第46話 ギルド査問会議
靴屋の店主とともに彼の家族のいる一軒家まで行き、事情を簡単に説明し、サガミ商会へと転移する。事件が収まるまで客人として我らの商会が彼らを迎えるつもりだ。
今回の【人間スライム事件】の実行犯――【ラグーナ】に私達は行き着いた。この数日の私達の動きに奴らが勘づかぬと考えるほど私は楽観主義ではない。
だとすれば、この商館が襲撃を受ける危険性は極めて高い。この場には戦闘に特化したアクイドの指揮する
だがこのストラヘイムで働く他の職員達は別だ。全員、鍛え始めてはいるが、ステータス的にも実践的にもまだ奴らの精鋭と真面にドンパチやれるだけの力はない。
むろん、拳銃等の近代兵器を所持しているのなら、【ラグーナ】の精鋭程度なら撃退も可能かもしれないが、つい先週、帝国内での兵器に属するマテリアルの使用が所持者の管理地以外で原則禁止する法が発布された。このあまりにも早い対応は、おそらく門閥貴族共の勢力が関与でもしているのだろう。
元々、銃火器は【ラグーナ】のような敵性勢力からの職員の護身用を予定していたが、先の王国戦でその威力と恐ろしさを世界に大々的に知らしめてしまった。私の商会の職員を守護する方策を新たに練らねばならなくなっていたのである。
ともあれ、今は緊急時、ストラヘイムの全職員の避難とこの商館への戦力の集中は必須。
故に、急遽、今動ける戦闘職にある者達をこの地に集結させた。
スパイはプルート達の、カマーは皇帝達の護衛についてもらっている。ハッチは皇女二人の護衛だ。
クラマも数日前から、帝都内の奴隷商や娼婦達に対する説得に当たらせており連絡が不通だ。帝都内は、【ラグーナ】の居城。未だに奴隷商や娼婦の支配権は奴らにある。説得が上手くいくかは半々ってところだ。決裂すればまず襲われる。そして、そうなれば未熟なジル達では太刀打ちできまい。故に、クラマと話し合い、ジル達は既に一定の取引関係を構築しているこのストラヘイムと宿場町――ルネット近隣での説得のみに従事させることにしたのだ。ルネットは元々取引があるし、このストラヘイムは私の影響が強い。何より、奴隷商と娼婦達の元締めは、かなりのやり手と聞く。損得勘定くらいできると思われる。
【覚者】であるジュドとカルラは現在、アーカイブの南部地方で発見した油田地帯の買収につき商談の真っ最中。
元より、油田があるのは赤茶けた荒野。所有者は帝国政府だったが政府の財政難により土地を競売にかけていた場所。当初、あんないかにも生産性のない土地など売り手など当然につかなかったが、私達の購入の意思を知り、大手の商会が名乗りを上げてきた。まったく、有名になるのも困ったものだ。昨晩のジュドからの報告では、購入土地に偶然あった鉱山を諦める形で、油田は無事獲得できそうではあるらしい。こんな状況だ。ジュドとカルラは商談に集中してもらうしかない。
対してシルフィを呼べば、サテラやアリアに気付かれる可能性が高い。彼女達子供を血みどろの組織的抗争に巻き込むほど、私も落ちてはいない。それに、できる限り二人には学生としての本分を全うしてもらいたいのだ。だから、今回は声を掛けていない。
よって、この場にいるのは、アクイド、テオ、カロジェロの三人となる。
この度の事件解決の戦力としては十分すぎるほどだ。第一、あの片眼鏡クラスに襲われれば、私でなければ何人いようと同じことだしな。
「ことが落ち着くまで一先ずは、ストラヘイムにある全店舗は休業。商会全社員は一時的にキャメロットの居住区へ避難。出払って無防備になるキャメロットの指揮はテオ、お前に頼みたい」
「承った」
立ち上がり、敬礼をするテオ。
「全店舗即時休業の指示と全員のキャメロットへの転移はテオ、カロジェロで協力してやってくれ。アクイドはこの商館の守護だ。頼むぞ」
「任せろ!」
アクイドが右拳で胸に当て叫ぶ。
「で、領主殿はどうするつもりなのだ?」
「私は今から、冒険者ギルドの方にこの件の顛末を報告してくる。リリノアとオリヴィアは、この商館で――」
「妾たちも行くぞ。その方が、話がスムーズに進むじゃろ」
オリヴィアが私の言葉を遮る。リリノアも頷いており、同意見なのだろう。
確かに、ギルドの幹部はウィリーだけではない。まだGランクに過ぎない私に対し、どこまでギルドの幹部達が信用するかは未知数だったのだ。それが、上皇から命を受けたリリノアとオリヴィアなら話は変わる。皆真剣に耳を傾けるだろう。
それにこの町で、最も安全なのは私の傍といっても過言ではない。同行もありだと思われる。
「了解した。ただし、勝手な行動はするなよ。私の傍から離れぬのが、お前達二人を同行させる条件だ」
「わかっとるわ!」
ツンとそっぽを向くオリヴィアと、
「了解ですわ!」
元気強く頷く、リリノア。
「では、ミッションスタート!」
私は席を立ち上がり、号令を出したのだった。
◇◆◇◆◇◆
冒険者ギルドへ入ると、職員達の視線が一斉に集中する。
リリノア達の正体でもばれたか? いやそれならもっと肯定的な反応になってしかるべきだ。この強烈な否定的な視線は、どうやら先手を打たれてしまったか。
(グレイ、これは?)
