第51話 雑務依頼の帰りの出来事 ミア


「死ぬ! 絶対死ぬってっ!」


 プルートが悲鳴を上げつつも、転がるように疾走していく。

 その後を冗談のように巨大な双頭の竜が地響きを上げながらも、迫っていった。


「ほらほら、気を抜かない♬ ドラ助は炎を吐くから避けないと焼け死ぬよぉ♫」


 双頭の竜――ドラ助の口の中に小さな光の球体が生じ、火花が迸る。光の球体が次第に大きく、その光は強くなっていき――高速で放たれる。

 視界が真っ白に染め上げられ、爆風が吹き荒れていく。

 遥か上空に跳躍したプルートが先生から貰った槍を一閃すると、白銀の光が十字に入り、ドラ助の全身を輪切りにする。


「はーい、ドラ助ちんの負けぇー♬」

 

 ネロがパチンと指を鳴らすと、胴体から十文字に切り裂かれ絶命したはずのドラ助の身体がくっついていき忽ち元に戻る。

 

「全員、終わったようだし、じゃ、また明日ぁ♪」


 次の瞬間、赤茶けた荒野から第二校舎前の公園へとミア達の景色が移動する。

 ネロは最低限の情報を教えた上で、修行を行う。そして、このように修行が終わり次第、碌な説明もなしにこの公園へ運ばれていた。


「今回はマジで死ぬかと思ったぜ」


 プルートが真っ青な血の気の引いた顔で、毎日恒例となった言葉を吐き出す。


「その程度の感想で済んでいる時点で、既に感覚が麻痺してきているんだろうけど」


 若干うんざり気味にクリフが暗い笑いを浮かべる。


「毎日、毎日、追いかけまわされてるもんねぇ」


 しみじみと虚空を眺めながらも、うんうんと頷く。


「だけど、強くはなっているよ」


 エイトの力強い言葉に、


「そうなの。強くなってるの!」


 ミアもすかさず同意する。

 あの修行というよりは拷問のような戦闘を毎日五体満足で生き残った結果、以前とは比較にならないほどの強さを獲得していた。

 もっとも――。


「でも、まだ勝てねぇよ」


 プルートが呟き、


「そうだねぇ」


 テレサもしみじみと頷いた。この二人の言葉はミア達と彼女との歴然とした力の差を著実に物語っていたのだ。


「じゃあ、また寮に帰って今日の修練の復習でもしよう!」


 エイトの提案に全員が頷き、疲れ切った身体に鞭打ち帰路につく。


 

 夕食後、皆で本日の修練の問題点を出し合う。

 そのあと、ライゼの冒険者ギルドへより、簡単な雑務クエストの依頼を受けた。

 依頼内容は魔道具の調節。今ミアたちがいるライゼは発展期に突入しており、日々多くの科学技術とそして魔道具が持ち込まれている。

 もっとも魔道具は数か月に一度、魔法師による魔力の調節が必要となる。それが思いのほか難しく出来る者が少ないため、冒険者ギルドへ行けば毎日のように依頼はある。

 そして、ミアたちにとって魔道具の調節など今や目をつぶっていてもできる基本的な作業に過ぎない。ほんの数分間の作業で、3000から5000Gが得られるのだ。金を稼ぐならやらない手はないクエストだ。


(なんか不思議なの……)

 

 ミアがお金を貯めているのは、魔導騎士学院卒業後に商売を始めたいから。より正確には母の手伝いをしたいと思っている。

 母に会いに行って、先生が父を許してやれと言った意味がわかった。母の同棲している相手は父だったのだ。もちろん、最初は父に一方的に話しかけられるだけで、一言も会話など交わさなかった。

 以前なら頑なに拒絶して、二度と会いには訪れなかっただろう。だが、今は母の求めに応じて月末には必ず訪れている。

 正直、父を許せているかと問われると自信はない。だけど、父がミアと母を捨てたことは許せなくても、今の父も母も以前とは別人のように活き活きしている。そして、ミアはその姿をもっと見ていたくなっていたのだ。


 本日は貴族の屋敷2件と今訪れている高級宿屋。


「ありがとう! 流石は魔導学院の生徒さん。すごい、手並みだね。ほら、できたサイン」


 恰幅の良い女将さんが、サイン済みの受託用紙をミアに渡してくる。


「ありがとうなの」


 用紙を受け取り懐にしまうと、


「これも食べなさい。お客さんに出しているライザ協会のお菓子だよ」


 おかみさんが、ミアに包みを渡してくる。その包みを開けると何とも言えない甘い香りが嗅覚を刺激する。これは、シフォンケーキだったか。


「これ大好物なの、ありがとう!」


 包みをバックに入れると、もう一度頭を下げて宿を後にした。


(こっちの道のほうがギルドに近いの)


 薄暗い路地だが、ここをつっきればすぐライゼの冒険者ギルドハウスだし、こっちの道を通ろう。

 正直、この中途半端な薄暗さは霧深い森の中へ踏み込むような不安を覚える。

 今のミアは、魔女公ウィッチクラフトの英雄となり、暴漢や盗賊程度では傷一つつける事はできない。心配など微塵もないはずなのに、この心細さ。闇は元来人の恐怖を煽るものなのかもしれない。

 しばらく進んだとき、一瞬、水の中に潜ったような違和感を覚える。


(これって結界なの?)


 魔女公ウィッチクラフトは、魔法に長けた英雄であり、ネロ先生曰く魔力探知に優れており、勝手に魔力により妨害するものを探知して自動で解除する機能があるんだそうだ。それが自動で発動でもしたのだろうか?


(いや、多分気のせいなの)


 だって一瞬だったし、たまにこういうことは多い。気にする必要はないだろう。

 歩いていくと、正面の十字路で二人の男性が話しているのが目に留まる。

 彼らはミアに気付くと直ぐに闇に姿を消してしまった。


(あの人って確か……)


 今のミアは眼鏡のお陰で遠くまでよく目が見える。そのミアの瞳に写し出された二人のうちの一人は、ミアのよく知る人物だった。


(こんな場所にいるわけないか)


 この人がこんな場所にいるわけない。そう結論付けてミアは気を取り直して歩き出す。


 この裏路地の出来事を取るに足らないものと決めつけ、友たちやネロさんに相談しなかった事実をミアは一生後悔することとなる。


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