第15話 魔法射撃試験

 そろそろ、生徒達の実技個別試験の開始時刻だ。

 私がソファーから腰を上げて会場に向かおうとすると、


「随分、嬉しそうじゃのぉ」


 ジークが私の右肩を叩きつつもドヤ顔を向けてくる。


「まあな」


 そりゃあ嬉しいさ。クリフは教官を殴った際の罪や責任につきしっかりと理解していた。その上でクリフは殴ったのだ。外ならない泣いている大切な仲間の努力が踏みにじられたがために。

 クリフは元来外聞を気にし、明らかに目上と判断したものに逆らうことは決してなかった。そう。これは以前のクリフでは凡そ考えられない行動なのだ。この成長に喜ばぬものがいるなら、それはもはや教師ではあるまいさ。


「喜ぶのは構わんが、主をこの学院から去らせるわけにはいかぬ。その理由、お主ならわかるな?」

「ああ、もちろんだとも」


 帝国政府から与えられた(押し付けられた)領地ラドルの根拠は私の爵位に基づいている。

 そしてラドルの尋常じゃない経済発展。今や世界中の豪商たちがラドルに参入している。これは確かに現在のラドルが近代化の見本市のような立ち位置にあることも重要な要因の一つだろう。

 しかし、世界の豪商たちがラドルに引きつけられるのは、おそらくそれだけではあるまい。

 彼らは、今も各国で権勢をしいている高位貴族や教会などの利権団体により、搾取され己の商業活動が制限されるのに心底うんざりしているのだと思う。

 その点、このラドルは領税すらも免除される世界中でもまれな商業特区となっている。彼らにとってまさにこのラドルはようやく辿り着いた夢の島パラダイスに等しいのだ。

 まず間違いなく今後の世界経済の中心は、サザーランドからラドルに移行していくことだろう。

 おそらく、この流れを座視すれば帝国の門閥貴族の勢力は衰退していく。通商連合とかいう俗物共が出張ってきたのも近年の中間搾取団体排除の傾向を察知した奴らなりの防衛行為のようなものだと思う。

 そんな状況下で私から爵位を剥奪すれば、私はラドル領主の地位を失う。あとは門閥貴族どもの勢力がラドルの地を支配すれば奴らにとって元の鞘だ。

 しかし、奴らが考えているほど上手くは運ばない。あの帝国貴族アレルギーのラドル人がそんな収奪を許すとは到底思えないからだ。

 今のラドルは一昔前の牙を折られた最貧の領地ではない。今の帝国軍と真っ向からドンパチできる武力を有する。無理に収奪しようとすれば間違いなく武装蜂起が起きる。そして未だかつて帝国が経験したこともない内乱へと発展するだろう。

 そうなれば、敵味方、馬鹿馬鹿しい数の人命が失われる。帝国に愛着のあるジークにとってそれはとても許しがたいものなのだと思う。


「それを脇においても、生徒たちの努力を、我ら人を育てる使命を持つ者が踏みにじるなど到底看過しえん。許し難し!」

 

 初めてジークが顔を悪鬼のごとき形相へと変える。多分、奴らがミア達にした行為はジークには決して侵犯してはならぬ一線だったのかもしれぬ。


「ほう、一応、教育者として矜持を持ち合わせていたか。意外という他ないな」

「ほざけ! 賢者などと無駄に持ち上げられてはいるがの、本来儂はこの学院の教師。それ以上でも以下でもないわい!」

「ならば、我ら教師としての最後の務めだ。生徒達の成長、この目で確認しに行くとしよう」

「言われるまでもない」


 口端を上げ、ジークも椅子から腰を上げ、私達は会場へと向かう。



 個別試験といっても、入学試験の科目である魔力量判定試験、魔法射撃試験に、魔法演舞試験が加わっただけものだ。

 ぞろぞろと校舎から生徒達が出てきており、校庭の一角にある射的場には魔法射撃試験を受けるべく列をなしていた。

 列の終わりには、プルートたちの姿も見える。その御機嫌な様子からもよほどの高得点を叩き出したのだろう。

 今のプルートたちは、平均ステータスE-~E+。私のレベルで換算すると27付近。そして魔力に関しては全員に【強制休止スリープ】の魔法を覚えさせ、夜、解析能力があるスパイの指導のもと限界までMP消費させた上での【強制休止スリープ】の作業を毎晩行わせた。結果、彼らの魔力は全員E+以上となっている。

 少なくとも魔力量だけはこの世界でもかなりの上位に食い込んでいる。上記三つの試験監督はオスカー、レベッカ、戦闘魔法科の教授がすることになっている。おまけに、今回の件でジークは各試験会場に監視員を置いた。これで奴らも今回のような無茶はできまい。


「次、ミア・キュロス! 所定の位置につきなさい」


 金髪坊主の戦術魔法科の教授の言葉により、ミアが20個の的の凡そ100mほど前に立つ。

 魔法射撃試験は魔法の命中率、威力、連続発動所要時間をみるためのもの。故に魔法は【火球ファイアーボール】で固定されている。


「では射撃開始!」


 ミアはその眠たそうな目を光らせ、決死の表情で的を凝視し、


『赤き数多の炎たちよ――』


 ミアの言霊に反応し、数十個の炎の塊が空中に出現し、それらは青色に染まりゆっくりと肥大しつつも、回転していく。


「んむっ!?」


 戦術魔法科の教授が目を皿のようにしながらも身を乗り出す中、ミアの詠唱は続く。


『我が力に従い――』


既に4、5メートルにもなった蒼炎からはパチパチと無数の火花のようなものが迸り、さらにその回転を増していく。


『疾風爆炎とならん!!』


 まるで弾丸のように一直線に的へ向けて疾駆し的に命中し、爆発!

 熱風が吹き荒れる中、粉々になって宙から舞い落ちる的の破片に、戦闘魔法科の教授は顎を外れんばかりに開けてその風景を眺めていた。

 一瞬遅れて豆が一斉に弾ぜたかのように騒めく会場。

ミアは満面の笑みを浮かべつつも、私を視界に入れて大きく両手を振ってきたのだ。


「一体、どんな教え方すればあんな無茶苦茶な魔法が使えるようになるんじゃ?」


 ミアの試験終了後、ぽつぽつと顔中から噴き出る玉のような汗を右手の袖で拭いながらも、ジークが尋ねてきた。


「【火球ファイアーボール】は、授業で散々扱ったからな。あれでも本人たち、大分、自重気味だと思うぞ」


 何せあれ以上改良を加えると、【火球ファイアーボール】とはみなしてはもらえないだろうし。


「おぬしという奴は……」


 暫し頭を抱えて唸っているジーク。

 それから数人の教授からの指摘が相次ぎ以降の試験は、担当の試験官と監視官以外、非公開となってしまった。何でも他の生徒がやる気をなくしてしまう。そんな情けない理由らしい。言っちゃ悪いがその程度でやる気をなくすくらいの安いプライドならない方がよほどいい。いっそのこと、ドブにでも捨ててしまえばよいのだ。

 そんなこんなで、私も見物はできないがこの戦闘魔法科の教授は信頼できるし、次の『魔法演舞』は、己の最も得意とする魔法の種類とその完成度を見るための試験。要するに¨私はこの一年でこんなすごい魔法を使えるようになりました¨と試験官にアピールする試験だ。  

 この試験は恣意的運営がされがちだが、レベッカならば公明正大に試験官として職務を全うしてくれることだろう。


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