第49話 両雄激突

 私は三階建ての屋敷の前へと到着する。

 屋敷の前には、黒髪を短く切りそろえた小柄な若い男が仁王立ちで佇んでいた。

 衣服の上からもわかる鍛え抜かれた体躯に他者を圧倒する威圧感、まったく隙のない佇まい、全てムンクなどという小賢しい紛い物とは似ても似つかない本物だ。

 察するに、こいつが噂にきくSランクの冒険者アクウか。目が腐っていない。この手の馬鹿は、例え殺されても、非道には手を染められん奴だ。ならば、こいつに用はない。

 だから、


「関係ない奴は、すっこんでろ」


 警告を送る。もし、従わぬのなら排除するだけだ。


「……」


 アクウは無言で、背中の鞘から大剣を抜くと、上段に構えてくる。

 そうか。死闘をお望みか。悪いが、今の私はすこぶる機嫌が悪い。牙を剥いてくるなら、たとえ無害な兎だろうと、全力で叩き潰すぞ。


「グレイ、殺すなよ。アクウはギルドに必要な奴だ」


 肩越しに振り返ると、ウィリーやガイウスを始めとするギルドの幹部たちや武装した複数の冒険者が屋敷を取り囲んでいた。

 大方、私の監視役だろう。やり過ぎて、皆、殺してしまわないように。

 

「くはっ! くはかははははっ!!」


 私達をグルリと見渡すと、壊れたラジオのように笑い出すアクウに、ウィリーを始め、全員が怪訝な顔をする。

 もっとも、私はアクウの気持ちが痛いほどわかっていた。だって、私達を見るアクウの瞳にあるのは、今私が奴らに抱くものと同質だったから。大方、【ラグーナ】に、売り払われた少年が殺されたか。まったくもって反吐がでる!


「……」


 アクウは、ピタリと笑うのを止めると、大剣を握りしめる。剣の柄がその尋常ではない握力により、ミシッと軋み音を上げる。そして――。


「貴様らぁ、やはり、つるんでいたなぁ!!?」


 雄叫びのような大声を夜空に向けて上げる。

 ビリビリと大気すらも震わせる大音声に、武器を握る受付嬢が尻餅をつく。

 ウィリーの奴、なぜこんな素人までこの場に連れてきた? 奴の考えていることが私にはさっぱり理解できない。


「ご、誤解です、アクウさん。私達は――」


 必死にアクウを宥めようとする受付嬢に、


「やめろ。無駄だ。君のようなド素人の言葉に、感化されるような奴ではない」


 制止の声をぶつけ、その口を塞ぐ。

 それに今のこいつの置かれている状況が私の予想通りなら、完膚なきまでに叩き潰されでもしなければ、聞く耳すら持つまい。


「わかってるようだな! オイラはお前を絶対に許さねぇっ!!」

「ふん! 力のないものがいくらほざこうと意味はないんだよ。漢なら力で示せ」


 左の掌を上にして手招きをする。

 

「貴様……」


 血走った目で私を睥睨しつつも、身をかがめる。

 どうやら、茶番の始まりだ。


「こい。若造、世の中の厳しさというものを教えてやる」

「殺すっ! 絶対にぶっ殺すぅっーー!!」


 咆哮を上げて、私に向けて疾駆してくるアクウ。

 私も両手に力を入れて、重心を低くする。

 次の瞬間、私達は激突した。


            ◇◆◇◆◇◆


 袈裟懸けに大気を切り裂いて迫る私の胴体ほどの幅もある大剣を、バックステップをして剣先スレスレで躱す。振り下ろした大剣をアクウは、刃を上にし、逆に振り上げてくる。

 私を真っ二つにすべく接近する大剣を右手でいなし、上に叩き上げる。


「なっ!?」


 驚愕に大きく目を見開くアクウに、


「馬鹿が……」


 右脚を叩きつけ地面を蹴ると、奴の懐に飛び込み、右拳を奴の下っ腹に叩き込む。


 ドゴォッ!!


 メキメキとアバラが砕ける感触とともに、真横に吹き飛び、景気よく地面を転がっていくアクウ。


「立て」


 そうでなければ、アクウの想いは満たされないし、次のステップに進めない。

 よろめきながらも立ち上がり、大剣を構える。アクウの両脚は小刻みに痙攣していた。

さっきの一撃で、もはやフラフラだ。

 無理もない。アクウのステータスは、D+。私が出会ったばかりのシーザーと同レベルにすぎない。本来、私とアクウの前には、マリアナ海溝以上の大きな溝が横たわっているのだから。

