第24話 答案偽造事件の解決
私が教授会室の隣の会議室へ入ると、魔導騎士学院の教授が全員集合していた。
大きなÙ字型の木製のテーブルに教授たちが互いの陣営に分かれてまるで親の仇でも見るかのような目でにらみ合っている。
「シラベ教授っ!? テメエらざけんなよっ! まだ彼の嫌疑の確認すらも済んじゃいねぇだろ!?」
私が拘束されているのを視界に入れて戦闘魔法科の教授が嚙みつくような大声を張り上げると、たちまち半数の教授たちから怒声が巻き起こる。
「さて、皆も集まったようじゃし、此度の小僧の不正への査問会を開始しようぞ」
嵐のような批難の声を鎧姿の白髪の老人は平然と無視して会議室の丁度中心に立つ。
そして、両腕を広げて、
「ここにいるシラベ・イネス・ナヴァロは、教授の地位に残らんがため、己の生徒に不正を行わせたっ!」
「「「不正とはいかに!?」」」
門閥貴族派の教授が数人、即座に異口同音に教頭に尋ねる。
「……」
正直、言葉もでない。というか、お前らどこぞの劇団の俳優かよ!
「マッシュー・ムール伯爵! 皆にも事件の概要を説明して差し上げよ」
マッシュー・ムールが、底意地の悪い笑みを浮かべながらも立ち上がり、軽く会釈をすると、
「この小僧は、己の評価を上げんとある魔法具を学科試験に不安のあったミア・キュロスへ渡していたのです。今ここに、その羽ペンを提出いたします」
U字型の中心にある円形のテーブルに羽ペンを置く。
「マッシュー伯爵、実演してみせよ」
教頭の指示にマッシューは恭しくも一礼し数枚の白紙の紙をテーブルに置く。
マッシューが口を何やら動かすと、奴の右手に握るペンが高速で動き始める。
それから、しばらく書いた後、マッシューはペンの羽で数回それをなぞると綺麗さっぱり文字は消失する。
(ほう、凄いな)
こればかりは多少驚いた。いや、より正確には開いた口がふさがらないった類かもしれないが。
これほどの魔法具が作れる技術があるなら、こんなくだらない権力闘争になど用いずとも、特許をとったり新製品を開発したりするだけで、莫大な富を得る事ができる。
己の陣営の利益や価値を正確に理解できなくなった組織に未来はない。門閥貴族というものは、私が想像していた以上に末期的なのかもしれん。
「ご覧いただいた通りです。そこの小僧はこの機能を有する羽ペンをミア・キュロスに渡し、答案に解答を記入していました。ですが、最後の最後でミア・キュロスが操作を誤ったか、もしくは、この羽ペンが誤作動したかの理由により、答案が白紙。その事実にミア・キュロスが錯乱状態となり、試験官に飛び掛かりました。そして、一連の不正が発覚するのを恐れたクリフ・ミラードにより、試験官への暴行が為されたのです。
これが、本事件の概要です」
自信満々に宣った。
「合格答案が書けぬとみて、生徒に不正を強要するとは、何と愚劣な!」
「まったくですな。大方己の財を用いて、その魔法具を取り寄せたのでしょう。貴族の地位にしがみ付くその姑息さは、流石は下級貴族の子といったところですな」
「このような輩がいるから下級貴族や商人風情がいい気になるのです。ここで、厳罰に処すことでケジメを付けるべきでしょう」
「その通り! 仮にも名誉ある騎士学院の伝統と誇りに唾を吐いたのだ。国家棄損法を適用し、生徒ともども死罪とすべきだっ!」
部屋中から次々に湧き上がる不満と悪意の声。こいつらの程度は十分理解した。
用いた策は、複数考えられるもののうちで最もつまらぬ下策。だが、その策を実行する道具は最高レベル。とんでもなくアンバランスな奴らだ。
「で? その証拠はあるんですか?」
ある意味聞くまでもない疑問を投げかける。
「ミア・キュロスから押収したこの羽ペンの存在だ」
「ふむ、しかし、仮にそれが真実でもミアが使ったことの証明にはなっても、私がその羽ペンを与えたということにはならないと思いますが? 第一私は共通試験問題自体知らされていない」
今度は「不正を働きながら、自分の生徒を見捨てるのか!」とか「師の風上にも置けぬ」などと好き勝手放題宣う門閥貴族派の教授ども。
