第56話 魔王ゴクウVSグレイ
私の前にたたずむ白色の大猿。
生憎、解析はできなくなっているが、感覚でわかる。今のこいつは私と同格。私を殺し得る敵となった。
ゴクウというのは、毒酒の本名なのだろう。
グルルルルッ!!
唸り声を上げて、血のように赤い瞳で私を見下ろすゴクウに、私も自然と口角が吊り上がるのを自覚する。
「さぁて、悪党、私達の世界の
『グルルルルッ!!』
言葉すらも失ったか。本来の知能に与えられるべきものさえも強さに全振りしているのだろう。
「ほう」
体毛を数本引きちぎり、捻じり上げ、息を吹きかけると、真っ赤なこん棒へと変わる。
ゴクウはこん棒を両手で握り、構えを取ると、
「グルルルルルァッ!!!」
天へと咆哮した。
「いいぞ。そうだ。始めよう。私達の魂の震える最高の命の奪い合いを」
そんな到底正気とは思えぬ狂った言葉を吐いた途端、私から理性が薄らいでいき、代わりに獰猛な感情が湧き出してくる。それは遠く忘れていたどこか懐かしくも、反吐がでる感覚。
魔王ゴクウと怪物グレイ――二つの獣は、静かに激突した。
◇◆◇◆◇◆
ゴクウのこん棒をムラで受け切る。
ビリビリと大気が震え、屋敷の残骸が四方に吹き飛び、夜空に浮かぶ月が私達を観戦していた。
左の掌を奴に向けて、【百炎の魔弾】を連続発動し続ける。
私から放たれた冗談ではない数のオレンジ色の炎の球体が一つの帯となり、ゴクウへ向けて驀進するが、それを奴はこん棒を回転することで吹き飛ばした。
「きりがないな」
ムラを一振りし、悪態をつく。
さっきから同じ一進一退の攻防を繰り返している。
「そうでもないか……」
ゴクウは口から血を吐いている。真破邪顕正のドーピング状態の私と互角に渡り合うために、相当な負荷がかかっているのだろう。この様子なら、多分、このまま時間稼ぎをするだけで、私の勝利だ。
だが、結構な時間はかかる。それほどの気迫をゴクウからは感じる。それでは私の疲労が圧倒的に増す。そこに戦闘を覗き見している卑怯者の襲来を受ければ、十中八九、私は敗北するだろう。
何より――。
「それでは、つまらんよなぁ」
ゴクウは救いようのない悪党だ。だが、この闘争だけは純真無垢で心が躍る。これは私の最後の手向けでもある。
(甘くなったものだ)
自嘲しながらも、私はゴクウを見上げる。
「おい、ゴクウ、そろそろ終わりにしよう」
今のこの状態の私ならば、【解脱】を適切に使用できる……ような気がする。
この際だ。ある実験を行おうと思う。それがこの場を覗き見しているクズ野郎の牽制にもなろう。何せ、この覗き見野郎は病的に憶病のようだしな。成功すれば、十中八九、襲来を躊躇う結果となる。
要領は過去に死ぬほどしてきた技術の繰り返し。心を細く、円を描くように、丹田に魔力を集中していく。それだけだ。
エンジンの動力炉のように、私の丹田に注がれた赤色の魔力が私を中心に渦をなし、ぐるぐる回っていく。
あとは、燃料を与えるだけ。私は【解脱】を起動し、そのエンジンに莫大な魔力を注ぐ。
私から同心円状に球状の空間が拡大していく。
『グガアアアァァァァッ!!』
ゴクウは絶叫し私に向けて爆走し、こん棒を頭蓋に向けて振り下ろしてくる。
「【
同時に、私の口から意味が不明の言霊が発せられる。
『グル!?』
ゴクウの渾身の力で打ち下ろされたこん棒はその両腕もろとも、綺麗さっぱり消失してしまう。
同時に周囲に生じるいくつもの黒色の小さな球体。それは少しずつ、その半径を増していき、周囲を侵蝕していく。
暴虐の闇がゴクウはもちろん、建物の地下すらも、全てを喰らいつくすのを視認し、私はムラを床に突き刺し、己の身体を支えると、その意識を手放したのだった。
◇◆◇◆◇◆
悪質なマスクで覆い、フードを頭からすっぽりかぶった男――アストレアが、眼前に映し出される映像を凝視していた。
アストレアの顔からは、さっきまでの余裕の悦楽の表情の一切が消失している。
「あれは、あの男の術? いや、あの男は死んだ。あの御方が断言なされたのです。それは間違いない。だとすれば、彼はあの男と同じ異能を有するということですか?」
自問をするが、次にアストレアの口から出たのは、
「馬鹿馬鹿しい。あんな出鱈目な能力がこの世に二つとあってたまるものですか!」
己の到底あり得ぬ見解に対する乾いた嘲笑だった。
現在、あの金髪の少年は、剣を床に突き立てたままで、直立不動で佇むのみ。
あれだけの力を使用したのだ。多分、気絶でもしているのだろう。今なら何の苦労なく屠れるはず。
「いずれにせよ、遊びは終わり。ここで排除しておく方が得策ですね」
――しかし、もしあの無防備な姿が罠だったなら。
その危惧が脳裏によぎったとき、アストレアの足はまるで石になったように動かなくなっていた。
己の足が小刻みに震えているのを目にして、アストレアは舌打ちをすると、
「いや、今回は様子見でいいでしょう。まだ大した力もありませんし、排除などいつでもできます」
そうまるで己に言い聞かせるように、翻意の言葉を紡ぐ。
「……」
アストレアは、強烈な屈辱と怒り、そして到底拭いされない不安と恐怖を顔一面に張り付けたまま、その姿を闇夜に溶け込ませた。
◇◆◇◆◇◆
????
