第45話 動き出す最低のシナリオ

 冒険者でも有数のファミリー、ブレスガルムの一同は皆、震えながら俯いている。

 理由は一つ。眼前の怒れる獅子の存在故だ。


「もう一度言ってみろ?」


 静かな疑問言葉と共に黒髪の小柄な男が放った右の裏拳により、木製の壁は粉々に砕け散り、大穴を開ける。


「……」

 

 ここまで怒り心頭なアクウなど見たことがなかった。下手なことを口走れば、怪我どころでは済まない。それが明確に予想できたから、ただ紫髪の青年――ムンクの発言を震えながらに待っていた。


「うん? 聞こえなかったかぁ? 以前、うちのファミリーを辞めて行った新入りが、死体で見つかった。どうやら奴隷商に売り払われていたようだな。突然ファミリーを抜けたいというから、おかしいとは思ったんだ」


 ムンクは肩を竦めてそんな、他のメンバーなら直ぐにわかる虚偽をさも真実のごとく堂々と発言する。


「誰がやった?」

「サガミ商会のシラベ・サガミ。本名は、グレイ・イネス・ナヴァロ。このストラヘイムの大商人だよ」


 その名前を聞き、ピクンとアクウの右の眉が跳ね上がる。


「お前ともめた者の名だな。それは真実なのか?」

「おいおい、アクウ、仲間の俺の発言を疑うのか? 俺は悲しいぜぇ。一応、新入りの売買に関与した奴隷商とやらをここに連れてきている」


 ムンクが顎をしゃくると、彼の部下が部屋の奥から一人の小太りの中年男性を連れてくる。


「ほら、今から俺が質問することに答えるんだ。ちゃんと考えてから答えろよ。いいなぁ?」


 必死の形相で、何度も頷く小太りの中年男性。

 ムンクは満足そうに頷くと、そのしていた猿轡を外す。


「許してくれっ! しかたなかったんだ!」

「いいから、俺がした質問のみ答えろよ!」

「わ、わかった」


 勢いよく頷く小太りの中年男性に、満足そうにムンクが顔を緩ませると、


「バドラックを売ったのは誰だ?」


 確信を尋ねる。


「サ、サガミ商会」

 

 商人はムンクの顔を伺いながらも、躊躇いがちに口にする。

 アクウが横の耳が長い緑髪の少女をちらりと見て、


「サトリ!」

「そいつは嘘を言っていないよ」


 無感情な目で端的に返答した。

 刹那、轟音がして、地面が同心円状に陥没していた。おそらくアクウが地面を右脚で叩いたのだろう。


「続けろ」


 アクウの言葉にムンクが小さく顎を引き、


「誰から買ったんだ?」

「あ、あいつからだ」


 部屋の隅でやはり、猿轡をされている小柄な禿頭の男を指さす。

 