流石は皇族、普段とは違う拒絶の視線には敏感だ。まあ、一度も体験したこともない類の視線だろうしな。
「グレイさん、ただいま、このストラヘイムで緊急幹部会議が開催されました。
事情を聴取したいので、直ちに会議室までいらしてください」
受付嬢が今まで見たこともないような無表情で応対してきた。
なるほど、今回の件でギルドは敵に回った。そう考えるべきなのかもしれん。
別にそれでも構わんがね。誰だろうと、いかなる組織だろうと、私から不当に奪おうとするなら、全力で抵抗するだけだ。
「お前達、二人はついてこなくていいぞ。多分、ここからは少々、不愉快な思いをすることになる」
「かまわん。妾も同行する」
「わたくしもですわ」
二人の運命と取り組むような真剣な顔つきを見れば、翻意はすまい。
「勝手にしろ」
口端を上げると、私達は受付嬢の後をついていく。
部屋の中に入ると、十数人の男女が盛大に出迎えてくれた。もちろん、ただの皮肉だ。
「貴様がグレイ・イネス・ナヴァロだな?」
もみあげがやたらと長い赤髪のいかついおっさんが、訝しげに私を眺めてきた。
「そうだが」
「新米、しかもたかが餓鬼が、目上の者に対し、その口の利き方はなんだっ!!」
もみあげのおっさんの隣に座る幹部らしきごつい男が右拳を机に叩きつける。
「はあ? 勘違いするな。私は冒険者ギルドに便宜上、一応所属しているにすぎん。お前達は上司でもなんでもない」
「なんだとっ!?」
忽ち、険悪化する空気に、
(グレイ、もう少し穏便に)
リリノアに小声で窘められる。
「気を使う必要などないさ。私は組織の構成員の最低限のコントロールすらできず、いや、そのつもりもない大馬鹿共に払う敬意などない」
そこが、皇帝ゲオルグ達との最大の違いだ。まがりなりにも帝国政府は、門閥貴族の圧政に外国の圧力、イスカンダルの無駄に大きな存在感に必死で抗い国家としての使命を全うしようとしている。故に、私はゲオルグたちには最低限の敬意を払っている。
対して冒険者ギルドの奴らはどうだ? アンデッド事件では、シーザー一人が不在の理由で本来の職務を放棄し、戦力低下を危惧しムンクのような不法な取引に応じる体たらくだ。
今回の【人間スライム事件】も本来なら、ギルドが中心となり、解決するべきもの。それを恥知らずにも帝国政府の要請を受けた私達に丸投げをしているのだ。そんなしょうもない奴らには、この程度の態度で十分だろうさ。
「貴様っ――!!」
ごつい男は立ち上がろうとするが、モヒカン髪の男に右手で制される。
「ふんっ! 俺達の痛い所をついてくるなぁ。だが、その年でのその覇気。あのボンクラが固執するわけだ」
銜えている葉巻を鉄の板に押し付けると、ウィリーに視線を移す。
「お互い挨拶は済んだようですので、話を進めさせていただきたいと思います」
真っ青になって私達のやり取りを眺める受付嬢など歯牙にもかけず、ウィリーは淡々とそう宣言する。
このウィリーの様子、あまりに余裕が感じられない。どうにも嫌な予感しかしない。
「では、グレイ・イネス・ナヴァロの査問会を始める。議長は、儂――ガイウス・カルロスがするぞ。貴様らもいいな!?」
もみあげが長いいかついおっさん――ガイウスが、グルリと一同を眺めまわし、有無を言わせぬ言葉を発する。
「……」
そのガイウスの姿に誰もが顎を引き、沈黙してしまった。このガイウスという御仁だけは中々の人物のようだ。カルロスとは、シーザーの姓と同じ。親類か何かなのかもしれん。
「皇女殿下様方、お越しいただきありがとうございます。今は緊急の要件故――」
ガイウスが軽く頭を下げると、
「わかっています。早く始めてください」
リリノアが毅然とした態度で頷く。
もっとも、スカートの裾を握る手は震えていたようだが。
「グレイ、貴様が、新米冒険者を度々、奴隷商に売りつけていたという疑惑が浮上している。真実か?」
