第50話 実に運が悪い


 建物から出てくると、例外なく薄気味の悪い笑みを浮かべているムンク達を前にして、


「ムンク、貴様ぁっ!!」


 怒号を上げるアクウ。そんなアクウなど歯牙にもかけず、


「首尾は?」


 ムンクは建物の上から私達をそのどす黒い瞳で見下ろしている白髪に長髭の老人へと問いかける。


「包囲は完了した。虫一匹逃すまいぞ」

「了解だ」


 ムンクが右腕を上げると垣根の上、建物の上など、丁度私達を取り囲むように、数十人の黒装束の武装集団が闇夜から湧き出るように姿を現す。

 あの黒装束、相当訓練されているな。いやそれよりも――。


「お前ら、全て知っていたのかっ!」


 激昂するアクウに、建物から出てきた冒険者達はニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべるのみ。


「アクウ、無駄だ」


 この肌に絡みつく虫唾が走る感覚。どうやら奴らはもう手遅れだ。


「うぁ……」


 サトリがムンクに視線を固定しつつも、幽鬼のような血の気が引いた顔で、その小さな唇を震わせる。


「おい、サトリっ!」


 小刻みに全身を震わせるサトリの尋常ではない様子に、アクウが叫ぶと、


「アクウ……あれはムンク達じゃない」


 それだけ絞りだす。


「何言っている!? どう見てもムンク達だろう!?」


 アクウのこのいつになく必死な様相からも、サトリの言葉にもうっすらと察しくらいついているだろうに。信じたくないのか。ならば、無理矢理にでも最悪の状況を認識させてやる。


「証拠をみせてやる」


 【爆糸】を発動し、ムンクの背後に糸を出現させその首に巻き付けると、全力で引く。

 

「はれ?」


 ムンクのどこか間の抜けた声が鼓膜を震わせる。

 同時に、ゆっくりと地面に落下していくムンクの頭部。


「貴様ぁっ!!」


 私に増悪の表情を向けてくるアクウに、


「阿呆。首を飛ばされて血が一滴すら出ない人間などいるわけないだろ。己の目でしっかりと現実を見ろ!」


 人差し指の先を示し、檄を飛ばす。


「お、おい!」

「嘘……だろ……」


 背後の冒険者達の驚愕の声。さもありなん。落下したはずのムンクの頭部は歪み、紫色の毒々しい液体となると、頭部を失ったムンクの両脚に融合してしまったのだから。

 そして、首の切断面が盛り上がり、顔を形づくって行く。


「ひでぇな」


 にやにやしながら、ムンクだったものは、口を耳元まで大きく裂ける。


「グレイ、あれは?」


 そう尋ねてくるウィリーの声は、奴らしからぬ震えていた。


「少なくとも人間には見えんわな」


 肩越しにちらりと振り向きつつも答えるが、受付嬢はもちろん、普段動じそうもないガイウスすらも、大きく目を見開いたまま硬直していた。まったく、冒険者ならこの程度のことで一々驚くな。

さて、完全に包囲されているな、何より――。


「人質か?」

「うーん、察しがいいねぇ、毒酒!」


 ムンクが建物の上にいる毒酒と呼ばれた白髪の老人を見上げると、ご丁寧に黒装束共が三人の猿轡をされた子供達の喉笛にナイフを密着させていた。

 まったく、この手のクズの思考回路は、いつも同じだな。


「それで? その子達を殺すつもりかね?」

「お前の行動次第ではな」


 この黒幕の下種さ加減を鑑みれば、彼らを助けられるかは半々というところだろう。だが、もう二度と、ジルのときの轍は踏まない。


「グレイ、手を出すなよ。子供の命が先決だ」


 ウィリーが私に強く念を押してきた。


「阿呆、テロリストに譲歩してどうする? それは愚策もいい所だぞ?」


 私達が死ねば、結局、あの子達は助からん。それに、いつの世もテロリストに対する対処など一つだけだろう。

 私は右腕を上げると、


「おっと、動くでない!」


 制止してくる白髪の老人に構わず、指を鳴らす。

 それは一瞬。複数の光が過ぎ去り、子供達の喉首にナイフを当てている三人の黒装束共の頭部が吹き飛ぶ。

 流石はカロジェロ、上手くやってくれているようだ。


「なっ!?」


 長髭に白髪の老人は、咄嗟に身をかがめて、黒装束共を盾にしつつも、


「餓鬼共を捕らえよ。一匹残れば、殺しても構わん!」


 大声で指示を飛ばす。


(本当に不快な奴らだ)


 子供を殺そうとし、人を獣扱いか。この老人、私が最も嫌悪する類の輩だ。

 カロジェロから放たれた光の線が走り、子供達に向かおうとした黒装束の頭部が再び、粉々にはじけ飛ぶ。

 私も【風操術】により、大気を操作し子供達を浮遊させると、私の元まで引き寄せた。

 

「大丈夫か?」


 涙でぐしゃぐしゃに頬を濡らす子供達にできる限り優しく尋ねる。


「うん」


 七、八歳くらいの少年がためらいがちに頷くが、次の瞬間、少年達は笑みを浮かべ、懐からナイフを取り出すと、次々に子供とは思えぬ速さで私や受付嬢に駆け寄ってくる。


(やはりこうなったか)


