第42話 捜査(2)目撃者発見

 聖暦905年6月14日(木曜日)


 リリノアとオリヴィアとの共同生活が始まってから既に数日たった。

 常に同行させろとの指示がイスカンダルから出ていたが、そんなの馬鹿真面目に守る必要はない。だから、当初、授業がある午後15時頃までは、サガミ商会内でゆっくり寛いでいてもらうつもりだった。

 なのに、リリノアの同行宣言により、あっさり私の目論見は覆され、一緒に授業を受けることとなる。

 むろん、オリヴィアからは非難たっぷりのリアクションをされたが、彼女もたった一日でなじんでしまい今に至るというわけだ。

 生徒達も当初は、相当緊張していたが、あまりのリリノアの気軽さからか、直ぐに慣れてしまった。



「これで本日の授業は終了だ。ではシロヒメの元へ転移するぞ」


 雑務クエストは、ストラヘイムで行えば、私達と偶然出くわす可能性が高い。そうなると説明が面倒だ。それに、今、ストラヘイムはあのスライム事件で危険な状態となっており、私も商会員に一人での外出を控えるように指示したところだったのだ。

 そういった理由から、事件が一段落するまでシロヒメの看病を行わせることにしたのだ。

 看病といっても、炊事や薬の調合等をするに過ぎない。余った時間は自由行動としておいた。要するに、彼らにとって久々の休暇というわけだ。不満はないようだから、魔法の練習でもしているのだと思う。

 プルートが紙の束を持ち近づいてくる。おそらく、授業内容について質問でもあるのだろう。この授業になってから、毎日のように尋ねてくるようなった。


「先生、昨日の免疫寛容ってところがよくわからなかったんだが?」


 それはそうだろう。なにせ、後天的免疫寛容はノーベル賞級の発見だしな。そう簡単に理解できたら世話はない。

 

「胎児の身体を形成するときに、一度、あらゆる種類の抗原を攻撃する防衛軍である白血球を作ってから、自己を攻撃する白血球のみを自己消滅させているんだ。そうすれば、己を攻撃しないで済むだろう?」

「んー、そこがどうも……」


 首をかしげる生徒達に、どう説明するかを悩んでいると、


「一度国が軍隊を組織してから、事後の調査で間者等を排除するようなものなのではないのか? そうすれば、己の軍は気兼ねなく外敵のみを攻撃できる」


 オリヴィアが何気なく呟く。中々的確な例えだな。


「その通りだぞ」

「おう! そうか! そういうことか!」


 どうやら、生徒達も今の説明で理解したらしい。

 確かに、抗原や白血球などの未知の言葉を使われても意味がわからんか。


「話は終わりだな。直ぐに雑務クエストに戻る。各自十分よく休んでおくように」


 そう告げると生徒達をシロヒメの元まで転移する。

 

「さて、私達も行こうか」

「はいですわ!」


 いつものように元気よく私にしがみ付くリリノアと、


「……」


 無言で頷くオリヴィア。愛想のないところは相変わらずだが、強烈な敵意がなくなっただけ大分ましになった。

 私はストラヘイムのサガミ商会一階へ転移する。


            ◇◆◇◆◇◆


 数日間、毎日足を棒にして歩き回って聞き込みを続けたが、これといった情報は未だ得られていない。

 ギルドに記載された28人のうち、27人に事情を聴いたが誰も、熊蜂くまんばちの隅の席に誰が座っていたかまでは覚えていなかった。おまけに、事件当日、あの時間帯に店の前のストリートを歩いていた者が極端に少ないということが、情報収集を著しく困難にしていた。

 

「次が最後か。あまり期待はできぬかもな」

「そうですわね……」


 私の何気ない感想に頷く、リリノアに、


「何を暗くなっておる!? 見つからないなら別にいいではないか。まだ新たな犠牲者も生じておらぬのじゃし、ゆっくり探せばよかろう!!」


 そんな意外極まりない発言が、オリヴィアからなされる。暗くなったつもりはないが、確かに少々、ネガティブ思考すぎたかもしれん。


「駄目なら、商会で対策をねるとしよう」

「はい!」

「うむ!」


 快活に頷く二人に、苦笑しながらも私は仮面と変声機を取る。

 今までの事情の聴取では、私という仮面をかぶった小人といういかにも怪しすぎる出で立ちで無駄に警戒されていたことは否めない。資料では最後の目撃者は老人。子供の姿なら相手も多少心開きやすくなるかもしれん。最後の目撃者だし、多少の危険は冒すことにしたのだ。


