第16話 勝とう! ミア・キュロス

 魔法演舞試験でGクラス最後のミアの演舞が終わると、レベッカ先生が近づいてくる。

 口元を引き締め睨みつけるような真剣な表情は、普段のおっとりした彼女のものとは明らかに違い過ぎており、思わず生唾を飲み込んだ。


「今、君達が披露した魔法、この帝国で――いえ、この世界でどういう位置にあるかわかっていますか?」

「どういう位置って言われても……」


 レベッカ先生の意図が微塵もわからず、皆で困惑した顔を見合わせる。

 披露した魔法のランクは最上位トップ

 シラベ先生はそれぞれ特性にあった最上位トップの魔法を教授し、その一つを極めることを課題として出した。ミア達はその魔法の一つを徹底的に研究、改良し、独自の魔法を作り上げている。

 先ほど披露した魔法は何の改良すらもしていないいわばミア達にとって呼吸のように発動し得る基礎となる魔法に過ぎない。

 もちろん、改良したミア達のとびっきりを見せたい気持ちはある。しかし、この演舞試験では、当然ち密さや正確さも採点に入っているはず。万が一があってはならないのだ。だから、皆で話し合い、最も自分自身が確実と思う魔法を使用したのである。


「そうですかぁ……」


レベッカ先生は神妙な顔で腕を組んで、一人考え込んでいたが顔を上げると、


「君たちは心配しないで。ミアちゃんはもちろん、君たちを退学にするなんて、この私が絶対にさせないから」


ミアの両手を握りしめそんな宣言をしてくる。


「あ、ありがとうなの」


 レベッカ先生の鬼気迫る様子に少し戸惑いながらも、ミアたちは感謝の言葉を述べたのだった。



 魔法演舞試験後、少し長い休憩を挟み、チーム戦の開会式が開かれる。

 学院長、そしてSクラスの代表――ロナルド・ローズ・アーカイブが受験生宣誓をしてチーム戦は開幕する。

 もっとも、ミアたちGクラスの試合はもう少し先であり、今は試験会場で他のクラスの試合を観戦していた。

 帝立魔導騎士学院第一闘技場――帝都が誇る二大競技場の一つ。広大な赤茶けた地面に三つの石の円柱が静置されており、それらの全体をグルリ取り囲むように観客席が存在する巨大施設。この施設は学院の行事はもちろん、近隣の第三区の公の行事にも提供されている。

 

「これは、これはGクラスの不届き者どもではないかぁ!」


金色の髪をキノコのように刈り上げた小柄な男性が、同じくキノコ形の髪型で真っ白で豪奢なローブを着た生徒達を引き連れてこちらに近づいてくるのが視界に入る。

あのキノコ頭の男性は入学式の時の祝辞でやけに話が長く、その内容も不快だったから覚えている。三回生Aクラス担当の教授だ。確か名前はマッシュー・ムールと自己紹介していたような気がする。

 

「何か用かよ、おっさん?」


 プルートが仏頂面でキノコ頭の男性マッシューに尋ねる。


「貴様、無礼な――」


 背後の長身の金色の髪をやはりキノコカットにした生徒が声を荒げるが、マッシューが右腕でそれを遮り、


「構わんさ。どうせ、今日でこの下品な顔は見納めだ」


 オーバーに両腕を広げ、さも愉快そうに顔を歪める。


「それはよかったな。用は済んだろ。さっさと消えてくれ」

「まあそういうでないわ。今日の私はお前達のお陰で機嫌がいい。礼くらいさせてもらおう」

「礼だぁ?」


 眉を顰めるプルート。ミア達が退学なっても既に教授の地位にあるマッシューが得することなどない。もし関係があるとするなら――。


「そうだ。貴様らのお陰であの生意気な小僧を効率よく退場させることができるのだ。これに感謝せずしてどうするぅ?」

「先生に何するつもりだっ!?」

「おいおい、人聞きが悪いぞ。小僧を失脚させるのは、外ならぬお前達ではないか?」

「ふざけるな! なんで俺達がっ!?」

「とぼけるなぁ。面白い情報が試験官たちから入ってきているのだぞ」

「面白い情報だぁ?」

「ああ、複数の試験官が異口同音に、こう主張するのだよ。ミア・キュロス、貴様は試験中明らかに挙動不審であり、ペンの羽の部分でなぞっておったと」


勝ち誇ったように鼻を膨らませながらも、マッシューは頷く。


「それは、ミアのただの癖なのっ!!」


 ミアには熟思する際、ペンの羽の部分で答案をなぞる悪癖がある。下手に疑われても損をするだけし、いつも直そうとは思っているのだが、極度の緊張をした状態で考えていると無意識になぞってしまうのだ。


「それだけではない。隣の席のクリューガー公爵家のご子息、アラン様からミア・キュロス、お前が試験中ずっと答案用紙に書き込んでいる風であったとの報告を受けている。答案用紙が白紙なのに関わらずだ。これはどういうことなのだろうな?」

「だから、それはあの試験官がミアの答案を消してしまったからなのっ!」


 マッシューの意地の悪い挑発に、ミア自身驚くような腹に響く大声を張り上げていた。


「人のせいにするとは、流石は裏切り者の系譜。

 だが、わかっているのだぞ。十分な成績をとる自信がなかったお前は、あの小僧から文字の記憶と記載の機能を有する魔法具を受け取っていたのだ。そして、その魔法具を誤作動させて、白紙となってしまった」

