第40話 捜査(1) 情報収集

 フォークを手に持ったまま微動だにせずに、幸せそうに照り焼きチキンを頬張るリリノアをじっと観察していた。


「どうした? 食わんのか?」

「……」


 私の疑問に、肯定も否定もせずに、自分の料理に視線を落とす。

 本日のメニューは、照り焼きチキンに、ライス、味噌汁、トマトとキャベツのサラダ。

 典型的な庶民料理だし、いわゆる宮廷料理という上品な食事しかしたことがない彼女からすれば、全て未知の料理だ。無理もないか。


「オリヴィア姉様、美味しいですわよ」


 聖女とは思えぬ豪快な食べっぷりに、オリヴィアもフォークで照り焼きチキンを突き刺すと口に持っていく。

 ほう、食べるのか。てっきり、一口も手を付けずに残すと思っていたんだがな。


「……」


 瞼をぎゅっと閉じて、震える手で小さな口に運ぼうとする。

別に虫やら、蛇のようなゲテモノ料理ではないのだし、そんなに警戒することもあるまいに。

 遂に口に入れて、オリヴィアは数回噛む。


「っ!!?」


 目を見開き、暫し口を動かしていたが、次の瞬間、勢いよく食べ始める。


 忽ち料理を平らげてしまい、いまだに名残惜しそうに皿を眺めるオリヴィアに、頬を緩ませているリリノア。

 

「姉様も気に入ってもらえてうれしいですわ」


 それにしても姉様か。実際にはオリヴィアの兄の娘だから、リリノアにとっては、おばさんだが、二、三歳しか違わないしな。姉様が適当なのだろう。


「べ、別に気に入ってない」


 不貞腐れたようにそっぽを向くオリヴィアに、苦笑するリリノア。

 これではどちらが、年上かわからんな。


「時間も押している。もう少し休んだら、情報収集に行くぞ」


 仮面を装着し、変声機を稼働する。


「グレイ、その仮面と変声のアイテム、しなきゃダメなの?」

「ああ、こちらにもいろいろ込み合った事情があるのさ。それに外ではグレイではなく、シラベ・サガミだよ」


 さっきから、リリノアから仮面と変声機については、幾度となく拒絶の言葉を頂いている。どうやら、私のこの変装は彼女から相当低い評価を下されているようだった。まあ、子供からの評価など知ったことではないわけだが。

 さて、お茶でも持って来よう。席から立ち上がり、セルフサービスの紅茶のコーナーに向けて歩きだす。


            ◇◆◇◆◇◆


 ストラヘイムの街路に出る。

 まず、向かう先は、事件現場である酒場――熊蜂くまんばち。ここで、約32人がドロドロに溶解してしまったのだ。しかも、ウィリーから渡された資料ではそんなドロドロになりながらも、約半日以上、全員が生きていたという。 


「ここか」


 熊蜂くまんばちは、ストラヘイムの北東の南北に走る大きなストリートへと続く裏路地にあった。

あんな事件があったせいか、周囲の店の三分の一は休業している。歩行者もストラヘイムとは思えぬくらい少ないし、これでは商売にはなるまい。当然かもしれん。

 熊蜂くまんばちの前には、二人の守衛役らしき冒険者がたっていた。


「ご苦労さん」


 さっそく、近づき右手を上げて、挨拶をする。


「よかった。交代者か! こんな物騒な場所の警備なんて、早く終わりたかったんだっ!」


 私の子供の姿を見ても大して驚かないのは、彼らが私を認知しているからだろう。

 まあ、最近ムンクとかいう小僧の相手などして、私も結構目立っているしな。


「ああ、報酬が高いからって、受託するんもんじゃないな。生きた心地がしねぇよ!」


 細身の冒険者の一人が安堵のため息を吐き、もう一人が荷物をまとめ始めた。

 非常に言い出しにくいな。


「すまん、私達はギルドの指示で事件の調査にきたのだ。警備の交代ではないよ」

「マジか……」

「そんなぁ」


 泣きそうな顔されてもな。調査をする私達の方がずっと危険だろうさ。


「入るぞ」

「どうぞ。気を付けてな」


 投げやりに、右手を差し出す冒険者に軽く礼をいい室内に入る。


 熊蜂くまんばちの店の中は、椅子やテーブルが散乱しており、べったりとペンキのような真っ赤な染みが床中ところどころに存在している。

 どうやら、事件の解決のため、ギルドが事件現場のまま手を加えないでいたらしい。

 

