第25話 メイド少女の事情 ロナルド

 決勝戦が終了し試験の閉会式が開かれる。ロナルドが閉会式の生徒代表の挨拶をしたはずなのに、碌に覚えちゃいなかった。

 頭を占有していたのは、初めて自らの意思であの事件を終わらせたあの赤髪の少女の泣き顔。

 勝敗が読めぬ強者との激突。己がどれほどこの一年間で成長したのかを実感するような血が沸騰するような高揚感。そんな陶酔は、赤髪の少女――サテラの手によりあっけなく終わらせられてしまう。

 サテラの介入後、短気で実直なアランを始めSクラスの面々は全員強烈な納得いかなさを覚えていたのだと思う。あの闘争を侮辱したサテラに一言抗議しようと控室へ入るも、部屋の片隅で壁に向き合い全身を小刻みに震わせるサテラを視界に入れて、ロナルド達は致命的な勘違いをしていたことに気が付いた。

 アクアを始めとするSクラスの女性陣からサテラのことは任せるように指示され追い出されるように控室を出る。

 その晩も身体はくたくたに疲れているはずなのに、頭だけは不自然なほど冴えており、瞼を閉じてもサテラの小さな後ろ姿が網膜に焼き付いて離れなかった。


 次の日の早朝、慣れ親しんだSクラスの教室を訪れていた。

 この教室で色々あった。当初は有能と名高いホルス軍務卿から凡夫とみなされたことへの意地もあったが、次第にこのクラスの授業にのめり込んでいったのだ。


「よう、ロナルド」


 野性味のある赤髪の少年――アラン・クリューガーが、ロナルドに右手を上げる。

 教室には、サテラとアクア以外全員各席に座っていた。多分、アクアは意気消沈したサテラの傍にでもいるんだと思われる。


「授業が終わったというのに全員集合とはご苦労なことだね」

「まったくだ」


 肩を竦め苦笑するとアランはその顔を真剣なものに変える。

 やっぱり、ここに来た理由は皆同じらしい。


「昨日のサテラのことだね?」

「ああ、あいつ確かにこのクラスに所属していること自体、不満ありありだったけど、あそこまで独断専行しねぇだろ」

「そうね。むしろ協調性は誰かさんより十分あった方じゃないかしら」


 サテラの親友であり、金髪ツインテールの少女――アリアがジト目でアランを見ながらそんな身も蓋もない感想を述べる。


「うっせぇよ! 馬尻尾女がっ!」

「そういうところが、餓鬼ってのよ。もっと殿下を見習ってもらいたいものだわ」


 呆れたように肩を竦めるアリアに、


「それで結局、なぜサテラはあんなことをしたんだい?」


 今一番皆が知りたがっていたことを尋ねた。彼女は決勝戦後にサテラと共にいたはずだから。


「サテラはあれから結局、一言も口にしなかったし真実を知るのはあの子だけよ」

「もったいぶるなよ、アリア、粗方の見当くらいついているんだろ?」

「そりゃあまあ、一応これでも親友だし、あんた達よりもあの子の周りの事情に詳しいしね」


 学院長の愛娘というだけではない。彼女はシラベ教授の運営するサガミ商会の商会員。現にこのライゼの商店街の取りまとめ役でもあるらしい。同じ商会員であるサテラについて保有している情報は段違いだろう。


「なら事情を話せよ。俺達仲間だろう?」

「いやよ」


 アランの求めを即時に否定するアリアに、


「テメッ――」


 アランは気色ばみつつも勢いよく席を立ち上がるが、


「それはサテラの口から直接聞きなさい」

「それができれば世話ねえよ!」

「なんでよ? いつものあんたの図々しさを発揮すれば難しいことじゃないじゃない。まあ、それができない理由にも見当くらいつくけどさ」


 忽ち全身を紅潮させるアランに、皆ドヤ顔を向けていた。

 アランがサテラに好意を持っていることはクラス中の誰もが気付いていた。より正確には当の本人であるサテラ以外はという限定が付くが。


「その理由とは、シラベ教授のことかい?」

「否定はしないわ。あの一件以来、サテラ、少し憶病になっているから」


 ボソッとそう呟くアリアの瞼には深い哀愁が籠っていた。


「あの一件?」


 ロナルドの問に我に返ったようにアリアは表情を消して、


「それは秘密」


 アリアはいつになく冷たくロナルド達を拒絶する。

 今までロナルド達は、その彼女の悩みが男女間の諍いのような甘い話であると高を括っていた。だがそんな単純なものではない。もっと彼女達の人生観の根幹にかかわるようなこと。それがこのアリアの尋常ではない姿から容易に伺えた。