「こいつは、サガミ商会の裏方の一人――ジル。奴隷業を営んでいたルネットのギャング――リバイスファミリーの一員だ」


 小柄な禿頭の男の猿轡を外すと、


「どうやって、バドラックを売り払ったんだ?」

「バドラックはサガミ商会が雇ったが、あまりに使えなかった。そこで、裏方の密輸品の取引を行わせていたんだが、ドジったんで奴隷商に売り払ったんだ」


 角刈り男はぼんやりと口にする。


「サトリっ!!」


 アクウが悪鬼のごとき形相で緑髪の少女に尋ねると、


「少し、煩い、今見てる。うん、こいつも嘘言っていない」

「決まりだな」


 建物を出て行こうとするアクウに、


「待てよ」

「後にしろ。今のオレは気がたっている」

「そんなの見ればわかるさ。ギルドに報告しにでもいくのか?」

「それがオレ達冒険者の筋だ」

「バッカだなぁ。奴はギルドに多大な寄付をしている。ギルドとシラベはズブズブだぞ。聞く耳なんて持つものかよ」


 アクウがサトリに視線を向けると、


「大丈夫、ムンクも嘘言ってない」

「ムンク、貴様にいい案でもあるのか?」

「まあな、俺に万事任せろぉ。この場所の葬儀屋にバドラックはいる。会ってこいよ」


 にぃとムンクは口角を吊り上げると、アクウにメモの切れ端を渡す。


「ムンク、その策とやら早くしろよ」


 破裂しそうなほどの濃厚な憎悪をたぎらせ、アクウは部屋を出て行く。


「ムンク、何を企んでいる?」


 残った緑髪の少女――サトリが射殺すような視線を向けつつも、ムンクに尋ねる。


「おいおい、俺は嘘偽りを述べちゃいねぇぜぇ。それはお前が一番知ってんだろ?」

「……」


 サトリは暫し、ムンクを睥睨していたが、


「アクウをこれ以上、困らすな!」


 それだけ告げると、アクウの後を追う。


     ◇◆◇◆◇◆


「ムンクさん、どうやってサトリの姉さんを騙したんで?」 


アクウが去って、メンバーの一人が恐る恐るムンクに尋ねた。当然だ。サトリには嘘偽りが通用しない。それはメンバーなら誰もが知る事実。真実を知るメンバーにとって、ムンク達の言動は真っ赤な嘘そものであり、到底、騙せるはずがなかったのである。


「サトリは、アクウに指示されてしか他者の心を読まねぇ。だから、こうして適切に誘導してやれば、簡単に騙せる」


 メンバーたちは顔を見合わせると、スキンヘッドの男に視線を移す。


「……なあ、ムンク、もうやめにしようぜ」


 スキンヘッドの男が、強い眼差しでそう進言する。


「はあ? 今更、何言ってやがる?」

「そうだ。今更だ。俺があのときアクウさんとサトリの姉さんへ報告しておけば、お前も俺もこうはならなかった」

「そうですよ、ムンクさん、マジでもうやめましょうよ。アクウさんだってきっと――」


 部下の一人がムンクに助言をする。ムンクは憤怒の形相で、スキンヘッドの男へ顔を向け、


「お前、話したのか!?」


 怒号を浴びせた。


「おう。ようやく、お前らしくなったな。まだ、少し残っていてくれて安心したよ」

「少し、残っている? どういう意味だ!?」

「そうか、自覚がないのか……」 


スキンヘッドの男は寂しそうに呟く。


「だから、どういう意味だ!?」


 再度、ムンクが苛立ち気に、声を荒げるが、


「ともかく、俺達はやり過ぎた。その責は負うべきだ」


スキンヘッドの男は、運命に取り組むような真剣な顔で、そう断言したのだ。


「お前ら、正気かぁ? そんなことをしてみろ! アクウに殺されるぞっ!!」


 一同をグルリと眺めまわすムンクに、


「包み隠さず全てを話せば、殺されないさ」


スキンヘッドの男がそう断言する。


「お前――」


 対して、ムンクは、心底不快そうに顔を歪める。


「なあ、ムンク、正直に全てアクウにいおうぜ。今ならきっとまだ俺達は戻れる」


 スキンヘッドの男の懇願に、


「できるわけねぇだろがぁ」


 ムンクはどこか寂しそうに呟いた。


「そうか……なら話は決裂だ。

 残念だが、今から俺達はアクウやサトリの姉さんの元へ行き、全てを話す。俺達の罪も全てな」


 スキンヘッドの男達はメンバーを促し、出口へ向けて歩いていこうとするが、


「馬鹿野郎どもが……」


 ムンクはそう小さく呟く。次の瞬間、頭部の一部がグニャリと歪む。


「へ?」


 それが彼らの生涯最後の記憶となった。

 ムンクから千切れた液体は次々に全メンバーの皮膚を貫く。そして、白目をむき、身体をガタガタとわなめかせる。


「ぐぎ、ぐご、がぐっ!!」


 そして、直立不動となる。それは、奴隷商やジル、ブレスガルムの全メンバーも同じ。


「これでお前らは心身ともに俺の同志となった。

まずはお前だな。ギルドへいって教えた通りに話した後、自害しろ」


 ジルは夢遊病のようにふらふらと屋敷をでる。


「お前達兵隊も精々俺のために働いてもらうぞ」


 ムンクは何の感情も籠っていない顔で、具体的な指示を出す。


 こうして、ストラヘイム史上最大最悪の事件――人間スライム事件は、様々な思惑のもと動きだす。


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