第41話 歓迎会

 商館に戻り、二人が寝泊りする場所を確保する。

 丁度、商館の客室が空いているし、解決までそこで生活してもらうこととした。

 今は歓迎会の名目の飲み会が開催されている。


「リリーちゃん、お帰りなさい! ハク、シロヒメさん、オリさん、我らがサガミ商会へようこそ! ってなわけで、乾杯プロージットっ!!」


 お調子者の商会員達が、キンキンに冷えたビールのジョッキを掲げ、乾杯の音頭を取り、


乾杯プロージット!!」


 大宴会が始まった。

 もっとも、サテラとアリアは現在、Sクラスでの寮生活だし、テオ達、ラドルは現在の帝国内の情勢を鑑み辞退してきた。副会長のジュドくらいは出席して欲しかったのだが、奴も現在、カルラと最近発掘された油田の土地の買収で自ら出張中だ。

 お祭り好きのルロイに関しては、開発中の魔法武器によほど琴線がふれたのか工房に籠りっきりになってしまっている。


「美味じゃのう、美味じゃのう」


 黒髪の幼女――ドラハチが、牛肉のステーキを豪快に丸かじりする。


「ドラ、それハクのでしっ!」


 頬を膨らませて、ハクが不満を口にするが、


「すまんのじゃ」


 謝意の欠片も感じられない返答しつつも、もぐもぐと咀嚼するドラハチ。


「ハクちゃん、大丈夫、まだまだいっぱいあるよ」


 シーナが涙目のハクの皿にステーキをとり、差し出す。


「うん!」


 泣き顔一転、目を輝かせて、ハクはステーキにかぶりついた。

 児童ズ、上手くやっているようじゃないか。最近はシーナとドラハチは常に一緒にいるようで、まるで姉妹のようだ。シーナも随分、元気になったし、やはり友はいいものだな。


「お招きどうもありがとうございます」


 シロヒメが私にテーブルに額をつかんばかりに頭を下げてくる。


「うむ、楽しんでいきなさい。でも、お前はまだ療養中だ。酒等は厳禁だ。こちらで用意したもののみ食べてもらうぞ」

「はい」


 頷くと出された料理を食べ始めるシロヒメに、


(この御仁はどなたじゃ?)


 オリヴィアが耳打ちしてくる。別に隠すほどのことでないんだがな。


白狼ホワイトウルフのシロヒメだ)


白狼ホワイトウルフっ!? 伝説の精霊の一族ではないかっ!?」


 立ち上がり、叫ぶオリヴィアに視線が集中する。

 そういえば、彼女も精霊の血が混じっているのだったな。だとすれば、この過剰な反応も無理もないか。


「不躾だぞ」


 私が咎めると、


「す、すまぬ」


 顔を耳まで真っ赤に紅潮させて、大人しく席に座る。ほう、一応謝罪はできるのか。


(なぜ、そんな上位精霊がこの場にいる?)

(さあな。だが、精霊だろうが、ドラゴン、平民だろうが、皇族だろうが、この場では全く関係がない。慣れろ)

(……)


 おかしなものでも見るかのように、頬を引き攣らせ、暫し私を凝視していたが、首を振って食べ始める。

 

 リリノアに手を引っ張られて、遂にオリヴィアも技術屋のんべえ共の集団へと連行されてしまう。むさいおっさんどものくだらない話に付き合うなど、皇女殿下にはいい経験となるだろう。まあ、一生体験したくもないかもしれないが。

 ちなみに、駄剣ムラは、リリノアとオリヴィアが大層お気に入りで近くにいたいと五月蠅いので、お望み通り、リリノアを取り囲むおっさんたちの楽園へと放置してきてやった。

 

「だんな、ここの席あいてますかい?」


 小柄な禿頭の男――ジルと、その仲間数人が、私の席の前まできていた。

 彼らは元クラマの部下であり、サガミ商会の傘下に入った【リバイスファミリー】の元メンバーたちだ。


「ああ、お前達を拒む椅子を私はもったつもりはないよ」

「じゃあ、遠慮なく」


 私の前のテーブルに腰を掛ける。


「孤児院も調子よさそうじゃないか?」


ジル達は今まで通り奴隷商へ売られた孤児達を引き取り、孤児院を運営している。加えて、戦闘訓練にも精をだしているようだ。最近では、大分力もついてきたから、商業ギルドや冒険者ギルドでの警備員的な仕事も請け負っているとクラマが言っていた。


