第18話 イスカンダル

 なんだ、このバケモノゴリラは? 二メートル後半はあるぞ。

 筋肉もやばいくらい盛り上がっている。

 しかも――。


――――――――――――――――

〇イスカンダル

ステータス

・HP:S(99/100%)

・MP:E-(99/100%)

・筋力:B(99/100%)

・耐久力:A+(99/100%)

・魔力:E(99/100%)

・魔力耐久力:A+(99/100%)

・俊敏力:C+(99/100%)

・運:C(99/100%)

・ドロップ:G-(99/100%)

・知力:C(99/100%)

・成長率:B+(99/100%)


 〇ギフト:

・英雄王の盾

・英雄覇道


〇称号:征服王

――――――――――――――――


 現在のステータスは私とほぼ同格で二つのギフト持ち。存在自体が非常識な奴だ。まあ私も人のことを言えないのがつらい所ではあるのだが。


「陛下、こいつ無礼?」


 槍の女は槍先を私に向けるも、


「……」


 イスカンダルは槍を持った金髪の女の問には答えず、私から視線を外すと玉座へ向かう。

 久々に鳥肌がたった。ゲオルグもご愁傷様だ。こんな化け物が、上皇として度々国政にちょっかいをだしてくるなら、国政の運営などままならないだろうさ。

 イスカンダルは王座に就き、槍を持つ女と顎が抉れた男はその脇に仕える。

カイゼル髭の男が、イスカンダルに一礼し、


「只今より、爵位授与式を始めます。オスカー・ランズウィック、グレイ・イネス・ナヴァロ、ジレス・カレラス前へ」


 声を張り上げる。

 は? ジレス? 彼も呼ばれていたのか? それにしては顔が見えなかったが。

 キョロキョロと見渡しながらも前に出ると、青髪の女と視線がぶつかる。彼女は、頬を薄っすらと桃色に染めながらも目を私から反らした。

 その姿は私に一つの結論を否応でも想起させる。


(おいおい、もしかして私は大きな勘違いをしてやしないか?)


『あーあ、ようやっと気づいたようやね』


 自問する私の脳裏に響く駄剣ムラの呆れを通りこして哀れみを含むような腹の立つ声。

 気まずいってもんじゃない。これからジレスにどんな顔して接すればいいんだ?

 動揺する気持ちを無理に押さえつけつつも、ジレス達に倣いイスカンダルの前に並ぶと片膝をつく。

 

「面を上げよ」


 イスカンダルの力強い魂に響く声。顔を上げるとカイゼル髭の男が、懐から書簡を取り出し、開くと読み始める。

 

「オスカー・ランズウィック、貴殿はいくつもの生活魔法の開発により、帝国に多大な恩恵を齎す。これを賞し、伯爵への陞爵しょうしゃくと金1000万Gを授与する」


 帝国の爵位獲得の条件は、世襲と武勲があるところ、この武勲の意味は、かつては純粋に戦場で功績を立てることだったが、現在の皇帝ゲオルグはそれを拡大解釈し、功績に近い場合でも与えるようにしたそうだ。

 もっとも、やはり戦場での功績の方が遥かに得られやすい。生活魔法でもらったオスカーは相当優秀なんだろうさ。

 

「有難き幸せ」


 立ち上がると、カイゼル髭の男から布袋とバッチのようなものを受け取る。おそらくあれが爵位の証明か何かなのだろう。


「次、グレイ・イネス・ナヴァロ、先のアンデッド襲撃事件で多大な功績を収めた。さらに、いくつかの遺失魔法ロストマジックを解読し、伝統あるわが偉大なる魔導騎士学院の教授に任じられた。これらの功績を以って子爵の爵位と金1000万Gを授与する」


「は! 感謝いたします」


 私はただそれだけ述べると、立ち上がり、カイゼル髭の元まで行き、布袋と盾と剣の紋章の刻まれたバッチを受け取る。

 内心では全く欲しくないが、これも成り行きだ。仕方あるまい。

 元の定位置まで戻り、片膝をつく。あとはジレスが授与されて、この茶番は終了だ。明日の生徒達のレジュメを作らねばならんし、用が済んだらとっとと帰るとしよう。


「ジレス・カレラス、帝国中の井戸における手押しポンプの設置の運動、帝都中の建造物への硝子ガラスの採用、荒野への揚水等、帝国の生活の利便性を著しく向上させた。その功績により、準男爵の爵位と金1000万Gを授与する」


 近年、ジレスが業績を爆発的に伸ばした結果でもある。それで爵位も獲得するとは、やるじゃないか。ジレスはずっと爵位にコンプレックスを持っていたようだし、これで吹っ切れるんじゃないかと思う。

 ちなみに、世襲は男性でなければ原則認められていないが、武勲功績についてならば、女性にも当代限りにおいて認められている。ジレスが女性だとすると、この方法しか爵位を得られないこととなるわけだし。