 だからといって、手を緩めるわけにはいかぬ。


「うおおおおおっ!!」


 獣のような咆哮を上げて、アクウは大剣を振りかぶり、私に向けて疾走してくる。

 脳天に向けての兜割のような斬撃を今度は右手で掴むと、左の掌底をアクウの胸部へぶちかます。

 砲弾のような勢いで屋敷に衝突すると、その壁をも突き破り、建物内に消えていく。


「バケモノ……」


 背後の冒険者がボソリと呟くのが聞こえてくる。


「支部長! あれは、何なんですっ!?」


 丁度私の傍にいた受付嬢が、右の人差し指を私に向けて不躾な質問をする。


「言ったろう? 勝負にならないと」

「で、でも、アクウさんは、Sランクですよ!?」


 詰め寄ると捲し立てる受付嬢に他の冒険者達も、同意見なのかうんうんと大げさに頷いていた。


「今の人外化したシーザーをして、絶対に勝てぬと言わしめるほどだ。未熟で発展途上のアクウでは抗うことすらできないよ」

「あの赤の勇者――シーザーさんが……」


 遂に蹲り、唸りだしてしまう受付嬢に、ウィリーは憐憫の視線を向ける。

 どうでもいいが、ウィリーの奴、一体、私を何だと思っているんだろうか。

 まあ、いい。それより――。


「立て。私はまだ無傷だぞ?」


 私は無情な言葉をアクウに付きつけた。

 アクウは、建物の瓦礫の中から千鳥足ででてくる。至る所に裂傷を負っており、骨の一、二本は確実に逝ってしまっていることだろう。


「くそおぉぉぉぉ!!」


 ズタボロになりながらも、私に疾駆してきた。



 二十分ほど経過している。アクウはもはや、ズタボロのぼろ雑巾のようになっており、大剣を握る力もなく、殴りかかってきた。

 私はその足を払うと、アクウの身体は空中で数回転し、地面に激突する。


「もう終わり! お前の勝ち!」


  緑色の髪に耳の長い少女が、両腕を広げ、アクウを庇わんと、私の前に立ちはだかる。


「どけ。まだ終わっちゃいない」

「グレイさん、もうやめてください! 勝負などとうの昔についていますっ! これはただのリンチです! こんなの許されるわけが――」


 黒髪の受付嬢が、叫び声を上げる。


「やめろ、シェィリー!」


 ガイウスの鋭い声に、ビクッと身を竦ませる受付嬢――シェィリー。


「なぜです!? ギルド長!?」

「必要だからさ」

「こんな痛めつけるようなことが、どうして必要なんですっ!?」


 ガイウスだけではない。ウィリーを始めとする現場の冒険者の誰もが口を閉じて見守るのみ。


「皆、絶対おかしいよ!!」


 その様子に、シェィリーは涙目で声を張り上げる。


「退け! 邪魔だ!」


 アクウは緑髪の少女を押しのけ、ペッと口の中の血を地面に吹くと、右腕を振りかぶり、私に向かって覚束ない足取りで歩き始める。

 そして私の前に立つと、両目を固く閉じて息を整え、構えを取る。

 

「はっ!」


 アクウは目をカッと見開くと、右正拳を繰り出してきた。


(ほう……)


 右拳が尋常ではない速度で迫ってきていた。


(ここで限界を超えるか)


 右拳は私の右頬を打ち付け、乾いた音が周囲に反響する。


「ふむ、アクウ、お前の勝利だ」


 アクウは満足げに口端を上げると仰向けに倒れ込む。


「お前は、本当に……」


 口籠るアクウ。血が上っていた頭が冷えて、多少冷静になったようだな。


「言っておくが、私はバドラックとかいう少年を傷つけたことも、奴隷商に売ったこともないぞ。

第一、お前達は商人というものをこれっぽっち分かっちゃいない。己の商会の社員を傷つけて売り払う? 馬鹿をいうな! そんな非生産的なことをまっとうな商人は絶対にしない」


 私の小馬鹿にするような言葉に、アクウが、首のみ傾け緑髪の少女に視線を移すと、


「そいつ、嘘、ついてない」


 妙に断定的に緑髪の少女は宣言する。

 

「ちなみに、これは私の部下が調べたお前達のファミリーの悪行の数々だ。ほれ、受け取れ」


 新米の冒険者を無理矢理勧誘し、クエストの受注や魔物退治のノルマを負わせる。ノルマを守れなかったものは、教育という名のリンチを加える。抜けようとしたものも同様。

 さらには、ストラヘイム一般市民への恐喝や特定の商会で難癖をつけて暴れまわり、金銭を巻き上げるなど。よくもまあ、こんな下らんことを思いつくものだと呆れるような姑息で低俗な内容がうんざりするくらい羅列されていた。


「悪行?」


 動けぬアクウの代わりに、緑髪の少女は顔を顰めながらも、資料をパラパラめくり、目を通していくが、忽ち、顔が真っ赤に発色していく。もちろん、腸が煮えくり返るような激しい憤激からだ。


「これ真実か?」


 絞り出すような緑髪の少女の問に、


「真実だよ。裏は全て取れている」


 ウィリーが即答する。

 なるほどな、ジルの名誉を守るとはそういうことか。確かに裏がとれているなら、真実をあの場で証明する必要はない。要するに、ジルが偽りを述べるやむを得ない事情の存在を、ギルドの幹部達の前で証明する必要があったというわけか。


「貸せっ!!」


 アクウはヨロメキながらも起き上り、サトリからひったくると、文章を読み始める。

 次第に、文章を持つアクウの両手が震えだし、顔が悪鬼のごとく怒りに染まっていき、


「サトリ、この資料は真実なんだな?」


 そうボソリと疑問を呟く。


「ウィリーは少なくともそう考えている」


 コクンと顎を引くサトリに、


「ムンクぅぅぅっ!!!」


 アクウは、落雷のような激しい怒りの声を上げた。

 私もグルリと周囲を見渡し、


「そろそろ、でてこいよ、覗き見野郎! いるんだろ?」


 叫び声を上げる。突如、私達全員を取り囲むように生じる無数の気配。

 

「ばれたてたかぁ」


 屋敷の玄関の扉が開き、紫髪の男――ムンクが冒険者らしき部下を引き連れて姿を現したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る