今や、こと勝利に対する貪欲さではチーム内でも突出している。


「でも、今のエイトちゃんの指揮は的確だよぉ」


 テレサの言通り、今のエイトは勝利に対する強烈な執着と同時に、冷静沈着さも失っていない。まさにミア達のチームの支柱となっている。


「そうなの! ミアたち、全員変わったの! だから、明日はきっと勝てるの!」

「違うよ、ミア、きっと勝てるじゃない。勝つんだ」


 エイトのいつになく熱の籠った言葉に、皆も無言で頷く。


「じゃあさ、じゃあさ、今から明日の作戦会議しない?」

「いいね。丁度、腹ペコだし、晩御飯でも食べながら話そうか」

「賛成なの!」


 立ち上がるミア達を眺め、ネロ先生はただ一言、


「よく頑張ったね」


 ただどこか寂しそうに賛辞の言葉を口にすると背を向けていつものように姿を消した。




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