もちろん、下種な奴らのことだ。この私の反論もご丁寧に潰してくるはず。
「執行部の立ち合いのもと貴様の机を調べたところ、SとGクラスの共通試験問題とその解答を記載した用紙が発見された。そしてその解答の内容は全てこの羽ペンに記録されていたものと同じ。もう言い逃れはできんぞ!」
言い逃れはできぬか。それはそのままそっくりお前たちに返す言葉なんだがね。
「へー、私の机の中からSクラスとGクラスの共通試験問題とその解答が記載されている文書がでてきて、それらは全てその羽ペンの記録したものと同じであったと?」
「その通りだ! 只今から本文書を提出する」
マッシューは勝ち誇ったように表情を歪に崩して指を鳴らす。
背後に控えていた職員の一人が丁度U字型の中心のテーブルの上に用紙を載せる。
「これがその文書だ。我らの主張は全てオスカー教授とレベッカ教授の両者により、証明されている」
丁度対面の席に座る二人が立ち上がり、軽く腰を折る。
「レベッカッ! お前っ!?」
戦闘魔法科の教授が右拳をテーブルに打ち付け、レベッカに突き刺さるような強い眼光を向ける。
「私は執行部長としての責務を果たしただけです」
レベッカは同僚たちに目も合わせもせず、無表情でただそれだけを宣言した。
「オスカー教授、レベッカ教授、小僧のロッカーに解答用紙があるというマッシュー伯爵の主張は真実だったのじゃな?」
教頭の問に二人が無言で頷くと、その場は豆が弾けたように騒然とする。私の側についていた旧教授たちからも疑惑の声が上がり始めた。その姿を満足そうに眺めるマッシューと教頭。
面白い。実に滑稽で面白いな。
「皆の者、聞け! さらにここで新たに判明した事実がある! 何と、このSとGクラス共通試験問題は小僧が運営するサガミ商会の講師陣が作っている! つまり、小僧とサガミ商会の講師陣が意思を疎通し問題を作っていたとみるべきじゃ。つまり、小僧の言っていることは全て偽りということ!」
教頭の告発に再度、どよめく室内。門閥貴族派の教授たちから、「けしからん」、「不正だ!」、「卑怯者!」、「虚言者め!」などの声が上がる。
「卑怯もなにも、元来、試験問題は担当教授が作るもの。仮に貴方たちの言う通り、問題を私が把握していたとしても何ら責められる筋合いではないと思いますがね」
私のうんざり気味の元も子もない言葉に、
「ふん! 聞いたか! お前たち、とうとうこ奴、認めたようじゃぞ!!」
そらみたことかと、教頭は得意げに弾むような口調で周囲に同意を求める。ますます、増長する門閥貴族派の教授たち。
確かに、試験問題自体を生徒に教えることは明確に禁止されているし、自動で書く魔法具を生徒に与えるなど論外極まりない。
だが、元来試験問題自体担当教授が作るのだ。今私を罵倒している者達の中にも、問題の難易度をあえて下げたり、試験で出題される部分を授業中それとなく教えたりすることはあるだろう。試験問題を私が把握していることや、作成に関与すること自体は何ら不当でも違法でもないのだ。
「そんな小僧の机にSとGクラスの共通問題とその解答を記載した用紙があり、さらにはミア・キュロスの残した羽ペンの存在がある。もはや真偽を論じるまでもなく、小僧は黒だ!」
教頭の威勢の良い言葉に賛同の声が次々に上がる。
「ジーク老、そんな信義にもとる輩を補助講師に迎えた責任、貴方にもとっていただきますぞ!?」
マッシューは腕を組んで沈黙しているジークにまで話を振る。
「勝手にするがいい」
ジークは腕を組みながら、ぶっきらぼうに言い捨てる。
「ならば、Sのクラスの担任から――」
「のお、マッシュー、儂は今頗る機嫌が悪い。そのバケモノとドンパチやりたいなら好きにせい。儂は自滅が好きなくだらん連中とこれ以上、会話を交わすつもりはない。だから、少し黙っちょれ!」
ジークにまさに鬼の形相で凄まれ、マッシューは頬を引き攣らせる。
ジークの奴、相当キテいるな。悪党としての配役も演じられぬこいつらの小物っぷりにここまで怒り心頭にはなるまい。
