第30話 グレイ15歳となる。
聖暦907年3月19日(土曜日)
Gクラスの進級試験から二度目の春が到来し私は15歳となる。
一年半、中身が
最も変貌したのはやはりラドル。特にキャメロットとアークロイの技術革新が急激に進む。
コンクリートとアスファルトの開発により車道と歩道は舗装される。そして、信号機が設置され、馬車は完璧に車に置き換わっていた。
街の傍の駅には線路が走り、ラドルの各街や村の間を一定時間間隔で運行している。また、建設中だったサザーランドとラドルの線路も無事開通し、毎日5本が運行している。
工業についてもキャメロットの郊外に設置された化学研究所や工場により、いくつかの化学技術が急速に発達し、メタンを主成分とする天然ガスの開発に成功。こうしてラドルは水道、電気、ガスの三つがライフラインとして供給されることになる。
さらに家庭内では、洗濯機、冷蔵庫、ガスコンロなど様々な利便性ある機器が日々開発されて売り出されている。
当然、世界の豪商たちはこのラドルの技術に狂喜し、故郷を始めとする他の都市へもこの機器の販売を渇望した。
もっともこれらの機器は電気の供給があってこそ意味のあるもの。充電池のようなものでは限界がある。各地への発電所の設置が必須となったわけである。
電気や自動車、鉄道などの科学技術につき商業ギルドに特許の申請はしている。だが、あまりに高度に専門的に過ぎて誰も仕組みを理解できず、建設できたとしても維持ができず、無用の長物と化していたのだ。
そこで、商業ギルドからラドル人の教育用に設立されたキャメロット大学への商会員達の入学を打診された。
仮にも商業ギルドの最高意思決定機関である商業総議会で決定されたことだし、私としても科学技術が広まることは大賛成だ。だから、認める方向で調整をとっていた。
もっとも、ここで問題が一つ。このキャメロット大は私の魔導騎士学院教授職の学院設立権に基づく。つまり、帝国人以外の者の学院への入学には帝国政府の許可が必要となるのである。
そこで包括的な許可を帝国政府に求めたのだが、数週間たっても音沙汰もない。コンタクトをとってみようとしたとき、逆に帝国政府から呼び出されてしまう。
「グレイ――、いやシラベ卿、御足労かける」
初老短髪の教育省の大臣は、私を脇のソファーまで案内し、席に座るよう促してくる。
「この場ではグレイで結構ですよ」
彼が名を言い直したのは、あの学院での進級試験後、私の名前――シラベ・イネス・ナヴァロが売れてしまったから。混乱必死と考えた帝国政府は、以後、ラドル領主をシラベ・イネス・ナヴァロとすることにしたのだ。
今私の正体がクリフやアクアにばれるのは望むところではない。願ったりかなったりというものだった。
大臣は私の対面の席に座ると、
「本当に申し訳ない」
額をテーブルに付けるくらい深く頭を下げてきた。
「どうも状況を読み込めないのですが、つまりキャメロット大学院の入学には帝国政府の個別の許可が必要だと?」
「すまないが、それが帝国政府の決定だ。キャメロット大学院は今や帝立魔導騎士学院と並ぶ我が国の重要教育施設の一つ。君が経営する教育機関だ。ラドル人以外の一般枠の倍率の高さは存じているだろう?」
「ええ、確か今年は400倍だったらしいですね」
キャメロット大学は、基本ラドル人教育のための施設だ。故にラドル人から毎年400人の入学を許可している。
もっとも、あの魔導騎士学院進級試験でのGクラスの活躍の噂が噂を呼び、帝国中から貴族や豪商の子息を是非入学させて欲しいとの声が殺到した。結果、一般枠として20人だけの入学を許可したのである。
「一般枠を拡大して対応するつもりではあったのですが、それでもでしょうか?」
「一般枠の拡大! 本当かっ!?」
勢いよく席を立ち上がる教育省の大臣。その様子があまりに鬼気迫ものを感じ、
「え、ええ。そのつもりですが」
やや圧倒されながらも私は顎を引く。
「ゴホッ! 失礼した。遺憾ながらこれは帝国政府としての決定なのだ。例外はない」
「そうですか。だとすると、ギルドにどう説明するかな……」
「心配は無用。グレイ卿にこれ以上迷惑かけられん。我らの方から商業ギルドへは説明しておこう」
ならば後は商業ギルドと帝国政府との話だ。これ以上首を突っ込んでも百害あって一利なし。暇乞いをしよう。
「では私はこれで」
簡単な挨拶を済ませて老朽化した教育省の建物を出る。
あとは、キャメロットでの用事を済ませてしまうとするか。
サガミ商会の屋敷からラドルのキャメロットのサガミ商館の屋敷の一室へと転移する。
領主の館は私には少々広すぎる。最近はラドルの執務についてジュドに丸投げして、私のキャメロットでの生活ではこの商館を使っている。
