第44話 無敵遭遇
相手は紫髪のバケモノとあの悪名高い毒酒だ。例え、ジルの兄貴でも勝てるとは思えない。逃げることすらできやしないだろう。
(くそ、くそ、くそぉぉっ!!!)
不甲斐なさに自分を殴りつけたくなる気持ちを全力で押さえつけ、テツはひたすら足を動かした。
「やばい。くるぞ」
「テツ、どうする?」
「どうするも、逃げるしかねぇだろ!!」
見るからに奴らはプロ。いくらテツ達がアクイド戦闘部長に日々戦闘技術を習っているとはいっても、たったの数か月でしかない。まだ、【ラグーナ】の精鋭十数人と真面にドンパチやれる力はない。
「ちがいねぇ!!」
テツ達は一心不乱に走り続けた。
「くそっ! 完全に遊ばれているな」
「けっ! 兎狩りの心境なんだろうさ」
さっきから、攻撃をしてはきたが、テツ達に当ててまではこない。ただ、この裏路地に誘導されていることだけはわかった。
多分、奴らの目的はテツ達にはあるまい。きっと
「どうやらここまでか……」
遂に袋小路の空き地のような場所にまで行きついてしまう。
忽ち、テツ達は黒服共に包囲されてしまう。
「すまん。
「いや、私は構わないよぉ。元より、私の部下のせいでもあるからねぇ」
「サガミ商会の御方たちに愚痴を言うのは筋違い。でもわっちにもプライドがありんす。こんな下種に好き放題されるのは御免でありんす」
「まあ、最後まで足掻いてみましょうよ」
右手で取り上げる。
そして、二人を守るように身構えた。
「隊長、こいつらどうします?」
「
黒装束共中でも最も巨躯な男が、面倒くさそうに即答した。
「女は?」
「ああ、その女は特段、命などうけていない。好きにしていいぞ」
「ひゃほぉー、久々の女だぁ!!」
歓喜の声を上げた黒装束共に、
「舐めすぎだっ!!」
テツは無詠唱の【
しかし、炎の球体は奴の右手に握るナイフであっさり真っ二つに切断される。
「舐めてねぇよ。ただの当然の結果だ」
黒装束の姿が霞み、視界に火花が散る。同時にテツの身体は空中を舞い、地面にあっさり背中から叩きつけられた。全身がバラバラになるような痛みを無理やり押さえつけ、起き上ろうとするが、
「雑魚はそうやって地べたをはいつくばってればいい」
胸部を踏みつけられる。
仲間も血だまりの中、仰向けになって転がっていた。
「は、離しんす!!」
薄っすらとぼやける視界の中、泣きそうな顔で黒装束の一人に馬乗りに押さえつけられている
「やめ……ろ!」
「るせぇっ!」
テツの胸部を踏む足に力がこもり、ゴギッと肋骨が折れる鈍い感触がする。
「そこで、死ぬまで女が犯されるのを眺めてな」
そうさ。こうして、テツ達は悲劇を見ているだけだったんだ。
先代が生きているときは先代の、先代が亡くなってからはクラマの若頭とジルの兄貴の肩越しにずっと悲劇を何もせずに眺めてきた。
若頭が、テツ達のために血を流していても!
ジルの兄貴が、テツ達のために若頭の反対を押し切って、人身売買という外道行為に手を染めていたときも!
ただ、抗いもせず、委ねてきてしまった。今回も同じだ。結局、テツ達はグレイ会長を遠くから眺めていただけ。昔と何も変わっちゃいない。
(もうまっぴらだ)
踏まれた足を握り、
「【
ありったけの魔力を籠めて、発動した。
「あちっ! くそがっ!」
火達磨どころか、火傷にすらならない。でも、こうして自由になった。
テツは
「うおっ!」
黒装束が突き飛ばされたのを確認し、彼女に覆いかぶさり、亀のようになる。
(俺は、変わるんだ!)
守って見せる。何より、もう二度と、他人に責任を押し付けないために!
