第57話 葬儀

 ストラヘイムの墓地。

 只今、この度犠牲になったジルや【ラグーナ】の屋敷の地下にいた子供達、ブレスガルムのメンバーの葬儀が行われている。

 本事件の元凶の者達との葬儀を渋る者が多かったが、結局それを望んだのは、ジルの舎弟たちだった。

 彼らは、私から詳細を聞くと、『ジルの兄貴ならそれを望むはずです』というと、私に一緒の葬儀を、頭を下げて頼んできたのだ。

 結局、以後満場一致で統一の葬儀がなされることになる。


「黙祷!!」


 私の声に皆は瞼を閉じる。


黙祷が終わり、しばらくして墓地に響く、すすり泣く声。アリアも俯きつつも声を上げて泣いていた。普段、冷静なクラマも感情が抜け落ちた顔で、ただ茫然と墓石を見下ろしている。それはそうだ。クラマ達にとってジルは苦楽を共にした半身そのもの。失ったという事実自体をまだ受け入れられていないのかもしれない。

 今、リリノアとオリヴィアも黙祷している。気絶した私がハッチに保護されて、商館の屋敷で目を覚ましたとき、二人に凄い剣幕で怒られてしまった。

多分、二人の怒りの根源は、私に置いて行かれたという事実より、再び、知り合いを失うことへの恐怖だ。二人にとって、今回のように親しい者が突然いなくなるのは、初めての経験だろう。その上、少なからず生活を共にした私までいなくなる。それは、彼女達に強烈な恐怖や不安を生じさせていたのかもしれない。

ともかく、あれ以来、二人は一言も口にせず喪に服していた。


「グレイ、すまねぇ」


 私に近づくと、アクウが頭を下げてきた。泣きはらしたのだろう。目元を腫らした死人のような顔からすれば、今のこいつの心境など明らかだ。


「咎なきものが謝るな」


 それよりも今重要なのは、アクウの保護にある。

昨日、【解脱】の使用によりへばっている私は、急遽ギルドへの出頭を指示され、仕方なく重い体に鞭打ち訪れると、ウィリーとガイウスの二人からアクウの保護を頼まれたのだ。

 アクウが出生を知ってしまったこともあり、どこから情報が洩れるかわからない状況だ。もし、洩れればギルドだけでは庇いきれない。何せ父親の罪で指名手配になっているような状況だからな。

 もちろん、そんな理不尽で不合理な処罰をこの私が許容するはずもない。ウィリー達に頼まれずとも、関与しようとは思っていた。

 だが、それもアクウが了承すればだ。無理やり、強制するなら、私は【ラグーナ】共クズと大差なくなる。

要するにこの件につきアクウを説得しなければならないってわけであるが、こいつの性格からして、そう簡単には受け入れまい。


「グレイ様っ!」


 背中に生じる最近久しかった温もり。


「サテラ?」

「もう嫌だよ。なんで、皆いなくなっちゃうの?」


 彼女の言いたい事はわかっている。アリアと仲がいいこともあり、サテラもジルになついていたしな。


「もういいですよね? 私、戻っても」

「駄目だ。第一、お前、今のアリアを一人にしておくつもりか?」

「でもっ! でもぉっ!!」


 駄々っ子のように地団駄を踏むサテラ。


「一度始めたんだ。最後までやり通しなさい」


 例え、私からの強制に近い指示だったとしても、途中で投げ出すのはサテラの教育に悪い。


「何でっ!!? 私、もう知らないうちにいなくなるのだけは嫌ですっ!! 絶対嫌だぁっ!!」


 幼い子供のようにヒステリックに捲し立てるサテラは出会った頃の彼女を想起させる。


「サテラ、家族も友もいつかは去るものさ。それが早いか遅いかの違いにすぎない」

「グ、グレイ様も?」


 今のサテラがどんな顔をしているかなど振り返らなくてもわかる。


「ああ、その通りだ」

「そんなのやだっ!」

「君や私の意思の問題じゃないんだ。それは――」

「グレイ、今はそれ以上、止めてやってくれ」


 見上げるとアクイドが私の肩に手を置き、そう寂しそうに呟く。


「そう……だったな」


 こんな場所で、子供に正論吐いてどうする? それがどれほど子供の心を傷つけるのかくらいこの私が一番、わかっているはずだったのに。本当に今日の私はどうかしている。

さて、今から事の経過を皇帝に報告し、ジルの最後の事業の引継ぎをしなければならない。

何よりここは死者との最後の別れをする場所。ジルとの別れは既に済ませた。これ以上、ここに留まる理由がない。

 サテラの腕を振りほどくと、


「それでは私は、失礼するよ」


 皆に軽く一礼すると転移を掛ける。


「わ、私も――」


 焦燥たっぷりな声で懇願してくるサテラに、


「いや、一人で十分だ。君は、アリアの傍についてやってくれ」

「……」


 サテラは下唇を噛みしめると、スカートの裾を強く握る。

精神が不安定なアリアには、友が必要だ。結局、根が真面目で優しいサテラなら、アリアを放ってはおけない。だが、親類同然の私のことになるとサテラは全てに盲目となる。嫌なことから逃げてしまう傾向があるのだ。

サテラは、ようやく私から離れた生活を手に入れた。ここで私にべったりになるのは、彼女のためにはならない。私はどうやっても最後まで彼女の傍にいてやれはしないのだから。

彼女に背を向けると、転移が発動し、サガミ商会へと転移した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る