 

 無茶苦茶だ。そんな魔法具あったら不正などやりたい放題。暴論もいい所だ。


「はあ? そんな都合の良い魔法具があってたまるかよ!」


 プルートも半場呆れたようにミアと同様の感想を述べる。その台詞にマッシューは顔を醜悪に歪め、


「ふん! 既に証拠品も押収済みだ」


 自身満々に宣言する。そのマッシューの勝ち誇った姿を網膜が認識し、ミアの背筋に冷たいものが走る。

 そういえば、あのどさくさでミアとクリフは筆記用具を片付ける暇もなくレベッカ先生に個室まで案内されたから、未だにペン等の筆記用具は奴らに没収されたままだった。まさか――。


「ミアのペンに何をしたのっ!?」

「また他人のせいか。だが、今回ばかりはその小賢しい言い逃れは通用せんぞ。何より我らは物証を押さえているのだから」

「証拠なんて、あるわけないのっ!!」


 あれはただの羽ペンだ。当然書く以外の機能なんて持ち合わせちゃいない。


「ならそう思っていればいい。だが、我らは奴の不正の決定的な証拠をこの度入手した。奴の破滅はもう動かん」

「……」


 狂いそうなほどの怒りと悔しさ、そして眼前の卑怯者にまんまと乗せられてしまった自分自身に対する情けなさから遂に堪えきれなくなり、涙が滲んでくる。


「おやめなさい!」


金髪をオールバックにした男性教授が、マッシューを刺し貫くほど睨ねめつけていた。

その男性の背後には当惑気味のメッサリナ達Aクラス一回生のメンバー。ミアは彼を知っている。メッサリナたちAクラス一回生の担任――レノックス・ラフラリス、その人だ。


「レノックス教授。何のつもりですかな?」


 マッシューは、したり顔から一転、不快そうに眉を顰めながらも、レノックス教授にその真意を尋ねる。


「まだ確定もしてない事実で、試合目前の生徒達を動揺させて何になります!」

「生徒? こいつらは我が名誉ある学院には相応しくないもうじき退学になる無能で無価値な獣ですぞ?」

「だからその暴言を止めろと言っているのです! 貴方の一連の行為はことごとく試合の根幹となる重大ルールに抵触します。この件は私の方から、執行部に報告しておきますのであしからず!」

「くそっ! 行くぞ!!」


 マッシューは地面に唾を吐くと、さも忌々しそうに顔を歪めながらも、白色ローブの生徒達を引き連れて去っていく。


「貴方達、この件はこちらで処理しておきます。気にせずに、試験に取り組みなさい」


 レノックス教授は、ニコリともせずに端的にそうミア達に告げると立ち去っていく。


「もう、何なのよ!!」


 メッサリナは、ヒステリックに叫ぶとレノックス教授の後を小走りに駆けていった。Aクラスの他のメンバーたちも困惑に顔を顰めつつも遅れないように後をついていく。


「切り替えよう。どの道、今、僕らができることは試合に勝って僕らの存在を認めさせることだ」


 エイトがミア達に向き直り、恐ろしく厳粛した顔でそんな提案をしてくる。


「でも、先生が――」


 ミアが口を開こうとするが、


「言ったはずだよ。今僕らにできることはここで嘆くことでも先生を心配することでもない。試合に勝つことだ。僕らのようなヒヨッコに心配されるなど先生も余計なお世話というもの。違うかい?」


 エイトに強い口調で遮られる。


「いんや、その通りだ。第一あの先生だぜ? 百手先まで考えていそうな陰険極まりない人が、あんなクソキノコ頭の幼稚な奸計にひっかかるわけねぇだろ」

「確かに、悪魔のごとき悪計を平気で考え付く先生ならこの機を逆に利用して学院の教授の一斉総入れ替えくらい考えてそうだしね」


 クリフが顎に手を当てて、プルートの言葉に賛同する。


「うへぇ、それ本当にありそうだよね。先生って敵をとっちめるとき本当に楽しそうだしさ」

「あーわかるわかる。あの盗賊討伐のクエストの時だろう? 魔物も逃げ出すような笑みを浮かべて盗賊の首領をフルぼっこにしてたよな?」


 エイトの感想にプルートが懐かしそうに目を細める。


「わたくし、先生を見て一目散で逃げてく魔物を実際にみたよぉ」


 テレサが得意げに右手を上げる。いや、テレサ、そこは誇るところじゃないから。


「そういや、この前、仲間の商人さんが、先生は本当に恐ろしい人だってしみじみ言ってたなぁ」

「まあ、実際に人間から人外まで先生の評価は決まって恐ろしい人(御方)だもんね。まっ、実際に怒らせるとメッチャ怖いし」


 エイトの何気ない呟きに、皆もうんうんと何度も頷く。


「皆、そこまで言ってはダメ。凍結した大木のように図太い心を持つ先生でも、きっと傷つくと思うの」


 実に的確なミアの戒めの言葉に、


「いやいやいや、ミアも十分辛辣だから」


 クリフが両手を顔の前で左右に振る。

 プっと堰を切ったように零れる笑み。皆、まだ不安だし、強がりも含んでいるのは間違いあるまい。それでも、先生があの程度の人達に陥れられることはない。それだけは確信できていた。


「勝とう。僕らの今の最善はそれだ」


 エイトの言葉にミアは大きく頷き、ミア達の闘いが始まる。


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