おそらく、決めてはあの決勝戦。ジークなりにホルス軍務卿やシーザーやシルフィには最低限の信頼を置いていた。その信頼にあっさり唾を吐かれたことに対する抑えがたい衝動だ。当分は奴の機嫌は低空飛行し続けることだろう。
ともかく、今はジークの心情などどうでもよい。とっととこの茶番を終わらせることとしよう。
「もうそろそろいいんじゃないんですか? 馬鹿どもに付き合うのには少々疲れました。とっとと終わらせてください」
「「……」」
私の提案にオスカーとレベッカが軽く頷くと席を立ち上がり、木製のボードをU字型のテーブルの前まで運んでくる。
「これは最近ある商会と共同開発した生活魔法を用いた魔法具により作り出したものです。論より証拠。どうぞご覧あれ」
オスカーは用紙を懐から取り出し、正面の木製のボードに張り付けていく。一同はボードに張り出されたその用紙を凝視した。
ボードに張り付けられた十数枚にも及ぶ画像の精査後、半数の教授陣は赤鬼のごとく顔を紅潮させつつも怒りに打ち震えていた。
もう半数の門閥貴族派の教授は、困惑気味に又は顔面蒼白になりつつも、教頭やマッシューの様子を伺っている。
張り出されたのは写真。最近、我がサガミ商会が開発したカメラであり、既にラドル市内では出回っている。そのカメラをコンパクトしたものをオスカーの生活魔法により、防音などの改良を施した代物だ。
不審者や不正の防止のために監視カメラのようなものは必要だという結論に達し、最近オスカーと開発していたのだ。
「こ、こんなのは全部デタラメだっ!!」
さっきから鬱陶しいくらい必死の形相で写真の真偽につき否定しているキノコ髪の教授マッシュー。
無理もない。画像は数十枚にも及んだ。
一つ目が、クリフが殴った試験官がなにやら指輪のようなものをマッシューに渡す画像。
二つ目が、マッシューの部下が指輪をはめて真っ白な白紙の羊皮紙に掲げている画像と文字が浮き出ている画像。
三つ目が、その用紙を掴みマッシューがしたり顔で眺めている画像。その用紙にはSとGクラスの共通試験問題とミアの答案の答えが記載されている。
四つ目が、マッシューが黒ローブに黒の布で顔すらも覆い隠したいかにも怪しげな男から羽ペンを受け取る様子。
五つ目が、鍵を一本、マッシューが男性の部下に渡す画像。
六つ目が、マッシューの男性の部下が周囲を気にしながら私の教授個室へ忍び込む画像と、私の机の中に試験問題を入れ立ち去る画像。
一枚一枚は意味不明だが、全てを総合考慮すればマッシューが指輪の魔法具により、ミアの答案用紙の文字を消した上で、用紙に再度映し出しそれらを部下に命じて私の机のロッカーへと入れたことは明らかだ。というかそれ以外の見方をどうやってもすることはできない。
「人の姿を切り取って紙に映し出す魔法具など聞いたこともない! こんなの私を嵌めようとする罠だ!!」
あのな。お前たちの用いた指輪の文字のコピー&ペーストの効果や、その羽ペンの自動記載機能の効果の方がよっぽど、チートくさいぞ。私にもあれの原理の解析はまだ無理だし。
「いや、ラドルでは既に物、人の姿や景色を紙に映し出す魔法具が開発されていると聞いたことがあります」
金色の髪をオールバックにした青年――レノックス・ラフラリスが顎に手を当てて、マッシューの言葉を否定すると、
「そうだな。私も最近知り合いのマダムからラドル特製の姿を模写する紙を見せられたばかりだ。何でも最近のラドルでの流行りだそうだぞ」
レノックスの隣の門閥貴族派の教授がそんな素朴な感想を述べる。
門閥貴族派の教授のなかでも彼ら数人は会話に混ざることなく、絶えず傍観していた。オスカー同様、血統貴族連盟の
「貴様ら奴らの肩を持つつもりかね!?」
門閥貴族派の貴族の一人がレノックスたちを怒鳴り散らすも、
「そもそも、私はこの学院の教授。それ以上でも以下でもありません。誰の肩も持つつもりはありません。それに、私はただ真実を口にしただけです。なぜ問題なので?」
