第55話 悪党の矜持

【爆糸】の糸は、ストラヘイムのやや南東よりの歓楽街を突き進み、さらにその先の郊外へと伸びていた。

 

「ここか」


 そして遂にいくつかの民家を擁する広大な敷地への中へと到達する。

 歓楽街の隅の郊外にあり、治安は頗る悪いが、代わりに人口は大して密集していない。これなら被害は最低限で済みそうだ。

 建物の死角から鏡だけ出して敷地を注意深く観察していると、背後に気配が生じたので振り返る。

 

「グレイ様」


 私の傍には、ハッチが跪いていた。どうやら私の指示通り、アクイド辺りが上手く人員を再配置してくれたのだろう。

どういうわけか、ハッチたちには私の居場所を特定する能力のようなものが備わっている。だから、この場にいることは予想済み。


「今から私はこの敷地への捜索を開始する。お前はギルドと協力し、周辺住民の避難誘導を頼む」

「はい」


 頭を下げると、ハッチの姿が消失する。

 心情的には避難時間の確保後に行動を起こしたいところだが、子供達がとらわれているとムンクが口走っていた。存在すると考えるのが利口だろうさ。


 ではさっそく乗り込むとしよう。周囲を確認した上で塀に飛び乗り、敷地へ入ると捜索を開始したのだった。

 円環領域を発動するも、マップしか開けない。つまり、ここはダンジョンと同じ魔境と化した。そういうことなのだろう。

 中央の最も大きな屋敷の屋根に上がり、最上階の四階から建物の中へ入る。

 私は薄暗い室内を慎重に捜索していく。


 三階の隅の角部屋に入ったとき、小さな悲鳴が上がる。

隅には数人の少年たちが身を寄せ合うようにして存在した。


「心配ない。お前達の味方だ。怪我はないか?」


全員、腕と足に拘束具を装着されているところからすると一見して、彼らは人質というよりは奴隷として売られたように見える。


「……」


 中央の白髪の少年が代表で、躊躇いがちに頷いてくる。

 

「じゃあ、我が商会へいく。キッズたちもついてくるように」

「うん」


 小さく頷く少年を認識し、私は彼らに背を向けて歩き出す。

 突如背後から迫る生じた風圧と気配に大きなため息を吐くと、ゆっくりと振り返る。


「やはり、そういうわけか」


 考えたくはなかったが、予感的中だ。

 眼前には、透明の糸により雁字搦めに拘束されている少年たち。


「なぜ気付いた!?」


 白髪の少年が、憎々し気に疑問を口にする。


「すんなり行き過ぎるからさ」


 別に少年たちに不自然な点はなかった。匂いも雰囲気も力のない捕らわれの少年たちだった。

 ただ、この手の捕虜には必ずといっていい。ブービートラップが付録で付いてくるのが通常だ。だから念のため、部屋に入る際に糸を張り巡らせていたに過ぎない。

 私はゆっくりと、奴らを束縛している糸を絞めていく。


「ぐっ!!」


 白髪の少年は頬を引き攣らせると、その肉体を変質させていく。

 真っ白な体毛が伸び、全身の筋肉が盛り上がり、体躯が数倍へと膨らんでいく。

 どうやら、毒酒本人で間違いないようだ。まあ、予想通り人間はやめているようではあるが。


「決定だ」


私は、【爆糸】の糸により床にかなり本気で叩きつけた。


 ドゴォォッ!!


 床を突き抜け落下していく毒酒たち。

 私も床にぽっかりと開いた穴から下へと飛び降りる。

 

穴はきっちり人数分一階まで突き抜けていた。そして、床に倒れる数匹の大猿。

 唯一直立不動で、私を睥睨しているあの白色の毛の大猿が毒酒だろう。


「その方が、大分似合っているぞ? 姑息でクズなお前にふさわしい出で立ちだ」

『黙れ、バケモノ! 貴様にだけは言われとうないわっ!!』


 そんな私の存在を全否定する言葉を吐き出す毒酒に、


『わかる。わかるでぇ。せやろうなぁ。正真正銘のバケモノにバケモノ扱いされるほど屈辱感じることもないやろうし』


 何度も相槌を打つムラの柄を右拳で小突きながらも、


「人質となった子供達はどうした?」

 

 最も気になっていた疑問を口にする。


『子供ぉ?』 

「そうだ。ムンクが子供の人質がいると言っていたろう?」

『ああ、あの男がムンクに食わせていた餓鬼共のことじゃろうな』


毒酒は片目を瞑り、床に唾を吐き返答する。


「ムンクに食わせていた?」

『人としての感情が邪魔だから、食わせるんじゃそうじゃ』


 腐れ外道め。なぜ、ムンクがあの場面で人質を用意したのか、ようやく理解した。

 あの子供達はムンク達のような強烈な違和感や嫌悪感がなかったし、何より強化はされていなかった。当初は私を欺くためかと思っていたが、一度私とやり合ったことがあるムンクなら私には傷一つ負わせられんことくらい理解してしかるべきだ。

 それに私が子供達を奪還したとき、ムンクは笑みを浮かべるだけで傍観していた。

 つまり、あの茶番はムンクの精一杯の抵抗だったという推測が成り立つ。

 無論、ここまでなら私の勝手な自己中心的な思い込みに過ぎない。

 だが、あの人質がいるとの発言は苦し紛れなんかじゃなく、無意識に私に最後のけじめをつけることを託したのだとしたら?