意識を取り戻した毒酒――ゴクウは周囲を見渡す。当然だ。そこは、四方を赤色のタイルに囲まれた回廊だったのだから。
「よう、来たようだな。毒酒」
紫髪の目つきの悪い青年が右手を上げてくる。
「ムンク、おぬしがいるってことは、ここは黄泉の国か」
ゴクウはつまらなさそうに、口にする。
「ああ、俺達のやったことを鑑みれば、地獄への馬車の中だろうぜ」
「こわっぱが、生意気いうでないわっ! 貴様ごとき三下が儂と同じ場所になど辿り着けると思うてかっ!!」
怒号を浴びせるゴクウに、意外そうにムンクはしばし、目を見張っていたが、
「あんた変わったな。いや、今のが素なのか?」
しみじみと感想を述べた。
「くだらんな。早く地獄でもどこでも送ればよかろう!」
ゴクウは肩を竦めると、今も面白そうに二人のやり取りを眺めている白色の塊に檄を飛ばす。
「へー、君、あんなに彼にビビってたのに今は冷静なんだぁ。僕が怖くないの?」
「愚問じゃ!」
強く叫ぶゴクウの全身は小刻に震えているのだ。怖くないわけがない。それでも、今のゴクウの両眼には強い意志があった。
「ふむ、少し前までの君は人間らしく憶病で、卑怯で、ずる賢くて、そして救いようがなく愚かだった。その変わったきっかけは、彼だね?」
「さぁのう」
「変わった理由、是非、教えてほしいんだけどね」
「無駄口は好まぬ」
腕組みをすると、頑として、口を閉ざすゴクウ。
「そうかい。本当に彼って不思議だよね。闘争の僅かな時間で、君のような救いようのない悪党をここまで変えてしまう。ねぇ、君なら教えてくれるかい?」
白色の塊はムンクに視線のようなものを向けると問いかける。
「きっと思い出したからじゃね?」
「思い出す?」
「ああ、俺達、ちっぽけな人間がここに持っているずっと忘れていた宝物。まあ、気付くのが遅すぎたがよぉ」
ムンクは自身の胸に親指を当てると寂しそうに呟く。
「宝ものか。確かに、それは僕らにはないものだ」
数回頷いていたが、白色の塊は向き直ると、
「君ら二人は世界の規定する重大なルールに抵触した。よって――」
淡々と罪の口上を述べようとするが、
「言わずともよい。じゃが、そこの小僧は間抜けにも何も知らずに巻き込まれただけじゃ。儂は悪党。この罪は誰にも譲らんし、譲らせん!」
「何言ってんだ? あんた――」
「小童は少し黙っちょれ! 儂はそこの白いのと話しているんじゃっ!」
「くはっ! くはははっ! この僕を『白いの』というかい? いいだろう。でもいいのかい? 二人分の罪はすごーく重いよぉ? 何せ、魔王種の種の発芽は、世界最大の禁忌だからねぇ」
「構わん。その覚悟を持って今まで生きてきた!」
白色の塊はパチンと指を鳴らすと、ゴクウの身体に幾多もの鎖が雁字搦めに巻き付き、その全身を拘束する。
「では、良い旅を」
「もちろんじゃて。地獄の鬼どもに我が棒術、とくと披露してみせよう!」
ゴクウは豪快に笑いながらも、黒色の床に吸い込まれていく。
「俺も――」
「悪いね。君の罪の契機にも、どうやらこの世界の異分子が関与しているようだし、保留となるよ」
再度、白色の塊が指を鳴らすと、ムンクの身体が細かな粒子となってその姿を消失させる。
「さーて、グレイ、次は帝都だね。今回の件で君の悪質さに気付いたあの身の程知らずも死に物狂いになって行動を起こしてくるはずさぁ。相当に難関なゲームとなるよ。どんなプレイを見せてくれるのか、楽しみだよぉ」
白色の塊は、そう歓喜に噴飯したのだった。
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