第53話 甘ったれるな

 泣き崩れるアクウと俯いて涙を流すサトリを視界に入れて、なんとも言えない気持ちになっていた。

 救いのない悪党だと思っていたムンクはただのお兄ちゃんときた。これほど笑える道化も他にはいまい。

 だが、最後の仕事が私には残っている。この事件の元凶の一人であり、真の意味での実行犯。黒幕の真なる傀儡の排除。

 

「グレイ、毒酒の居場所は?」

「抜かりはないさ」


 当然だ。ここまでの悲劇を起こしておいて、ただで帰れると思うな。一人残らず狩ってやる。


「奴には聞きたいことがある。できれば生かして捕えて欲しいんだがね」

「無理な注文だな。私が勝利してもどうせ死ぬようにセットされているだろうし」


 敵は病的に憶病だ。ムンクも黒幕の情報を話した途端、滅びるようにセットされていたはず。だから特段聞かずに黙っていたわけではあるが。


「死ぬようにセットされている? それはお前のいう黒幕の存在ってやつか?」

「ああ」


 ハクロウ男爵に頷くと、


「誰なんだ!? 第一、人間を魔王化するなど聞いたこともねぇぞっ!!」


ガイウスが血相を変えて問を発してくる。


「それがわかれば、世話はないさ。だが、今回の事件の真の犯人だけは間違いない」

「殺してやる……殺してやるぞぉっ!!」


 塵となったムンクを抱きしめながらも、アクウは増悪の表情で夜空へと吠える。


「おそらく実際に今回相手するのは魔王だ。今は耐えろ」

「駄目だ! ムンク達の仇は――」

「甘ったれるな! 今のお前は弱い。足手纏いなどいらんのだ! いっぱしのことは、強くなってからいえ!」


 そうだ。これは私の意地。アクウ達には何が何でも生きてもらわねばならん。そうでなければ、あまりにあいつらが哀れすぎる。


「ちくしょう!!」


 悔し涙に、拳を地面に叩きつけるアクウから、奴に付けた【爆糸】の糸へと視線を移す。

 さて、いくとするか。もういい加減。この茶番にも飽きた。あのクズジジイを狩るとしよう。

 ハクロウ男爵は調査部だし、ガイウスも冒険者ギルドのお偉いさんだ。既に私の能力については、耳にしている可能性が高い。何より下手に奴らだけで帰らせて外道に人質にでもとられれば、目も当てられん。

 私はサガミ商館へとハクロウ男爵達の転移を起動する。


「ハクロウ男爵。今から私の商館へ送る。皇帝ゲオルグに話し、サガミ商館へ避難するよう指示してくれ」

 

 おそらく、黒幕も既に動いてくる。もう賽は投げられたのだ。


「ちょ、ちょっと待て! またさっきのように魔王化するのか?」

「ああ、十中八九な。そして、おそらく次が本命だろうさ」

 

 あの毒酒という爺さん、クズだが、相当な強者だ。もしかしたら、あのジークに匹敵するかもしれん。それが魔王化するのだ。どのくらい強化されるのか、私にも想像ができん。

さらに、真破邪顕正が使用できない可能性も考慮にいれるべきだろう。

 つまりだ。ガチンコ勝負となる可能性が高い。下手をすれば、このストラヘイム一地区が火の海になる危険性も否定しきれない。


「サガミ商会の幹部を二人商館に残し、残りは全員、市民の避難誘導を優先するよう指示してくれ」

「わかっ……」


 ハクロウ男爵たちの姿が消失する。

 では、狩に向かうとしよう。

 私は【爆糸】の糸をたどり始めた。

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