「やっぱり、その方がいいですわ!」


 リリノアが嬉しそうに私に抱きついてくると、


「確かにな。仮面にその声、キモ過ぎるしのぉ」


 オリヴィアからそんなありがた迷惑な評価をいただく。

 私は肩を竦めつつも、最後の28番目の目撃者が働く店の門を叩く。


「はーい、らっしゃい!」


 そこは靴屋。様々な形の靴が棚に静置されていた。


「わぁーすごいですわぁ」


 並べられた靴に気の抜けた歓声を上げるリリノアを横目に、私は今も奥で、靴を作成している白髪交じりの初老の男性に近づいていく。


「ん? 坊やとお嬢ちゃんたち、靴をお探しかな?」


 優しそうな笑顔で、迎えてくれた。

 ルロイ同様、生粋の職人の匂いがする。根っからの職人は気難しいというのは、私の勝手なステレオタイプだったのかもしれん。すまんな。店主。

 心の中で、詫びつつも、


「冒険者ギルドからの依頼で、『人間スライム事件』について少し、お聞きしたくまいりました。教えていただけませんか?」


 一礼し、尋ねた。


「あーあの事件か。儂はもう忘れたいんじゃ。悪いが帰ってくれんかの?」


 やはり、他の者達と同様、急にそっけなくなる店主。


(流石にこれは少し不自然ではないか?)


 他の者達は端から私達を警戒していた。だから冷淡な対応されることにも納得がいったのだ。

 しかし、この店主の急変は流石におかしい。例え、凄惨な事件のことだとはいえ、所詮は世間を賑わせている他人の事件。ここまで急激な変化は、自ら事実を隠しているといっているようなものだ。


「……」


 隣のオリヴィアが無言で私の袖を引っ張ってくるで、大きく頷く。


「何かを見たのですね?」


 店主は、ビクッと全身を硬直化し、無言で靴を作り始めた。店主のその金具を叩く手は小刻みに震えている。どうやら、ビンゴだ。


「いいんですか? きっとまた同じ事件が起きますよ。今度の犠牲者はあなたのお知り合いかもしれない」

「……」


 その手を止め私達を見上げるその顔には、濃厚な恐怖が張り付いていた。


「私達の目的は、あくまで賊の捕縛。貴方から聞いたことは絶対に他言しません」

「帰ってくれ」


 私から視線を外し、再び黙々と靴造りを開始する店主。この調子だと説得には骨が折れそうだな。

 しかし、下手に私達が接触しているのが賊に知れ、店主を危険にさらすのも愚の骨頂。


(さて、どうするかね)


 顎に手を当て思考していると、オリヴィアが、その豊満な胸元から首飾りを引き出すと、左手を細い腰にあて、右手でそれを店主の前に翳す。その翳した首飾りの先には、雪の結晶のような装飾がなされていた。


「妾は、先の皇帝――イスカ・ローズ・アーカイブの末の娘――オリヴィア・ローズ・アーカイブである!」


 店主はその首飾りを暫し、胡散臭そうに凝視していたが、直ぐに玉のような汗を流し始め、


「皇族のエンブレム……ほ、本物!? 」


 両膝を付き、跪く。面食らっている私を尻目に、


「本事件は、上皇イスカが、直々に私と皇女――リリノアに命じ解決を命じたもの! 沈黙は許されぬ。しかし、そなたたちが真実を述べれば、そなたとその家族の安全は我ら帝国政府が保証しよう!」

「ははーっ!!」


 いやいや、オリヴィア、お前は時代劇に出てくる黄〇様かよ!


「店主さん、どうぞお立ち下さいですわ」


 リリノアが店主の両手を取り、立たせると、


「聖女様……」


 店主は遂に両手を組み、目尻に涙を貯めて身体を小刻みに震わせ始めた。

 もういいや。勝手にしてくれ。私も投げやりに、肩を竦めて成り行きに身を任せることにした。


            ◇◆◇◆◇◆


「すると、店主はあの事件当日、巾着を忘れて取りに戻ったと?」

「そうですじゃ。あの巾着の中には孫の誕生日の祝いの品も入っておりました。だから、盗られてはかなわんと直ぐに駆けつけたのです」

「そこで何をみた?」


  オリヴィアの問に、胸を押さえ、不安そうな顔でリリノアを見る。リリノアは大きく頷くと、店主の両手を優しく握る。

 悪いが、質の悪い洗脳の現場に立ち会っているようにしか見えんぞ。


「若い男を担ぐ老人がでてきましたですじゃ」


 男を担ぐ老人? ならなぜ、それをギルドへ報告しなかった? 報復が怖かったから? いや、放っておけばそれこそ、第二、第三の犯罪が起こる可能性がある。そうなれば、最悪、身内が巻き込まれる危険性があるのだ。それがただの爺さんなら、ギルドへ正直に報告していたことだろう。


