第39話 聖女と毒舌女
生徒達の授業は、本日は休みとした。3万Gもの小遣いが入ったのだ。子供ならショッピングにでも行くなりして休暇を満喫すればいい。そう単純に考えていたわけだが、昨日その旨を伝えた際の生徒達の反応は、皆一同、無言の非難だった。変な奴らである。
問題は山積だ。
まずはシロヒメだが、これは毎日抗生剤を飲んで療養するしか治す方法がない。
この点、シロヒメとハクを一緒にしておくのは、感染のリスクが付きまとう。そこで、シロヒメに説明し、病気が治るまでの数か月間、私達のサガミ商会でハクを預かることにした。
ワクチンさえあれば、こんな手間をかける必要すらないのにな。早急の医学の発展はやはり不可欠というものなのだろう。
「それにしても、ドラハチに、シーナ、おまけにハクか。私の商会は、児童養護施設ではないというに……」
昨晩、ハクの説得には大層苦労したが、シロヒメを週に一度会わせることで、ようやく納得してもらえた。無論、感染の危険があるが、短時間ならばリスクは最小限に抑え込めると判断した。
ごく潰しドラゴン――ドラハチと肩たたき専門職員――シーナに引き合わせると、なぜか異様な意気投合っぷりを発揮していたし、児童ズはあれでいいんだろう。
重い足を動かし、遂にここにきてしまった。
本日から、あのスライム事件についての個人捜査が開始される。
ストラヘイムは私――グレイという人物の始まりの地。どこの誰だか知らぬ変態野郎に、好き勝手されるなど我慢がならない。だから、本事件を調査するのは私も望むところだ。
だからって、なぜ二人も足手纏いを連れ歩かねばならない? 仮に皇女二人がスライム化されたら、取返しがつかないことくらいイスカンダルやゲオルグも十分承知していように。
「グレイです。呼び出しを受けたので参上しました」
「少々、お待ちください」
門兵が小走りに屋敷へ入っていく。
前回と同じ応接間に案内される。
部屋の中には、皇帝ゲオルグ、リリノア、そして、十代後半の艶やかな銀色の髪をポニーテールにした少女が不機嫌そうな顔で中央テーブルの各席に座っていた。
(驚いたな)
ゲオルグの隣に座る立ち位置からも、あの少女がイスカンダルの末娘――皇女オリヴィアなのだろう。
少女の目、鼻、口ともに完璧な形と位置で配置しており、まさに絶世の美女と謳われるリリノアとの血脈を確信させる美貌を形成していた。
ここまでは美男美女の皇族の系譜ならさほど意外性などない。私が目を離せないでいるのは、最近よく目にするあの長い耳。あれはフェアリー族やシーナ達、妖精族の混血の証。つまり、彼女はイスカンダルと妖精族の血の両者を持つ人物というわけか。
「ジロジロ見るでない! 気持ち悪いっ!」
第一声がこれかよ。マジで先が思いやられるな。まあ、事件が解決するまでの辛抱だし、今は我慢するしかあるまい。
『うひょう! 儂も美人の姉ちゃんからどぎつくののしられたい!』
いつもの絶好調の変態発言に余念のない駄剣をこづきつつも、皇帝に向き直る。
「それはどうも。では、さっそく調査に入ります」
私にとってイスカンダルとの勝負など心底どうでもいい。連れ歩けとも指示はないし、事件が解決するまで、サガミ商会内で暮らしてもらえばそれでいい。一応、ビップ待遇にはするし、それで問題はあるまい。
「グレイ、怒らないで聞いてもらいたいんだが、いいか?」
「話の内容にもよりますね」
「あの妖怪ジジイからの伝言だ。¨リリノアとオリヴィアは事件解決まで全てに同行させるように。あとで二人に聞けば、偽りか否か直ぐにわかる。¨だそうだ」
だそうだじゃねぇ。あの野獣、どこまでも面倒ごとを押し付けてくる奴だ。
「承た……まわりました」
「だ、だから、怒るなっていったろ? だが、お前と一緒の方が安全なのも確か。今回ばかりはあの妖怪の言にも一理あると思うぞ」
痛い所をついてくるな。確かにサガミ商会最強が私である以上、それは事実だ。
「わかりました」
皇帝が認めている以上、私に拒否権はない。これ以上議論しても意味はないのだ。
「リリー、オリヴィア殿下、ついてきて」
これから共同生活をするのに、敬語など必要あるまい。
「はい!」
私の腕にしがみ付くリリー。オリヴィアは、しばし、そんなリリーに目を点にしていたが、直ぐに射殺すような目で私を射抜いてきた。
このリアクションから察するに、彼女にとっても、リリノアは守らねばならぬ大切な家族であるらしい。こんな真面じゃない状況下で、それだけが唯一の救いなのかもしれん。
「
言われんでもそうするさ。私もいつまでも護衛などまっぴらごめんだ。とっとと、この事件を解決し、解放されたい。
小さなため息を吐くと私も足を動かす。
そんな豪華な格好ではどう考えても目立つ。サガミ商会へと戻り、二人には変装をしてもらう。
具体的には髪型と服装を全て変えてもらった。あとは、変声機により声も変える。これなら、皇族だとは誰も思うまい。
止めに、私をシラベ・サガミと呼ぶように厳命しておく。二人とも私の本名を知っている。ならば、生徒達の前で軽はずみに口にされても困るのだ。
変装が終了次第、是非挨拶を済ませたいというリリノアの強い希望から、サガミ商会第一研究所の休憩室へと向かう。
「リリーさん。お久しぶりっ!!」
流石は同じ女子、部屋に入った途端、いち早く気付いたリアーゼが駆け寄り、互いに手を絡めて、ぴょんぴょん飛び跳ね始めた。
「おう、久しぶり、リリー!」
昼食中だったロシュが右手を上げると、他の職員達も箸やフォークの手を止めて、一斉にこちらに視線を向けてくる。
「はい、お久しぶりですの」
ペコリと行儀よくお辞儀をすると、研究者達がやってきてリリノアと話し込み始める。もちろん、内容は私生活のことだが、中には科学の技術開発についてまで話す奴もいた。
ルロイもリリノアに会いたがっていた。本日、姿が見えないのは、私の玩具の研究があるからかもしれない。あの御仁、夢中になると周囲が見えなくなるしな。
「これってどういうことじゃ?」
茫然とリリノアを眺めながらもオリヴィアが私に尋ねてきた。
「んー、勘違いしているようだが、此度、リリーがこの事件の捜査に進んで協力したのは、一番はここのスタッフとまた会えるからだと思うぞ」
「だが、リリーは皇族だぞ!?」
「そんなの皆、知ってるよ」
勘のいい者達は、かなり早い段階で気付いていたが、あのアンデッド事件で皆確定的に認識した。それでも対応を変えないのは、そうされると、彼女が傷つくことを十分に理解しているからかもしれない。
「……そなた達、絶対におかしい」
「かもね。ならどうするよ? お父様や、お兄様に報告でもするか?」
「……」
キッとすごい目で私を見下ろすオリヴィア。
私も少し大人げなかったな。流石に今のは、言い過ぎだ。彼女も私同様、あの野獣の無茶苦茶な言動に翻弄されているわけだし。
「昼飯、まだだろう? 右端が、食堂となっている。一緒に食べよう」
オリヴィアの右手を掴み、連れて行こうとするが、
「無礼者! 妾に触れるな!」
私の手を払うと、自ら隅の席に腰を下ろす。
私も肩を竦めつつも、食堂の調理スタッフに、本日のサガミ商会特製日替わりメニュー――照り焼きチキン定食を三人分注文したのだった。
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