第50話 裏路地の陰謀 アストレア


 ――帝都ライゼの裏路地


 アストレアは帝都ライゼの裏路地を歩いていく。この周囲は滅多に人が出入りしない。楽しい楽しい悪巧みをするには最適な場所なのだ。まあ、どの道、周辺には多重結界を張る予定だから、どこの裏路地でも大した違いはないかもしれないが。

 裏路地の十字路に差し掛かると、顔の半分を覆い隠すほど髪の長い男が壁に寄りかかっていた。

 白のズボンにストライプの入った灰色の上着、黒の手袋を着用し、長い黒のブーツを履いている。

 彼はソロモン、どうやらアストレアの求めに応じて聖教国担当の彼がこの男をよこしてくれたようだ。まあ、半端じゃなく扱いづらい男だから、これ幸いと押しつけられたというのが真実かもしれないが。


「すいませんねぇ、ソロモンさん、こんな帝国くんだりまでご足労願って」

「かまわないさぁ、彼の紹介だしぃ君たち、【英雄楽土】とは良好な関係を築きたいからねぇ」

「それはよかった。元七英雄の貴方なら失敗はあり得ない。ホント、助かりますよ」

「約束は守ってくれるんだよねぇ?」


ようやく本題か。口では色々いっているがこの男は己の研究さえ自由にできるなら、満足の狂人だ。


「もちろん、この帝国は自由ですよぉ。特に門閥貴族の領地下なら必要なモルモットなど掃いて捨てるほどいますし」

「それはそそられるねぇ。何せ聖教国は、これしちゃだめ、あれしちゃだめって五月蠅かったしさぁ。ボクちゃん、ストレスたまりまくってたってわけよーー」

「それならゲッフェルト公領は最適です。広大ですし、どんな実験でも咎められやしません」

「うんうん、それはいいねぇ。それでボクちゃんは何をすればいいのぉ?」

「ひとまずは、門閥貴族どもを全力で支援してください」

「かまわないけど、このボクちゃんが動かなきゃならない奴なんてこの国にいるのぉ?」


 初めてソロモンが僅かに眉を顰める。この好奇心に彩られた瞳。上手く興味を持たせることには成功したようだ。


「ええ、幾人かは。一人は、グレイ・イネス・ナヴァロ伯爵です。原住民では別格ですので一応注意だけはしておいてもらえればと」

「うん、了解だよぉーー。イスカンダルは? 彼も相当有名な英雄だよね? まあ、この世界に転生してほとんど力は失っているようだけどさぁ」

「ええ、イスカンダルについてはあとでご相談があります。あとは、この地に隠者ハーミットがいます」

隠者ハーミットぉ? それって本当?」


 初めてソロモンが頓狂な声を上げる。当然だ。隠者ハーミットは、現七英雄の中ではトップクラスに厄介極まりない相手なのだから。


「ええ、左の眼球内に十字のマークが刻まれていた男に遭遇しました。私の名前を知っていたようですし間違いはないかと」

「変だなぁ。隠者ハーミットとは一度やり合っている。ボクちゃんの能力でね。一度やり合った相手が近くにいるとわかるわけよ。少なくとも彼、ここにいなーーいみたーいよぉ」


隠者ハーミットがいない……か。この男が偽りを述べる意義に欠ける。実際にいないのだろう。ならば、事実上行動の制限がなくなった。目立つ行動さえしなければ、アストレアも好きに動ける。


「では、具体的な計画をお伝えします」


 アストレアは計画の全容を口にし始めた。



「へーそれは面白そうだじゃないか。ボクちゃんも一口かませてもらうよぉ」

「もちろんで――」


 背後から近づく気配。背後を振り返ると、長い金色の髪の童女がこちらに向けて歩いて来ていた。彼女はグレイの元生徒だ。


(私の結界が破られた? いえ、たまたまですかね)


 特にアストレアの多重結界は、強者を重点的に排除するように作られている。何の力も持たぬ一般人が紛れ込むことは非常にまれだがあり得るのだ。


(念のため殺しますか? いや、どの道、我らを認識できるわけがない)


 アストレアたちには現在、認識阻害の異能が発動している。彼女にはどうせ壁にしかみえまい。下手に殺害して、グレイに執拗に調査されても面倒だ。このまま退散するとしよう。


(では、ソロモンさん、頼みましたよ)

(はーい、はーい)


 ソロモンの陽気な声を最後に、アストレアは路地の暗がりへと姿を溶け込ませる。


 こうして帝国最大の内乱事件はゆっくりと幕を開けていく。


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