「言えないならかまわねぇ。お望み通り本人に聞くことにするさ。たとえそれがどんなに苦しく辛いことでも口に出せば楽になるってことはあるはずだ。なあ、そうだろう? お前ら!」


 アランは立ち上がったままグルリとSクラスの皆を見渡す。


「そうだね」


 ロナルドの返答に、


「ああ、アランにしてはたまにはいいこというんじゃないか!」

「そうねぇ。この空気読めないっ子がねぇ。私、少し感動しているわ」

「そうだな。唯我独尊男とは思えぬ台詞だ」


 散々な評価を伴いつつも同意していく。


「テメエらっ――」


 アランが声を張り上げようとするが、


「はいはい。後でゆっくり聞いてあげるから。それよりも、Gクラスの担任から言伝よ」

「シラベ先生か!? 何だ、早く話せ!?」


 アリアのGクラスの担任という言葉にアランが話を促し、クラスのメンバーも押し黙る。アランやロナルドたちにとって、その名はこの一年間必死に頑張ってきた原動力のような存在。それはそうかもれない。

 アリアはアランの幼児のような姿に深いため息を吐くと、ゴホンと咳払いをして、


「昨日のサテラのことはすまなかった。我ら学院側の事情も全て解決したから、君ら生徒に一切不利益はない。来年からはGクラスの面子と仲良く頼む、だそうよ」


 予想通りの言葉を紡ぐ。


「学院側の事情も解決したか。アリア、本当にお前の言った通りになったな」


 当初、ミアを嵌めたあの試験官につきアランは殴り込みを掛けかねない勢いだった。一応ロナルドはアランを宥めてはいたが、天下の魔導騎士学院の職員の不正でミアが退学になるかもしれない。その事実に、猛毒のような殺気立った心を感じてもいたのだ。

 しかし、ロナルド達と共にあの試験会場でのやり取りを見ていたアリアが憐れむような視線を試験官たちに向けつつも、「あの悪魔の口の中に自分で飛び込むだなんて、正気を疑うわ。馬鹿なの? 死にたいの?」と呟くと、「心配するだけ時間の無駄、無駄。彼女たちはあいつ・・・のクラス。この茶番を組んだお馬鹿さん達は、どうせ全員骨までしゃぶりつくされてポイ捨てされるのが落ちよ」と身も蓋もないことを言い放つ。

 もちろん、門閥貴族の恐ろしさと狡猾さを存知しているアランはその言葉を容易に信じずに反発していたが、その後、シラベ教授の犠牲になった哀れな悪役たちの話を聞かされ、ようやくアリアの言葉の真意を理解し、その後話題にすらしなくなる。

 何せあの残忍で帝国随一といわれた権勢を誇っていたキュロス公を失脚させるような御仁だ。確かに、いまさら魔導騎士学院に勤務する門閥貴族など歯牙にもかけまい。


「ええ、何でも今回の事件の実行犯であるマッシュー・ムールとその他数人の教授及びその子飼いの職員は現在、調査部が取り調べ中らしいわ。教頭を始め新教授派は誰もが素知らぬ顔を決め込んだ感じなんだって」


 この情報は多分、父である学院長からのものだろう。数度お会いしたことがあるが、滅茶苦茶な子煩悩な方だった。大方娘であるアリアの頼みに断れなかったのだと思われる。


「マッシューとかいう馬鹿はどうなる?」

「さあ、でも上皇陛下も怒り心頭という噂だから、国家棄損法の適用があるんじゃない。つまり――」

「死罪……それが喧嘩を売った相手の末路か。シビレるくらいえげつねぇな」


 同感だ。あの大賢者ジークが、『魔王以上に恐ろしい悪魔』と表現した意味が今ならすんなり理解できる。


「ともかく、僕らの勝利には違いない。約束通り、次年度からはシラベ教授が僕らの担任になっていただけるはずだ!」

「よし、来年はあいつらGクラスも一緒にだッ! 燃えるぜぇ!!」


 ロナルドの宣言にアランが机に乗ると大声を張り上げる。他のクラスメンバーからも一斉に歓声が上がるが、


「ごめん、多分それって駄目っぽい」


 アリアがすまなそうに頬をカリカリと人差し指で掻きながらも、ロナルド達にとって理不尽極まりないことを口にしたのだった。


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