ガイウスが身を乗り出し、尋ねてくる。
どうにもこの御仁の目の中には、他の幹部達と異なり私に対する否定的な感情が伺えない。
「猿芝居はやめろ。本音で話せよ」
私の物言いに隣のゴツイ男が額に青筋を漲らせ口を開こうとするが、ガイウスにギロリと睨みつけられ黙らされる。
「そうだ。これは茶番だ。だが、そうしなければ、守れぬ誇りもある」
「誇りね。大層なことだ。で? その理由とは?」
ガイウスは私を暫し凝視していたが、瞼を閉じて、大きく息を引き出す。
「彼をここに連れてこい!」
受付嬢は大きく頷くと部屋を出て行く。
どうやら、ここに来る人物がこの茶番の鍵を握っているらしい。
「グレイ……」
心配するな。つま先立ちして、リリノアの頭を撫でると、到着を待つ。
受付嬢の背後から、小柄の禿頭の男が姿を現す。
彼の冷たい死んだような瞳を見たとき、私は悪魔の書いた最悪のシナリオを理解した。
◇◆◇◆◇◆
目の前でありもしない私の罪状を話すジルを私はただボーと眺めていた。
もちろん、裏切られたとかそんなことは微塵も思っちゃいない。ただ、もう手遅れだということが、わかってしまっていたから。まるで心が死んだように、何も感じない。
「ジル?」
「へい」
相変わらず、ジルは感情のない声で答える。
今私にあるのはただ一つの欲求のみ。
「お前、身体は大丈夫なのか?」
「会……長?」
初めて俯き気味だったジルが僅かに顔を上げる。
「グレイ、ジルさんを早く!」
リリノアが泣きそうな顔で私にしがみ付くと、ブンブンと服を揺らす。
聖魔法と回復魔法を生来から使えるリリノアには、ジルの今の状態がどういうものなのかを薄っすらと、理解しているのかもしれない。
「グレイ!」
リリノアの様子で、事情を察知したオリヴィアも私に叫ぶ。
私だって、そうしてやりたい。でも、それをすれば、きっとジルは私の元からいなくなってしまう。それを確信できていた。
「ぐっ‼ グガッ!‼」
ジルの足の力が抜け、カクンと両膝が床に落ちる。そして、ジルの左目からドロッと緑色の液体が流れ出る。
「ジル!!」
ジルは私を眺める。その無事な顔の右半分は、すまなそうに歪んでいた。
「がいちょう……ずいやぜん、おれ、どじちっちまった」
ジルが口を開くたびに、左顔面が益々歪んでいく。
「やめろ……」
私の口から洩れる拒絶の言葉。
「お、おい、どう見てもまずいぞ、止めさせろ!!」
隣のゴツイ黒髪の男の幹部が焦燥溢れた声を上げて立ち上がるが、ガイウスが右の掌を向けてそれを制し、
「おそらく最後の言葉だ。話させてやれ」
無事なジルの右半分は、まるで死地に向かう兵士のように真剣で落ち着いていたのだ。ゴツイ黒髪の幹部は、その顔をみて息を飲むと腰を下ろしてしまう。
「ごれは……ぜんぶ、いつわり……」
「私は止めろと言っている!!」
そう叫びながらも、近づき
「くそっ! くそっ! なぜ効果がないっ!!?」
そんな内心では、わかりきったことを叫んでいた。
「ぐれい……がいちょうにぜんぶ、づみをきせるだめ……いうようしじざれた」
左目だけではなく、左鼻、左耳からも緑色の液体が漏れ出し、ジルの顔半分は、ドロドロに溶解していた。
「やめろと言っているだろうっ!! これは命令だっ!」
視界がぼやけるなか、ジルの両肩を掴み、声の限り叫ぶ。
「がいちょう、これ……」
ジルはポケットから一枚のプレートを取り出し、私の両手に握らせて、
「ありあおじょうさまと、あいづらをだのびまず」
そう懇願してきた。
「ああ、お前と共に守っていくさ!」
遂に力がなくなり、ジルは私に寄りかかってくる。
ジルの顔の右半分は笑みを浮かべる。
だめだ! 絶対にだめだ! その顔だけは、駄目だ! だって、それは、ゼムと同じ、やり遂げて、己の生に納得してしまった大馬鹿野郎の顔なのだから!