「ひどい……」


 そう呟くリリノアの全身からは血の気が引いていた。


「……」


 そしてオリヴィアは平然を装っているが、両脚が小刻みに揺れている。

 少々、彼女達には刺激が強かったかもな。ハッチとクラマに彼女達を交代で守護するよう指示しているし、一度外で休ませるか。


「リリー、オリヴィア、二人は外に出て待っていろ」

「不要ですわ」

「不要じゃ」


 二人から否定の言葉を即答されてしまう。この二人、銀髪であることといい、似すぎだろう。まるで双子のようだ。


「無理はするなよ」


 この場にいるといっているのだ。私がついている以上、危険はない。好きにさせるさ。

 私は改めて部屋の調査を開始した。



 かれこれ、一時間探し回ったが、手掛かりのようなものは発見できない。


「目新しい点は見当たらないですわね」


 この気色悪い部屋にようやく慣れたのか、リリノアが私に振り返り、そう言葉を振ってくる。


「そうでもないさ。色々わかった。まずは、溶けたものは人だけではなく、椅子やテーブルもということだ」

「それがどうしたというんじゃ!? 大した違いなどあるまい!!」


 青白い顔で、やはり、己の口元にハンカチを当てながら、オリヴィアが叫ぶ。

 

「いんや、こうして犯人の位置が特定できた」

「犯人がどこにいたのか、わかったの!?」

「どこだっ!」


 詰め寄る二人に、私は隅のテーブルを指さし、


「多分、犯人はそこに座っていた」


 断言する。

 

「理由を聞かせて欲しいですわ」

「まず、そこの隅のテーブルだけが溶けていないからさ。おまけに、一滴も血が付いていない。そこを中心として術が発動されたんだろうさ。でなければ、発動者まで溶けてしまうだろうしね」

「だとすると、術の発動者はこの席に座っていたものじゃな?」


 オリヴィアの奴、中々鋭いじゃないか。

 このテーブルの席の一つ倒れた椅子の半分のみがドロドロに溶けている。とすれば、この席の向かいに座ったものが術の発動者だ。

 

「では、ここをもう一度念入りに調査しましょう」

「そうだな」


 リリノアの提案に私とオリヴィアは頷き、調査を再開する。


            ◇◆◇◆◇◆


 そこまで甘くないな。犯人に繋がるような手掛かりはやはり見つからなかった。

 というか、もし犯人の手掛かりとなる遺留物があったのなら、冒険者ギルド提出の報告書に記載があるだろう。


「次は、どうするのじゃ?」


 オリヴィアは、当初のやる気なさと別人のようだ。


「随分やる気のようだが?」

「当然じゃ。我が祖国でこのような愚劣な所業、到底見過ごすわけにはいかぬ!」


 右拳を固く握り、力強く宣言する。なるほどな。正義感は強いと。それ自体は構わん。この手の怒りは捜査の原動力となるのも確かだし。

 ただ、あまり事件にのめり込み過ぎて、逆に己がその惨劇の舞台のメインキャストに引きずり上げられる危険もまたある。まだ、事件は全然終わっちゃいない。少しクールダウンして欲しいものだ。

 ギルドから与えられた資料では、熊蜂くまんばちに当日飲みに行って事件に運よく遭遇しなかったものは、28人にも及ぶ。

 本日は、数人から事情を聴取し、終わりにすべきかもな。


「いくぞ」


 私は二人を促し、凄惨な事件現場を後にした。



「あまり、有益な情報は得られませんでしたわね」


 三人目の事情聴取が終わる。いずれも、もう関わり合いたくないという雰囲気がありありと滲み出ていた。中々、解決には難儀しそうだ。


「そうだな、今日はこれで十分情報を取得した。あとは商会に戻って得た情報を整理しよう」


 どうもオリヴィアは熱が入り過ぎている。一晩寝れば、彼女も少しは冷静になるだろう。


「妾はもう少し調査を続けるべきだと思うが?」

「いくぞ」


 頬を膨らませそっぽを向くオリヴィアに、私の意図を読んだリリノアが苦笑しつつも賛同し、私達は商会に戻ったのだった。

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