商館をでてその足でキャメロットでも家族に人気の【銀のファミリーナイフ】へ向かう。
行き交う自動車とバス。周囲の人々の衣服もスーツ姿の男女に、ワンピースの女性、さらに和服姿の老人もいた。
これらの衣服のデザインは、私が地球のデザインの概要を書いた落書きを、センスの塊のような母上殿に仕上げてもらったもの。母上殿のデザイナーとしての腕は本当に天才的で、地球のものと何ら遜色のないものとなっているのだ。
大通りの煉瓦造りのお洒落な建物。これが【銀のファミリーナイフ】。【銀のナイフ】をファミレス化したものであり、原則24時間開いているレストランだ。
キャメロットには高級のレストラン、料亭、一般のファミレスや専門店、格安の定食屋やファーストフード店があるうちの、【銀のファミリーナイフ】は一般に分類されている店だ。
レストランに入ると、
「グレイ!」
長い銀髪の前髪は綺麗に切りそろえられ、後ろでお団子にしている少女が、顔中に喜色を携えながらも両手を振っていた。
「リリー、もう17だろう。君ももっと淑女としての自覚をだな――」
「ぶー、またお説教? 最近のグレイ、お父様たちに似てきてますわよ」
頬をぷくーと膨らませて聖女――リリノアに、
「仕方ないな。グレイも大人ぶって振舞いたい年頃なんだ。リリーも少しは多めに見てやれ」
隣の銀髪をポニーテールにしている美しい女性――皇女オリヴィアが、珈琲の入ったカップを小さな唇に当てながらもリリノアに有難迷惑な助言を送る。
『大人びてっちゅうより、中身はおっさんなんやけどな』
ぼんやりと人聞きの悪い真実を口走るムラの柄を小突きながら、リリノアの隣に座ると、
「で? 学院の生活はどうなんだ?」
二人に今気になっていた世間話でもすることにした。
「沢山学べて、楽しいですわ!」
「うむ、すこぶる充実しておる」
二人はこのキャメロット大学院における学生でもある。二人とも私の授業を受けて興味をもったらしくこのキャメロットの大学院の入学を希望した。
あの進級試験の前だということもあり、わざわざ、蛮族とされるラドルにある学院に入りたいと思うもの好きなどいるはずもなく、二人は試験など経ることなく入学できたのだ。もちろん試験ともなれば、コネなど一切きかぬ。もう半年遅れていたら無事入れたかは不明なわけだが。
「そうかそれはよかった」
私は二人の話に耳を傾け始めた。
リリノアは開発研究学部、オリヴィアは政治経済学部でラドルの仲間達と日々勉学に励んでいる。
このキャメロット大学院は私が学長だ。好きに運営をして誰かに咎められることもない。だから、私の鬼のしごきに堪えた講師陣によるカリキュラムにより、一切の妥協なく毎日研磨してもらっている。
「最近、サテラと会ってる?」
案の定、この件について尋ねてきたか。リリノアだけではない。先週には同じキャメロット大に通っているルチアにも似たような疑問を口にされた。他の者達も同じ。よほど周囲を心配させてしまっているのだろう。
「いんや。最近はあまり会ってないな」
サテラたちS1クラスとS2クラスは教頭等の嫌がらせだろうか。私の唯一の選択科目の日に帝国史とかいう神話モドキの授業が入っており授業すらもない。必修科目で避けられぬこともあり、顔すら真面に合わせていない。
というか、あの進級試験以来、サテラから徹底的に避けられてしまっている。多分、私に引け目でもあるのかもしれない。
とはいえ、私個人的にはサテラが弟離れできたのだと肯定的にみている。これからのサテラに必要なのは、私一人ではなく多くの仲間なのだから。
「もう、グレイってばどうしていつもそうなのっ!?」
席を立ち上がり、人差し指を指してくるリリノア。
リリノアがここまで感情をむき出しにするのも珍しいな。
「うん? そこって怒るところか?」
「怒ってない!」
いやどう見ても怒っているだろ。だが経験則上、それを指摘すると逆効果だな。
「ふむ、だがサテラはもうリリーと同じ17歳。私が一々世話を焼くのもおかしいだろう?」
「家族は世話を焼くものなのっ!」
家族は世話を焼くものか。確かにそれは一理あるな。私としてもたまにはサテラと話したかったのも確かだ。
ただ、思春期の子供達の心境は私のような中身がおっさんには理解しがたく、及び腰になっていたのかもな。
「うーむ、わかった。今度、話してみることにするよ」
「うん。絶対そうして!」
「リリー、ありがとうな」
隣のリリーの頭をそっと撫でて、謝意を述べると、
「う、うん」
俯き気味に躊躇いがちに頷く。
「じゃあ、食べてしまおう」
そう促し再度食べ始めた。
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