「この野郎っ! そんなに死にてぇならお望み通り殺してやんよっ!」
顔だけ上げると突き飛ばされた男が、短剣を片手に蟀谷に青筋を漲らせながらも近づいてくるのが見える。
黒装束の男は、テツの傍までくると右手の短剣を振りかぶる。そのとき、テツには黒装束の男の周囲を火の粉が舞ったように見えた。
「死――」
それはまさに瞬きをする瞬間、短剣を振り上げたまま黒装束の男は骨すら残らず、塵と化してしまう。
薄れゆく、意識の中、闇色の髪をオールバックにした片眼鏡の男が、ポケットに両手を突っ込みながら、不快そうに顔を歪ませていたのだ。
◇◆◇◆◇◆
「おい、ネロ、ここは人気がないんじゃなかったのか? 胸糞の悪い暴行現場になってやがんぞ?」
「知らないよ。それはそこの本能丸出しのお猿さん達に聞いてよ」
面倒そうにグルリと毒酒の部下達を眺めまわすマスクをしたネロと呼ばれた茶色の髪の青年。
毒酒の部下達もただのチンピラではない。故に、仲間の一人が一瞬で燃やされたことで、警戒レベルを限界まで引き上げていた。
「貴様ら、何者だ?」
黒装束のリーダー格と思しき巨躯の男が、慎重に己の愛刀を向けつつも、眼前の異分子二人に尋ねる。
「ほら、お猿さん達が何か必死に喚いているよ♪ 答えてやればぁ? 戦闘大好きっこちゃん♬」
茶髪の仮面の男――ネロは大きな欠伸をすると、パチンと指を鳴らす。
突然、空中から生じる青色のシートと毛布。地面に舞い落ちたシートにネロはゴロンと横になり、毛布を被る。
「僕はグリム達がくるまで寝てるからさ。集まったら、起こしてねぇ♪」
脅威どころかその存在すら認識していないネロを目にして、百戦錬磨の毒酒の部下達は内臓が震えるほどの激しい怒りに顔を紅潮させていた。当然だ。この様な屈辱的な扱いなど、生まれてから今まで全員されたことなかったのだから。
「舐めるなっ!!」
黒装束の一人がネロに向けて腕に装着した毒矢を放つが、矢は男に到達する前に腐り落ちる。
ネロは毛布に包まったまま、左手だけを出し、パチンと鳴らす。
刹那、細長い剣が毒矢を放った男の脳天から突き刺さり、背骨を貫通し、地面へ深く突き刺さる。
「き、気を付けろ! こいつら変な術を使うぞ!!」
黒装束たちは、すかさず距離を取ろうとする。
しかし、黒装束たちの真の受難はまだ始まったばかりだったのだ。
脳天から突き刺さり、即死したはずの黒装束の男は、自ら剣を引き抜くと、グルリと黒装束たちに向き直り、
「グオオオオオオオッ!!」
獣のごとき咆哮を上げる。
「五月蠅いな。静かに!!」
そんな理不尽な命に、シュンと身体を縮こませる即死したはずの黒装束の男。
「バ、バケモノ……」
あまりの出鱈目な現象に、黒装束の隊長からでたのは、そんな言葉だった。
それが決めてだった。後退り、背を向けて一目散で逃げ始める黒装束達。
そんな黒装束の背中を眺めながら、
「めんどくせぇ」
片眼鏡の男が、左手でバリバリと頭を掻く。刹那、紅の炎が駆け巡り、即死したはずの黒装束を含めて瞬時に塵と化してしまった。
「さて、こいつらどうするかな?」
片眼鏡の男が、今も、気絶して倒れている男女を見下ろしていると、
「その子達、彼の家族だから手を出しちゃだめだよ」
ネロの鋭い声が響く。
「なるほどな。お前がわざわざここを選んだのはそういうわけか」
片眼鏡の男も、路地裏の壁に背を預けると、目を固く閉じたのだった。
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