「その老人とは?」


 ビクンと再度、金縛りにあったかのように、硬直化する老人。


「心配するでないわっ! いったであろう? そなた達は皇室が保護すると。それにこの場で見聞きしたことは誰にも言わぬことを誓おう」

「お爺さん、心配いりません」


 二人の熱の籠った言葉に、店主は大きく頷き、


「お恥ずかしい話、儂は若い頃、少し荒れてましてな。女房と出会うまで、このストラヘイムの中小ファミリーへ出入りしておりました」

 

 クラマやジル達と同じ、マフィアのファミリーってやつか。

 

「その際に、一度だけ目にしたことがあるのです」

「誰なんです?」

「……」


 俯き気味にブルブル震えるも、口を中々開けない老人に、私が今確信している容疑者の名を告げることにした。


「【ラグーナ】ですね?」


 私のその言葉に身を竦ませる。

 やはり、あのクズ組織がらみか。馬鹿な奴らだ。自分から自滅の道を歩みやがった。

 この事件の主犯は、【ラグーナ】とかいう雑魚ではなく、正真正銘の人の皮を被った悪魔だ。おそらく、【ラグーナ】は悪魔の掌の上で踊るマリオネットにすぎまい。

 だとすると、今回の実行犯は、【ラグーナ】、黒幕自身は高見の見物ってところか。


「舐められたものだ」


 店主は私を見上げて、


「ひいいぃぃぃっ!!!?」


 絶叫を上げる。まったく、失礼な御老人だ。

 オリヴィアも、血の気の引いた顔で後退っていた。

 

「もう、だめですよ。顔!」

 

 リリノアは呆れたように大きくため息を吐くと、己の顔に指を差し注意を促してきた。


(また、やってしまったか)


 再度、己の悪癖が出たことに気付き、急いで直す。

 咳払いをすると、店主に向き直る。


「いいですか。この事件は、【ラグーナ】とかいう小物でありません。裏で糸を引いているのは、正真正銘の悪魔です。

 店主がみた【ラグーナ】の人物は近い将来確実に破滅します。だから、その者からの報復を恐れているなら筋違いですよ」


 今度こそ、店主の顔から血の気が急速に引いていく。


「し、しかし、儂は――」

「店主がその悪魔を目にしたことを知られれば、いや、そう勘違いされれば貴方は近い将来確実に死ぬ」

「だったら儂はどうすれば!?」

 

 必死に私にしがみ付く店主に、


「いったでしょ。ことが落ち着くまで私が貴方の家族を保護しましょう。私にはそれが可能だ」


 ポケットから、懐中時計を取り出し示す。懐中時計に刻まれた天秤と炎の印を目にし、


「あんた、サガミ商会の?」


 店主は尋ねてくる。この都市の商人と職人に限れば、私の名はある意味、皇族と同等クラスに有名だ。


「ええ、私はサガミ商会会長――シラベ・サガミです」

「あんたがあのサガミの若旦那! わかりましたじゃ。全部話します!」


 店主は重い口を開く。



「【ラグーナ】四統括――毒酒どくしゅ。間違いないですね?」

「はい! あの顔は、忘れるはずがないですじゃ!!」


 そうか。これで、【ラグーナ】四統括の一角を切り崩せる。人のシマでオイタした罰を与えねばならんな。


「奴が担いでいた男には心あたりはありませんか? 漠然とした容姿でも構いません」

「いえ、暗がりでしたので」

「では、熊蜂くまんばちの店の入り口から入って最も左奥の席には誰が座わっていましたか?」

「左奥の席……」


 店主は両腕を組み暫し、考えていたが、


「ああ、あの五月蠅い小僧か! ぶつくさ不満を垂れ流しておったから、覚えていますじゃ!」

「どんな容姿でした?」

「紫髪で眼つきの悪い二十歳くらいの男です」


 ピッタリ合致する容姿に一人だけ思い当たる。というか、つい最近、私がフルボッコにしたばかり。Aランクの冒険者――ムンクだ。

 だが、奴のようなチンピラに、この事件に関与するだけの度胸があるとは思えない。

 一度、調査する必要があるな。


「どうするのじゃ?」

「一先ずは、店主と家族を保護し、匿う。全てはそれからだ」

「恩に着ますじゃ!」


私達に何度も謝意を述べる店主をつれて、私達は一度、サガミ商会へと向かった。


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