第29話 魔道騎士学院の改革

 定期試験が終了し、私は暫く魔導騎士学院の後始末に従事していた。

 まずは定期試験不正事件について。

あの試験の不正を引き起こしたマッシュー・ムール伯爵は、公文書偽造を始めとする複数の罪で爵位剥奪の上、約10年、鉱山でも強制労働を強いられることになる。伯爵に付き従って不正に手を染めたものも少なからず罰せられることになる。

 上皇の怒りに戦々恐々となった教頭たち血統貴族連盟はお得意の蜥蜴の尻尾切りを敢行しマッシューの死刑を主張したらしいが、司法庁が珍しく仕事をして突っぱねた結果、この罪責となる。どこぞの独裁国家でもなければ、今回の奴の罪で死罪にまではしまい。妥当な線じゃないのかと思われる。

 もちろん、ミアの不正疑惑は晴れ、彼女の答案もハクロウ男爵が撮った写真によりきっちり保存されている。正当な採点がなされた結果、私の生徒たちは全員、全校生徒の中で20番以内に入る。

 全生徒の採点終了後、定期試験後開かれた教授総会が開催され、学院改革の必要性が宣言された。

むろん門閥貴族派の教授たちは烈火のごとく反発したが、改革の必要性につきマッシューの不正を持ちだした途端忽ち鎮火する。奴らが自己保身を図ってくれたおかげで教授会は滞りなく進行し、いくつかの事項が決定された。

一つは、学科の単位制導入。

学生は全必修科目と学院が指定した数の選択科目を自ら選び取得する。一定の数を取得したものだけが各学年で進級試験を受けることができる。

 これは地球で一般の大学が採用する単位制度だ。学生も馬鹿ではない。自らのためになる授業を見分ける力は持ち合わせている。GクラスやSクラスがそうであったように。あとは生徒達の問題だ。師の使命は所詮、生徒達の前に道を指し示してやることのみなのだから。

 ちなみに、この単位制度はラドルのキャメロット大学院で既に採用されている方法だ。大方、学院長かホルス軍務卿があのお調子者のSクラス講師たちからラドルでの生活を聴取し、参考にでもしたのだと思われる。

 二つ、学科についての共通学科試験対策委員会。

旧教授陣は引き続きSクラスの授業を担当した講師に講義を委任すると主張。当然のごとく教頭を始めとする門閥貴族派の教授たちはこれに猛反発。両者睨み合いが続くが、互いの科目の領分を侵害しないことを承認しようやくまとまった。

三つ目がクラスの運営。

これが最も紛糾した。なにせクラスの運営は魔導騎士学院の伝統でありかなめ。高学年のクラスの担任を新旧教授陣営で奪い合う形となる。

更にジークの奴がSクラスの担任から降りると言い出したからさあ大変。後任を誰にするのかでてんやわんやとなってしまう。

ジークは仮にも賢者の称号を持つ教授。奴が降りればこのカオスのような状況になるのは目に見えている。多分、ジークにとって此度のシーザーとシルフィの行為は絶対に許せぬ一線を越えてしまっていたのかもしれない。

混乱の極致の中、結局帝国政府からの要請を主張し学院長がその裁量でクラス担任を決定することになってようやく落ち着いた。仮にあの不正事件が摘発されていなければ収拾は永遠につかなかったかもしれん。

 

現在今回の改革推進派の主要メンバーが学院長室に集められている。


「で、結局、ジーク、お前がSクラスの担任に指名されたわけか?」


 仏頂面で今もそっぽを向いているジークに半眼を向けて尋ねた。


「儂はやらんぞ!」

「餓鬼のような駄々をこねるなよ。いい年して途中で放り投げるつもりか?」


 肩を竦めながら奴にとって最も触れられたくはない急所を突く。


「放り投げているのは、お主も同じじゃろ!」

「一緒にするな。私はこの一年で生徒たちに道を示してきた。私の生徒達なら己の道を選び歩んでいける」

「……」


 ギリッと歯ぎしりをするジーク。


「お前はこの一年、シーザーとシルフィに任せっきりしてきただけだ。若い奴らに後進に道を譲ったつもりかもしれんが、そんなものはただの逃げ。事実上何もしないで放置していたにすぎん。お前に無茶をした若い連中を批難する資格はない」