「レノックス、貴様っ!」
レノックスに憤怒の形相を向けるマッシュー。一呼吸遅れて騒めく室内。
門閥貴族派の教授のほとんどは、レノックスの正気を疑うべく罵倒していたが、僅かに無関係を装い沈黙を守るものが現れ始める。
「ともかく、小僧の領地が関与している魔法具など信じられるものかっ!」
教頭が顔中を不快に染めながらも、お決まりの台詞を吐く。
「教頭、今回の魔法具の作成には上皇陛下から表彰頂いたオスカー教授も参画しているのです。偽りだというのにはそれなりの具体的な理由が必要だと思いますが?」
教頭は親の仇でも見るかのような鋭い視線をレノックスに向けるが、
「百歩譲ってそのそんな魔法具があるとしても、その映像をどうやって写し取ったというのだ!? そんな近くから写し取ったなら普通気付くじゃろっ!!」
この点については教頭の言ももっともだ。なにせ、近代科学だと遠隔操作のカメラなど常識の範疇だが、この異世界では発想すらないだろうし。しかし、此度はそんな機能をカメラに付与してはいない。その理由は技術的ものではなく、もっと根本的で直接的なこと。
「彼に撮ってもらったのですよ」
指をパチンと鳴らすと、トレードマークのどじょう髭を摩りながら、一人の男が忽然と姿を現す。
その右腕に為されている腕章を目にし、
「き、君は調査部かっ‼?」
ライオット学院長が勢いよく席を立ち上がり、素っ頓狂な声を上げる。
「はい。どうせ信頼性云々という話が付きまとうと思いまして、丁度この学院に来訪中の内務卿殿にも協力してもらいました。もちろん、陛下もこの計画には喜々として賛同していただいています」
「まさか……」
マッシューの顔が絶望一色に染まっていく。
要するに今回の事件はとっくの昔に終わっていたってわけだ。
あの事件直後にスパイに命じ内務卿と皇帝ゲオルグにコンタクトを取るよう指示を出し、今回の計画を持ち掛ける。
内務卿殿は元々この学院で此度何か問題が起こると踏んでいたらしく、信頼する部下を連れて来訪中だった。そして実に速やかに此度の茶番を終わらせる実行役としてその部下ハクロウ男爵を貸してくれたのだ。
一方、好都合にもクリフが殴った試験官は、学院長たちや執行部の審問を受けており、マッシューとの接触もその後となり、今回の計画を練る十分な余裕があった。
隠匿系の魔導書を私が提供し、その契約を済ませ姿を認識できなくなったハクロウ男爵により、マッシューと当該試験官との会話を秘密裏に盗聴。証拠として写真を撮ってもらう。
個別実技試験が終了し、午後の実技のチーム戦が始まる前の休憩時間にハクロウ男爵とともに撮影した写真をオスカーと執行部の役員の一人でもあるレベッカに提示し、協力を求める。
二人は二つ返事で協力を約束してくれたが、特にオスカーは専攻する生活魔法を悪用されたことがよほど腹に据えかねていたらしく、私たちの中でも色々便宜を図ってくれたのだ。
それからはハクロウ男爵が同じく隠形系の魔法により姿を消しつつも実行役の男を尾行し、犯行現場を写真に収めた。
「マッシュー・ムール伯爵、君を公文書偽造及び虚偽告訴告発の罪で拘束する」
ハクロウ男爵が数回掌を叩くと扉が勢いよく開き、衛兵たちが雪崩れ込んでくる。
「ま、待ってくれ!」
物々しい鎧姿の者達の拘束から逃れんと、マッシューは悲鳴のような声を上げて暴れるが、
「この耳でお前たちのゲスイ計画はしっかり聞いた。その言い訳は後でゆっくり聞いてやる。
ただ、今回の件で直接関与なされた皇帝陛下、内務卿はもちろん、事情をご存知なられた上皇陛下も大層お怒りになられている。無事にすむとは思わんことだ」
精神的支柱の上皇にまで否定され、マッシューは遂に崩れ落ち無抵抗となる。
マッシューが部屋から引き摺られるように連れ出され、
「では皆様に事件の概要について説明いたします」
ハクロウ男爵がこの事件の終結の言葉を話し始めた。
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