「ええ、お陰様で、孤児院も大きくなりましたし、今度は本格的な学校でも始めようと思ってやす。つきましては――」

「もちろん、教師役は直ぐにでも手配しよう。こんなご時世だ。お前達も鍛えてやれ」

「は、はい! もちろんです! なあ、お前ら!」

「へい!!」


 他のメンバーたちも嬉しそうに頷いた。


「だんな、俺達を拾ってくれて、本当に感謝しやす」

「藪から棒になんだ?」

「外道に落ちたあっし達が、こんな形で、償いができるのも旦那のおかげです」

「あのな、どちらかというと私がお前達に謝る所だと思うんだがね」


 正直、彼らには商会の中でも最も危険で汚れた仕事を請け負ってもらっているのだから。


「以前とは違い、今は人助け。しかも、あっし達と同じ境遇にある者達の解放です。今は己の仕事に誇りを持っておりますんで」


 否定すると逆に無礼だな。


「そうか。では、何か、入用なものないか?」


私も便宜は最大限図るさ。


「俺達の中にも、元奴隷で先代に救われたものがおります。今度はその恩を返したいとおもってやす」


 そうか。彼らの言いたい事はさほど難しいことではない。

 奴隷商から奴隷を購入し、解放する。そして我らがサガミ商会へと就職してもらうというわけだ。

 むろん、大人は子供達のように、純粋無垢ではない。間者やら犯罪に手を染めた結果、奴隷に落ちた者も少なからずいる。商会への危険は常に付きまとうのだ。


「詳しい話を聞こう」


 ジルは喉を鳴らすが、意を決したような表情で説明を開始した。



「ふむ、借金の対価として売られたもののみ、面接をした後で身請けし、我が商会で、借金を返却するまで働いてもらう。其の後、正社員となりたいものは試験を受けるか……」


 要するに、私達が債権の譲渡を受け、借金を返済するまで働いてもらうってわけか。

我が商会の最大の欠点は人材不足。人を売買するという最低な方法ではあるが、確かにそれなら、問題はかなり解消する。

 スパイ等が潜り込む危険性はあるが、工場での単純作業ならば、技術が漏れることもないし、【銀のナイフ】でのウェイターやウエイトレスの仕事なら、調理技術が模倣される危険性はそこまで高くはない。いずれも、見ただけで再現できるような甘い世界ではないしな。まあ、仮に漏れても私達の最大の強みは調味料や用いる食材にあり、大した打撃はないわけであるが。

 借金の返済後に、晴れて正社員となった暁には、我らの商会が運営する職業訓練施設で学んでもらえばいいか。


「駄目でしょうか?」


 恐る恐る尋ねてくるジルに、


「いや、いい案だと思うぞ」


 計画案の了承をし、【万物収納】から2億Gほど取り出すと、ジル達への前へと放り投げる。


「正式に会議にかけるまでは、その私のポケットマネーで行うがいい」

「へい!」


 うん。どうせなら、これを機に【ラグーナ】の基盤を崩すとするか。

 

「それに加えて、娼館で働く娼婦たちも対象に加えよう」

「娼婦もですか?」


怪訝な顔をするジル達に、私は口角を吊り上げる。


「ああ、そうだ。娼館経営は【ラグーナ】の主要資金源の一つ。それを軒並み潰してやるのさ。合意した者には、商品販売の販売員や【銀のナイフ】でのウエイトレスの業務をおこなってもらうってわけ」

「【ラグーナ】の切り崩しってわけですかい?」

「ああ、奴ら最近、なりを潜めているからな。いぶり出す必要がある」


 そうさ。奴らの財源を潰してやる。


「いい案かもしれませんね。早速行動に移しやす」


 布袋を大事そうに持ち、立ち上がろうとするジルに、


「いいか、相手は巨大組織、慎重にな。もし、身の危険を感じたらその時点で本作戦は放棄しろ。これは命令だ」

「へい! それではあっしらはこれで」


 ジル達は立ち上がり、私に一礼すると、食堂をでていく。なるほど、ジル達がこの宴会に出席したのも、私から了解をとるためか。こんなときくらい楽しんでいけばよいものを。不器用な奴らだ。

 だが、ジル達ならきっと大丈夫だろう。


「さて、私もそろそろ部屋に戻るか」

 

 考えなければならないことが山積みだ。ここは、お調子者たちに任せるとしよう。

 私も腰を上げて部屋へと戻ったのだった。

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