「ぐぬ……」


 ジークが一言も返せぬ中で、


「いやいや、若い連中って、君の方が遥かに若いはずなんだけど!」


 右手を左右にブンブン振ってライオット学院長がそんなどうでもいいツッコミをしてくれた。


「お前のような怪物に儂のような凡人の気持ちなど到底わからぬさ」

「ジーク、お前、遂に脳味噌までふやけたか? 平凡非凡の差など他人のくだらぬ評価にすぎぬ。

第一それをどうやって定義づける? 魔法の才能か? それとも頭の回転の速さか? まさか蜃気楼のように朧であてにならぬカリスマとでもいうのではあるまいな?」

「全てを持っているお主に言われても説得力など微塵もないわっ!」

「私が全てを持っている? 馬鹿をいうな。私がお前のいうような超人だったら、そりゃあ楽であろうよ。だが、そうじゃないから私は今の今まで散々取りこぼしてきたのだっ!」


 そうだ。私の中途半端でお粗末な行為がゼムやジルを殺した。そして、欠片も思い出すことはできぬが過去の私もきっとそうだったのだろう。だからこそ、一切の行動を起こさず諦めて天に運命を委ねる輩を私は心底軽蔑する。


「……」


さらに強くなるジークの歯ぎしり。私はそんなジークに最後の説得を試みる。


「足掻け。それが子供たちのためにまずお前のやるべき事だ!」

「……」


 私に背を向けるジーク。

表情など見なくても今のジークの心境など容易に想像できる。一言も口を開かず憤怒でその身を焦がしながらも部屋を出て行ってしまった。


「いいのかい? ジーク老は子供達を――」


 学院長が躊躇いがちに私にその真意を尋ねてくる。


「重々承知していますよ。でも、奴は大丈夫です。己の責務を投げ捨てるような奴じゃない」


 元々責任感が強い奴だし、ジークなら絶対許せぬシルフィたちに頭を下げてでも生徒達のため己で教えられるよう研磨してくるはず。もうSクラスは奴に委ねて置けば心配はいらぬ。


「ほんとに、君、子供らしくないね。私のお転婆娘より年下とはとても思えないよ」


 呆れたように呟く学院長に、


「今更だと思いますよぉ。それより、SクラスとGクラスの皆の意思はどうなりましたぁ?」


 レベッカが話を先に進めてくれた。


「全員が二回生への残留を希望したよ。もっと学院で学びたいってさ」


 Sクラスは新設された特殊なクラス。基本は入学試験の得点上位者を基礎ベースにしているが、アクアを始め数人は特別奨学金を受けている才能豊かな生徒たちを高学年から引っ張ってきている。

 特にアクアを始めとする数人は次で4回生。順当にいけば今年で卒業となるはずだった。だからこの進級試験を実質卒業試験とするか、それともSクラスの二回生としてあと三年間学生生活を続けるかを彼女達に選ばせたのである。

 そしてそれは同じくGクラスにも当てはまる。プルート、テレサ、クリフは留年の回数は異なるが同じ二回生。計算上、あと二年間で卒業ということになる。彼らにもSクラス二回生か、Aクラス三回生へと進級するかを選択してもらっていたのだ。


「ライバルの必要性は今年のSクラスとGクラスの件で実証されたようなものですぅ。

次の教授総会で各学年のクラスを二つに分ける案を提示しますよぉ」


レベッカが若干興奮気味に宣言する。


「少数精鋭のクラスか。いいんじゃないか。担任と兼任できないのは必修科目担当の教授のみ。このシステムならほとんどの教授が担任を受け持てる。あぶれる事がない以上、門閥貴族共も殊更反対はせんだろう」


 戦闘魔法科の教授が、その金髪の坊主頭を摩りながら満足そうに頷く。

 このレベッカの案が採用されれば各学年の各クラスは、1と2という二つのクラスに再編成されることになる。

順当に考えれば今までSクラスだった者達はSー1クラス2回生に、GクラスはSー2クラス2回生に編成されるんだろう。

 

「S1、S2クラスには、私の商会からも戦闘職の職員を派遣しますよ」

「それは助かる」


私に頭を下げてくる学院長に右手を上げて立ち上がる。

もう話す事は話した。委細は彼らに任せよう。


「それでは私はこれで!」


 一礼すると私も学長室を退出する。


 西日が燃える焔のように大地を優しく包んでいた。

 全ての片は付いた。担任を外れた以上、私には時間的な余裕ができる。

ゲオルグの言っていた通り。この世界は最近大分きな臭い。起こることが全て通常ではありえないレベルなのだ。本格的な鍛錬は必須。これから時間のある限り、ひたすら鍛錬を繰り返すべきだろう。

 木陰で転移すると黄金一色の部屋に周囲の風景が変化する。


『また、あの地獄に足をブチ込むわけか……』


 ムラの悲痛でどこか諦めるような声が脳内に反芻する。


「いくぞ」


 ムラの柄を握り、私は命懸けの修行に踏み出した。


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