第26話 帝国政府からの依頼
魔導騎士学院学院長室
「引き受けてくれまいか」
私の席で魔導騎士学院学院長――ライオット・ベルンシュタインが、私に頭を深く下げてくる。
「この状況、貴方の差し金ですか?」
眼前で今もニヤニヤと頬を緩ませているの○太皇帝に、半眼で尋ねてみた。
「とんでもない。お前が共通学科試験対策委員に抜擢されるなど余も初耳だぞ」
嘘をつけ。そんなとびっきりの悪戯を成功させた児童のごとき様相で言っても説得力など皆無だ。
「陛下の言は真実だよ。今回の不正事件で我ら学院教授会も今回の学科試験の問題点について明確に理解した。
クラスごとに異なる問題などあまりに不公平。故に来年から試験は各学年の共通問題とすることになった」
「だからってなぜ私がその試験委員とやらに参画しなければならないのです?」
「Gクラスの不正疑惑が晴れ、そして落ちこぼれだった彼らのあの活躍。試験後から学院中の生徒たちから一クラスが君の授業を独占するのは不公平だという声が殺到しているんだよ」
確かに論理矛盾はない。だが、この取ってつけたような実力主義主体構造への移行。さらに、私を使い倒そうとするやり口。十中八九、このシナリオを書いているのはあの御仁だろう。
「門閥貴族派の教授たちの意向は? 一部とはいえ私が試験問題を作るなど彼らが烈火のごとく反対すると思うのですが?」
ここまでお膳立てをしているのだ。既に門閥貴族派の教授たちへの根回しも完了済みだろうが。一応、無駄だとは思うも尋ねてみた。
「もちろんかなりの数の教授が反対はしたがこの部屋で陛下が、今回の事件の関与を問うと途端に賛同に回ってくれたよ」
「あ、そうですか。脅迫したんですね?」
気まずそうにポリポリと頭を掻く学院長に、深く息を吐き出す。
「脅迫とは人聞きが悪いな。あくまで我らが帝国政府の計画を伝えた上で、説得しただけだ」
説得ねぇ。皇帝に不正の関与を疑われながらも説得されれば、受け入れざるを得まい。
選択肢を奪ったうえでの説得を人は通常、脅迫と呼ぶのだ。
「わかりました。その計画とやらの概要を教えてください」
皇帝ゲオルグからに意味深げな視線を向けられた学院長――ライオットは大きく頷く。
「来年から各クラスでは、原則として実技実習のみを教えることになったんだ。学科についてはクラス担任ではない教授もしくは委任された講師が教えることになる」
要するに実技試験は今まで通り担任が教える。一方でクラスでは学科については一切教えることなく非クラス担任で構成される試験対策委員からなる教授が各学年全体に担当する教科を教える。そして試験対策委員の教授は、試験前に各学年で己が教えた教科の問題を試験対策委員会に提出。受理されれば、それが各学年での共通試験問題となる。
確かにこれなら、少なくとも学科での不公平は排除しうる。だが、一方で学科の質は試験対策委員の教授の構成に依存されることになった。
「試験対策委員の教授構成は?」
「必須一○科目の半数が門閥貴族派、もう半分がグレイ卿を含めた旧教授陣だよ」
やはりそうなったか。必須科目数がやたら多いのも、門閥貴族派の教授の影響を可能な限り低くしたいからか。
私としてもこの帝国の未来を担う子供たちが真っ当な教育を受けることには賛成だ。それは私の最終的な目的にも通じるわけだし。反対する理由は微塵もない。
「私はいかなる科目を教えればよいので?」
「一回生向けの必修科目としての基礎魔法学。さらに、全学年を対象とした特別魔法学を週に一回講義して欲しい。いずれも君の好きに運営して構わない」
門閥貴族派の教授との力関係もある。私が全学年を教えるなど不可能だ。ならば最も真っ白な状態の一回生の生徒に魔法を学ぶ基礎を教えて、あとは自力独学に期待するってところだろう。
対して、全学年を対象とした特別魔法学はこの度のGのクラスの躍進で私の授業を希望した生徒達への配慮。だからこちらは週に一度に過ぎない。週に一度では、教えられることには限りがある。そんなことは、学院長たちも百も承知。ようはパフォーマンスだ。
いずれにせよ、断る理由はない。
「拝命しました」
席を立ち上がると、ゲオルグが恐ろしく厳粛な顔で私を凝視していた。
「グレイ、気を付けろ。あの未曽有のアンデッド事件に、歴史上数個体しか確認されなかったはずの魔王の出現。最近、この世界はきな臭いことが多すぎる」
わかっているさ。いくら何でも通常ではありえない事件が怒涛の如く襲ってきている。流石にこれを偶然と片付けるのは無理筋というものだろうさ。
「ええ、重々承知していますよ」
だからゲオルグに背を向けて、扉まで歩いていく。
「お前はこの帝国にはなくてはならん極めて貴重な人材だ。くれぐれも慎重に行動しろよ」
「御忠告痛み入ります」
振り返らず右手を上げてヒラヒラと振って部屋を退出した。
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