第13話 実技試験チーム戦組み合わせ表

 現在は学科試験の真っ最中。針の筵のような教授会室で待機しているとジークが近づいてきて、


「お前さんでも気になるかの?」


 至極当然なことを聞いてくる。


「そりゃあな」


 半年以上、あいつらの先生をやっていたのだ。気にならないはずはない。

だが、あいつらは私の手を離れた。そう。既に私から卒業しているのだ。そもそも、教師ができるのは、せいぜい生徒の道を指し示すまで。あとは生徒たち自身の足で進んでいくしかない。それに、学び方はもう教えた。あとはあいつら自身で勝手に成長していくさ。


「お主の生徒じゃ。その仕上がり具合は儂としても大いに興味があるところじゃが、そこんとこどうなんじゃ?」


 ジークの鬼気迫る様子から察するに、子供達が不合格になれば非常にややこしいことになるは目に見えている。どうやら、帝国という国は本気で私とドンパチやる気のようだな。

 私が口を開こうとしたとき――。


「ふん! これで貴様の不愉快な顔も見納めだっ!」


 鎧姿の白髪の老人が私の言葉を遮り、耳元で大声を張り上げた。この爺さん、確かこの学院の教頭だったか。この爺さんには、顔を合わせるとこんな風に怒鳴られてばかりいる。

この手の俗物は一々相手にしていてはきりがない。適当にあしらうに限る。


「それは良かったですね。おめでとうございます」


 私がニコリと微笑を浮かべて祝辞の言葉を述べると、隣のジークが右の掌で顔を覆いながらも首を大きく左右に振る。対して教頭の顔は忽ち茹蛸のように真っ赤に染まっていった。まずいな、どうやら地雷だったぽい。


「なんだ、その言い草はっ!! 貴様には上の者を敬う気持ちというものが――」

 

 唾を飛ばしマシンガンのように捲し立てる教頭の脇から目が線のように細い黒髪の男が強引に割り込んでくると、


「教頭先生、そろそろ実技試験の組み合わせ表掲示の時間ですよ。此度の試合は皇帝陛下、皇族を始めとする重臣の方々、さらに上皇陛下も観戦にいらっしゃいます。細かなスケジュールを煮詰めるべく、主任クラスの教授には別室で待機してもらっております。よろしいですか?」


 大きな書簡を教頭に渡し耳元で囁く。

 

「うむ。わかった」


 先ほどまでの憤怒の形相とは一転、恵比須顔でお供を引き連れて教授会室を退出していく教頭に、ジークが大きな溜息を吐く。


「あやつめ、上皇陛下が観戦に来ると聞いて浮かれおって」

「あれで浮かれていたのか?」


 それはある意味驚愕に値するな。


「ええ、普段ならきっとあれの三割増しで怒鳴り散らしていますよ」


 目が細い黒髪の男――オスカーが首を竦めてそう口にする。


「あんな愚物などどうでもいい。それよりオスカー、組み合わせ表の結果は?」


 ジークが蠅でも振り払うかのように右手をぶらぶらさせつつもオスカーに指示を出す。


「はい。これです」


 オスカーは鞄から羊皮紙を取り出すと、私達に渡してくる。

 私は羊皮紙を開き中身に目を通し始めた。



「上級の学年との合同試合じゃと‼? ふざけおって!!」


 ジークが蟀谷に太い青筋を漲らせながらも、組み合わせ表を地面に叩きつけた。


「怒る必要はないさ。この程度のハンデ、元より想定の範囲内だ。というより、むしろ都合がよい」

 

 この学院にはCからAまでのクラスと今年新設されたSクラスがある。そして学院で三回進級し、四回生となり年末の卒業試験の合格をもって晴れて卒業となるシステムだ。

 進級はそれなりに難解であり、クリフのように数年在学しているが二回生で止まっているものも多い。

 今回の組み合わせはいわゆるリーグ戦による総当たり戦。

 そして、肝心の組み合わせは次の三つだ。

 第一リーグ――Sクラス、Cクラス一回生、Bクラス一回生、Aクラス一回生。

 第二リーグ――Cクラス二回生、Bクラス二回生、Aクラス二回生。

 第三リーグ――Gクラス、Cクラス三回生、Bクラス三回生、Aクラス三回生。

 リーグの勝者である三チームによる決戦リーグを行い一位から三位を決めることとなる。


「じゃが、流石にこの組み合わせはまずいぞ!」

「いや、何を言っている。リーグ戦。中々、最高じゃないか!」


 むしろ、トーナメント形式にでもされ、一回戦でSクラスとぶつけられるのがGクラスにとっての最悪だったのだ。

正直、今回のGクラスと勝負が成立するのは、シーザーやシルフィが率いるSクラスだけ。それは端から自明の理。まあ、流石に覚者のサテラは代表メンバーからは外してくるだろうが、相当鍛え込んできているはずだ。

 私の生徒達なら個別試験は高得点を取るのはまず間違いない。危惧は端からこのチーム戦だったのだ。


「いーや、お主はまったく分かってはおらん! 魔導学院は進級自体が難解なのだ。三回生の代表者はCクラスであっても、二回生のAクラスよりも遥かに強い。たった半年では相手にすらならんぞっ!」


 このジークの発言、少し違和感があるな。


「ジーク、お前もしかして、Sクラスの現時点での強さ、その目で見ていないんじゃないのか?」

「ふん! 儂は形式的にあのクラスに名だけを貸しているすぎぬ。実際の運営はホルスとライオットが仕切っておるわ」


 やはりか。しかし、ここでホルス軍務卿の名が出てくるか。あの御仁は異常だ。極めて理性的に人としての一線を踏み越えてくる。そこにシルフィとシーザーが加わる。Sクラスがどれほど強化されたかは、もう図るべくもないな。だとすると、やはり、この組み合わせはこの上なく僥倖だ。


「そうか。だとすれば、なおさら気にするな。薄汚い大人が下らん理由で下手なちょっかいを出さん限り、悪いようにならんさ」


 生徒達もかなりの上位に食い込めるだろう。少なくとも不合格にはなるまい。

 試験終了のベルが鳴り響く。終わったか。私の生徒達ならば合格点は取れただろうし、チーム戦も手堅く得点をあげられそうだ。おそらくもう大丈夫だろう。


「薄汚い大人か……おぬしの口からその言葉を聞くと、妙な説得力があるのぉ」

「おいおい、それはどういう意味――」

「た、大変ですぅ!!」


 とんがり帽子の教授――レベッカが転がるように飛び込んできた。


「どうしたんじゃ?」


 眉を潜めて尋ねるジークに、


「試験終了後に、クリフ・ミラードが試験官を殴り付けましたぁ!!」

「はぁ?」


 そんな到底あり得ぬことを口走りやがった。


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