 私は【風操術】で三人を傷つけないように拘束するも、少年たちの腹部が輝き始める。


「くそっ!」


 舌打ちをしながらも【強制休止スリープ】を全力で発動し、今も光輝く胴体部分の半径数センチのみを【氷の大竜ケートス】により氷漬けにしておく。

少年達は糸の切れた人形のように脱力してしまう。これで、多少の時間稼ぎにはなろう。


(ある意味感心するな)


 奴らは私が禁忌と定めたことを実にあっさりとしかも次々に乗り越えてくる。私という人物を怒らせる天才なのかもしれん。


「グ、グレイさん、その子達……」

 

 尻餅をつきつつ、受付嬢は顔面蒼白で私に尋ねてくる。突然、保護した子供に切りつけられたのだ。当然だろうな。


「ジルの時と同じだ。洗脳されて、人間爆弾にでも使われたんだろう」

「人間……爆弾……?」

「あのまま、放置すれば、ボカンッってわけだ」

「クサレ――外道どもめぇっ!!!」


 ようやく状況を理解したのか。目を尖らせて体を震わし、ガイウスが吠える。

そして、それは他の冒険者達も同じ。皆、顔に獣のような怒りを光らせ、ムンク達を睥睨する。


「その子達どうなるの?」


 受付嬢が焦燥溢れた表情で地面に横たわる少年たちを交互に眺めながら、尋ねてくる。


「さあな。助けられるかまでは保証できんが、これで多少の時間稼ぎくらいはなるだろう」

「いつもすまんな」


 ウィリーがらしくもなく、謝意を述べてくる。


「その子供達を連れてサガミ商会まで退避しろ。ウィリー、場所はわかるな?」

「ああ」


 子供達を担ぐとウィリーは大きく頷く。


「オイラも戦うぞ」


 アクウが、立ち上がろうとするが、直ぐにふら付いて、サトリに支えられる。


「足手纏いなどいらん! 失せろ!」

「あんたならわかるだろ! オイラにはそれをなす義務があるっ!!」


 義務か。アクウの仲間もジルと同じ。あれは助からない。なぜなら、眠る子供達とは異なり、はっきりと全身から不快な悪臭が漂っているから。あれらは、もはや完全に人ではなくなっている。


「つらいものを見ることになるぞ? お前にその覚悟があるのか?」


 仮にも仲間の死を目の前で見るのだ。それは、生涯自身を傷つけ続けることだろう。

 

「覚悟の問題じゃない! やらなきゃならねぇんだ!!」

「そうか……」


 少々、子ども扱いし過ぎたか。確かに私がアクウの立場でも同じ選択をしていたはずだ。

私は奴らを睨みつつも、右の掌をアクウに向けると上位回復ハイヒールを発動する。

 まるでビデオの巻き戻しのように修復していく傷に、茫然としているアクウに、


「自分の身は自分で守れ」


 端的にそれだけ告げた。


「私も残る」


 緑髪の少女も構えを取り、


「俺も残るぞ。若造共にぶん投げて逃げるだけは、性にあわんのでな」


 赤髪のいかついおっさん――ガイウスも腰の大剣を抜くと、構えを取る。

 目を見ればわかる。こいつらは私が何を言おうと、翻意はすまい。それだけの信念が奴らにはある。


「ウィリー、頼むぞ。商館まで走り抜けろ。援護は私の仲間がする」


 転移をこの衆人環視の中、使用するのは流石に躊躇われる。若干今更のようにも思えるが、可能な限り知られぬ努力はすべきだろう。

 ともあれ、カロジェロの援護があれば、無事到達できるはず。


「健闘を祈る」


 ウィリーは他の冒険者達とともに子供達を担ぐと、闇夜に走りだす。


「逃がすと思うてかっ!!」


 長髭に白髪の老人――毒酒が叫び、黒装束どもの3人がウィリー達を追尾しようとするが、


「それは私のセリフだぞ」


 私の【爆糸】で完全捕縛される。


「起爆」


 三人の全身が粉々に破壊され、視界を遮る。


「なっ!?」


 毒酒は爆散した部下達に、驚愕に目を見開く。


「実に運が悪い」

「そうだなぁ。お前達はここで死ぬしよぉ」


 壮絶に勘違いしているムンクに、


『この大馬鹿野郎どもがっ!』


 ムラの怒号が頭に響く。その声にはたっぷりの憤怒と僅かな諦めのような感情が含有していた。

 確かに、通常ならば、官憲に引き渡すという選択肢も考慮しているが、こいつらは【ラグーナ】。門閥貴族と一定の協力関係にある者共。下手に官憲など渡せば、きっと毒酒あたりは、証拠不十分で釈放されてしまう。そんな鼬ごっこを続けるつもりは微塵もない。

 何より、今の私はもう限界なのだ。

 だから――。


「ホント、運が悪いよ」


 私は初めて今の今まで押さえつけていた感情を曝け出す。

 

「ひっ!!?」


 黒装束共から小さな悲鳴が上がる。


「バ、バケモノめぇっ!!」


 毒酒が滝のように汗をだらだらと流し、その言葉を絞りだす。

 くだらんな。最低限の覚悟もなしに私達の世界へと足を踏み込んだのか? 笑えるほど救えない。


「悔やめ。お前達には一握りの情も必要ない」


 さあ、始めよう。このストーリーを描いたクズは、私の最も嫌悪し、憎む禁忌に触れた。眠っていた私の怪物の目を覚まさせたのだ。


「蹂躙を開始する」


 私は愚者共に最後の宣告をする。


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