「会長……俺に誇りを取り戻す機会をくれて……ありがとう」
不意に、ジルの全身の力が抜ける。
「おい? 嘘だろ!?」
こんなバカなことがあってたまるか!! 嘘に決まっている!!
「おい! 返事をしろよ!!」
視界がぼやけるなか、ジルの肩を揺らしていた。
「ジルッ!!」
「グレイ、彼はもう死んでいる」
叫ぶ私の右肩を掴むと、ウィリーは目を瞑り、首を左右に振る。
そのウィリーの言葉に、全身の力が抜けていき、心の壁に大きな風穴が開くような無力感に襲われる。
「ああ、わかっていたさ……」
そうだ。この私がどのくらい人の死を見てきたと思っている? わからぬわけかがないのだ。ただ、私は認めたくはなかっただけ。当然だろう? 孤児の子供達を我が子のように面倒見ていた優しい奴がなぜ死なねばならん? そんなのあまりに、あんまり、すぎるだろう?
「ウィリー、お前ら、ジルがこうなるってわかってたな?」
「ああ、お前の罪を暴露したり、お前に会いたいといったり、言っていることが支離滅裂だったしな。お前に会いたいという時だけ、苦しそうな顔で口から緑色の液体を吐いていた。今まで持ったのが奇跡だと思うよ」
ウィリーは寂しそうにそう呟く。
「だから、こんな茶番をしたのか?」
「こうでもしなければ、その漢の名誉は守れなかった。お前ならわかるだろう?」
そう口にするガイウスの顔には、強烈な憤怒に満ちていた。
「これも知っていたんだな?」
そのプレートは、冒険者のファミリーのエンブレム。そこには、剣に絡みつく蛇のマーク。
ブレスガルムの紋章だ。
「それは知らなかったが、予想はしていた」
もういいだろう。今は、ジルを休ませてやりたい。
ジルを抱き上げると、ギルドハウスを出ようするが、
「おい、待て! どういうことなのか説明してもらおう!!」
隣のゴツイ幹部が、私の右肩に手を置き、制止の声をかけてくる。
「聞きたいなら、その二人にでも聞け」
「しかし――」
「離せ!」
肩越しに一睨みをすると、弾かれたかのように、ゴツイ幹部が私の右肩からその手を離す。
此度のジルの死は、ゼムと時と同様、私の甘さが引き起こした犠牲だ。
もっと真剣に【ラグーナ】とかいうクズ組織を狩っておけばよかった。ムンクとかいう小僧の件も、もっと早く処理しておけばよかった。
しかし、今更それを言ったところで、せんなきこと。
「グレイ、そなた……」
隣のオリヴィアが、私を不安そうに見下ろしてくる。リリノアは既に泣きじゃくっていた。そうだよな。二人はこの数日間、調査が終わるとジル達とともに、孤児院の子供達の世話を手伝ってくれていた。
ジルは子供達に分け隔てなく接する。同僚から二人が皇族だと聞いても、結局他の子供達と態度は変えなかったのだろう。だからこそ、あの孤児院での世話の仕事がリリノアに安心感と居心地の良さを与えていたことは、彼女を見ていればわかる。
悪いが、イスカンダルや皇帝がどう言おうと、リリノアとオリヴィアはこの件から手を引いてもらう。
ここからは、正真正銘の私達外道畜生どもの時間だ。
私はケジメを付けねばならんのだ。ジルのためではない。何よりも私のために。
マグマのような憤怒を無理やり押さえつけ、私はサガミ商館一階へと転移した。
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