「その子供はどこに?」

『地下室じゃ。どうなっておるか、知りたいか?』

「いや、言われんでもわかる」

 

 ムンクが私にさせたかったのは、人質の子供達の保護ではない。弔いだ。


『じゃろうな』

「多少は有利になるだろうに、なぜ人質のことを素直に話した?」

『ふん! 今ならはっきりわかる。貴様の悪質さは儂らの想像を超える。その程度のことで戦闘中、動揺などしまいよ。むしろ、心理的な優位性を貴様に持つ方がよほど危険じゃ』


 ほう。随分、冷静に見れるじゃないか。その通りだ。この私が命懸けの戦闘中、一々人の死で動揺などしない。


「で? どうするね?」


 ジルを殺したのだ。どう答えようとこいつらの行き先は地獄だけだがね。


『貴様のようなバケモノとやり合うなど言語道断なのじゃが、生憎、貴様を殺すようあの男に命じられており、逆らえん。勝負せよ』


 毒酒が右手を上げると、無数の大猿共が私を取り囲む。


「覚悟はあるようだな、精々、今まで犯した罪を呪い、悔んで死んで逝け」

『儂は、ただでは死なぬ!!』


 天井へ向けて咆哮すると、一斉に私に向け、大猿共は襲い掛かってきた。


            ◇◆◇◆◇◆


 私の周囲に発動した【水都の城塞】により、私に向けてその鋭い爪を振り下ろしてくる大猿共は、水の杭によりくし刺しになり、あっさり絶命する。

 さらに、数百の【氷の大竜ケートス】の氷の竜により氷漬けになり、一呼吸遅れて放たれた【爆糸】の紅の糸が衝突。まるで硝子が壊れたかのように、大猿共の身体を粉々の破片まで分解してしまう。


『やはり、駄目か……』


 忌々しくも毒酒は口から悪態を絞りだす。

 唯一逃れた毒酒の右肩より先は、根本から氷結した上、砕け散ってしまっている。


「そうだな」


 地面を蹴ると、奴の喉首を掴み持ち上げ締めあげる。


『ぐぐぐっ!』


 ぐもった笑い声を上げる毒酒に、私は眉を潜めて、


「何が可笑しい?」


 聞くことにした。


『いやな。丁度、儂がお前の部下にそうしておったのよ。奴はあのときこんな気持ちだったのかと思うてな』

「ジルがお前と一緒? その手の冗談を私は好まんよ」


 毒酒の喉を締めあげる。言うに事を欠いて、こんな外道がジルと同じ気持ち? 


『ぬしのような超越者には儂らの気持ちは絶対にわからんよ。精々、誰からも理解されず、孤独に死ね!』

「そうかよ」


 私は喉を掴む右手に力を籠めていく。


『確かに、儂は悪党じゃぁ。しかし、悪党には悪党の矜持というものがあるでのぉ。

あの狂人の玩具になるなど悪党の沽券にかかわるんじゃ。だからのぉ――』


 毒酒の両目が真っ赤に染まり、魔法陣が浮かび上がる。ぞくっと背筋冷たいものが走り、舌打ちしつつも、空中へと放り投げようとするが、


『つれないのぉ。共に黄泉へ行こうぞ!』


右腕にしがみ付かれてしまう。


「生憎、間に合ってるさ。一人で行くがいい!!」


 空に掲げると全力で【七黒雷柱】をぶちかます。

 黒色の雷が私の右上腕もろとも、毒酒の猿の肉体を瞬時に燃やし蒸発させてしまう。

 あの女の声も聞こえて来ない。今回は魔王とやらにはならなかったようだ。

 

「やれやれ、流石に疲れたな」


 激痛を認識の外に追いやり、上位回復ハイヒールを唱える。

 みるみるうちに修復していく右腕を視界に入れ、


「ジル、一先ずは終わったよ。あとは、このクズのようなシナリオを描いたクサレ外道だけだ」


地下室を探すべく、一歩踏み出すが、


『ゴクウの有する魔王種の種の発芽が確認されました。ゴクウは【狒々王】から、【魔王ゴクウ】へと進化いたしました』


 頭に響く女の声に、


「結局、こうなったか」


 諦めの含んだため息を吐き出した。

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