第54話 ラドルの事情
ラドル――ハッシュドライブ
そこは今や発展都市の代名詞となったアークロイの北方に位置するアムルゼス王国の捕虜や亡命者たちがつくる小規模都市である。
小規模といっても、仮にも奇跡の領地ラドルの一部だ。その発展具合は近隣の都市を遥かに凌いでいる。
「此度、ラドル中央府からこのハッシュドライブからも選挙の実施を打診された」
ハッシュドライブ府長カイ・ローダスの宣言に、皆から一斉に歓声が上がる。
今までずっとラドルへの正式な帰化を目標してきたのだ。皆の喜びも一際だろう。
「やったな、カイ!」
金色の髪を肩まで伸ばした青年、マーサ・サルマンが興奮に顔を赤らめながら近づいてくる。
「料理開発に特化した都市開発。どうやらこの方向性は間違っちゃいなかったようだ」
「全てお前の趣味全開だけどな」
隣の色黒の女性ロゼも半眼で茶々を入れてくる。
「ここの料理は訪れる商人たちの間でも美味しいと評判となっているみたいですよ」
黒髪ショートカットの女性ニルスが、喜色満面で得意げに報告すると、
「うん、すごく美味しい! ボクもここの料理大好きだよ!」
ロゼの肩に止まっていたチビドラが、部屋内をパタパタと飛んで叫ぶ。
「ハッシュドライブへの客の入りも上々。ここが世界でも有数の飲食業主体の観光都市になる日も近い!」
右拳を強くに握って力強く叫ぶ。
近隣のアークロイが日々、ふざけた発展を遂げ、世界中の商人たちや富裕層がこの地を訪れるようになる。何せこのラドルの地では王族であっても実現不可能な、夢のような生活が約束されているのだから、それは至極当然の行動といえた。
このアークロイという大都市の近隣という地理を生かし、カイたちは飲食業に特化した観光都市の道を選択する。
調味料や食材の確保、調理技術の入手など難題は山積みだったが、カイたちの努力は実を結び、最近ではこのハッシュドライブを訪れる人も以前の数十倍の規模へとなっている。
「だが、問題はあるぞ。この地に押し寄せている亡命者の数だ」
「なんでも、既に月に2000人規模で難民が押し寄せている状況らしく、対応に当たっている守衛隊はほぼ日夜働き詰めの状態で、守衛長は相当イラついていたぞ」
「難民はやっぱり、アムルゼス王国の亡命希望者か?」
「ああ、9割がそれだ」
このハッシュドライブもラドルの一部。衣食住などの生活環境の利便性の恩恵はきっちり受けている。
カイたちにとってはもはや当たり前の日常となったこの街での生活も、アムルゼス王国では王侯貴族でさえも実現できぬパラダイス。
近年アムルゼス王国に強制的併合された国家に愛着のない他民族たちにとって、三食美味い飯を食べられ、住居も与えられ、おまけに宗教や風習の制限が一切ないこの地を求めるのはいわば必然といえる。現に、このハッシュドライブへ亡命を求めてくるケースが続出している。
もちろん、アムルゼス王国の罠である可能性も否定できないし、守衛隊の業務はまさにその調査。人の内心を見る事は不可能なこともあり、当初間者の可能性から、作業は相当難航していたが、サガミ商会から支給された、触れながら偽りを述べると赤く染まる魔道具が与えられ、作業はスムーズに進むようになる。
それでも、魔道具の操作には僅かだが魔力を消費する。街の守衛隊の負担はかなりのものとなってしまっている。
「しかし、まさかアムルゼス王国の貴族階級からまで亡命者が現れようとは……」
そうなのだ。あのプライドの塊のようなアムルゼス王国の貴族たちの亡命も現在増えている。もちろん、領地を持たぬ下級貴族ばかりだが、貴族位という特権を永遠に失う事に違いはない。当初、間者の可能性を疑ったが、魔道具により嘘偽りはないことが判明し、ハッシュドライブの住民として受け入れられている。
「ある意味、アムルゼス王国にとって、この街の存在は最悪の急所なのかもな」
「ああ、国から月々支払われる禄もたかが知れてるし、ここで新生活を始めた方が、よほど利益がある。特に、一応この街の経営は俺達、元アムルゼス人によってなされているわけだし、亡命に抵抗もあまりないんだろう。このまま行けば、さらなるアムルゼスの弱体化は必至だ」
仮にも貴族位を持つもの。一定以上の教育は受けているから、複数の言語を話せるものが多く、社交的な場での交渉も優れている。故に、アムルゼスから亡命した貴族たちは、他国の商会との交渉の場など、公的な場でその腕を振るってもらっている。
「そうですねぇ。この街で暮らせば、立派な建物に住めるし、美味しいご飯は食べれる。トイレも綺麗だし、一日に最低一度お風呂にも入れる。夜でも明るいし、ふっかふかのベッドで寝られる。あーこの前サガミ商会で売ってたシャンプーなんて最高かも」
ニルスの感想に、
「髪がサラサラになるあれな。ほら、みろよ、このあたしの髪! 枝毛一つないだろう?
最近、邪魔だから切ろうとおもってんだが、伸ばしといてよかったぜっ!」
ロゼも長く伸ばした黒髪を摩りながら、しみじみと口にする。
「俺はやっぱ、最近買った車かな。講習会が終わったばかりで、まだおっかなびっくり乗っているけどさ」
半年前、ハッシュドライブの通路が舗装され、自動車という乗り物が解禁となった。
危険な乗り物なので、まだ、アークロイで講習を受ける必要はあるが、既に4割程度は馬車から車へと移行しつつある。
「リーマンにも見せてあげたかった……」
ニスルが窓に近づき、外のハッシュドライブの景色を眺めながらぼんやりと呟く。
「これもかれも、あの領主殿が為したことなんだろう? あんなバケモノとドンパチしていたなんて、今から考えると心底ゾッとするぜ」
若干重くなった雰囲気を紛らわすように、ロゼが軽口を吐く。
「そうだな。あの人はあらゆる意味で別格だよ。でなければ、俺達は今こうしていられやしない」
「全くだね。では、府長、そろそろ次の案件に入ろう。検討すべき点は山ほどある。まずは、キャメロット大学院への受験資格だが……」
マーサ・サルマンが脱線した話しをもとに戻し、ハッシュドライブ、行府会議は再開される。
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