「有難き御言葉、謹んでお受けいたします」


 立ち上がり、ドレスの先を摘まみ一礼すると、カイゼル髭の元まで行き、金1000万Gを受け取り、元の場所まで戻り、片膝をつく。 

 よし、これで無事儀式は終了だ。


「では、これで爵位授与式を――」


 カイゼル髭の紳士の終了宣言は、


「頭の回転が速い商売に秀でた女か。今までにない種類の女だ」


 上皇イスカンダルのそんな不吉な言葉により遮られる。

 騒めく広間に、品定めでもするかのような上皇の視線が向けられ、ジレスは顎を引く。


「女、ジレスとか言ったな?」

「はい……」


 消え入りそうな声で頷くジレス。


「貴様はたった今から余の側室だ」


 今度広間中が、虫が鳴いているような騒々しさに包まれる。

 この驚き方からすると、単に上皇が無類の女好きというわけでもなさそうだ。だとすると、面倒なことこの上ないな。


『あのボインボインの嬢ちゃんは儂のもんやで!!』


 周囲の喧騒にまぎれるように駄剣ムラの鬱陶しい批難の声が幻聴として聞こえてくるが、それを以後一切シャットダウンする。


「し、しかし、僕は――」


 よほど動揺しているのだろう。ジレスの言葉が男装していたときのものとなっている。


「上皇陛下、いくら何でも唐突すぎですじゃ」


 ジークが助け舟を出すと、初めてジレスからジークへ眼球を動かし、


「商いに秀でた王も必要だ。余とその女の種ならさぞかし優秀な王となろう」


 こいつ本気マジだ。性欲を満たすためでもなく、女をいたぶる変態趣向があるわけでもない。強く賢い王を作る。ただそれだけのために、本気でそんな狂気じみたことを言ってやがる。


「陛下、流石にそれは――」

「ジーク、貴様、余の言に異を唱えるのか?」

「い、いえ、そういうわけでは!」


 あのジークでさえもこのざまか。この妖怪ジジイ相手なら無理もないか。


「十数年ぶりの上皇陛下の側室の誕生だ! これは目出度い!!」


 ジークの陥落を契機に、門閥貴族の一人が顔一面に狂喜を漲らせて声を張り上げると他の者達もそれに倣う。

 歓喜の渦の中、イスカンダルが顎をしゃくると、不快な顔を隠しもせずに槍を持った女はジレスに近づき、


「陛下に認められた。生意気。でも、命令だし仕方ない。案内するからついてこい」


 ジレスの右腕を掴むと強引に引っ張っていこうとする。


「くだらん」


 ジレスは私の恩人にして、数少ない友人だ。その彼女の人生を狂わせてまで大人しくしている意義など大してない。


「のけ」


 【爆糸】により、槍の女の身体を拘束し壁までかなり本気で放り投げる。


「なっ!?」


 槍の女は高速で回転していき、石の壁に顔面から叩きつけられた。こいつらの身体能力は、平均C+。この程度では傷一つつくまい。


「ほう。ただへつらうだけのつまらん小僧だと思ったが違ったか」

「貴様ぁっ!!」


 瓦礫の中から立ち上がり、激高するスピに、


「スピ、控えよ」


 静かだが、有無を言わぬ命が飛ぶ。


「はっ!」


 咄嗟に、跪く槍の女――スピ。

 イスカンダルは立ち上がり、ゆっくりと私の前まで下りてくる。


「余は欲しいものは全て手に入れる。今までもそうしてきたし、これからもそうだろう」

「やれるものならやってみるがいい」


 左の掌を上にすると手招きをする。


「陛下への度重なる不敬! 許さないっ!!」

 

 槍の女は両眼を血ばらせて、槍先を私に向けたまま疾駆するが、


「お馬鹿さーん。させるわけないでしょぉ」


 煙のように現れた黄色のドレスを着用した金髪の美女――ハッチが、長い左手の爪でその紅の槍を防ぐ。

 それを視認した顎が抉れた男が、高速で跳躍し空中で一回転すると天井を蹴り上げ、ハッチに向かって驀進する。顎が抉れた男が射程内に入り彼女の頭部に右拳を叩き込もうとするが、真っ黒な糸により阻まれる。


「ぬ!?」


 四方八方から、高速で糸が絡みつくが、顎が抉れた男は、即座に後ろに飛び退り、捕縛から逃れた。


あるじ様ぁ、この馬鹿ちん共をぶっ殺す許可くださいなぁ!」


 ハッチは、長い爪を舐めるとその瞳を金色に染める。


「どうぞ我らにお命じ下さい。そこの下品なデカブツもろともこの世から細胞ひと欠片残さず消し去ってくれましょう」


 スパイの言葉に応じるかのように、空中に冗談とは思えない数の真っ黒な糸が張り巡らされていく。

 ハッチとスパイに対し、赤髪の女スピは重心を低くしつつも紅に発色した槍を構え、顎が抉れた男も両指をゴキリと鳴らす。


「中々、いい家臣だ」


イスカンダルは口角を上げつつも、賞賛の言葉を口にする。


「お前のもな」


 これは別に世辞ではない。赤髪槍女スピも顎の抉れた男も、曲がりなりにも【覚者】の称号を得たハッチとスパイの両者と相対しているのだ。この世界の人間としてはまさに破格の強さだ。何より、両者からは主たるイスカンダルに対する狂気じみた忠誠を伺えた。この手の変態は何があっても主を裏切ることはあるまい。


「お前、名は?」


 私の名前を尋ねてきた。


「グレイ・イネス・ナヴァロだ。聞いてなかったのか?」

「違う。お前の嘗て・・の名だ」


 やっぱりか。イスカンダル、十中八九、こいつは私と同じ元地球人。まあ、ジークさえも気づいていないくらいだし、出自がはっきりしているようだから、転生者だろう。本当に最近、この手の奴によく遭遇するな。まるで地球人のバーゲンセールだ。


「答える意義を見出せんな」


 私の返答にイスカンダルはさもおかしそうに鼻で笑い、


「余の血を含まぬ劣等共を余は心底から嫌悪する。貴様の肉体は薄汚い劣等のものだが、魂だけは余の同類だ」


 そう断言する。

 イスカンダルの血を含まぬか。確かに帝国の長い歴史の中では、皇族との婚姻は門閥貴族が中心に為されているらしいし、奴の血を皇族の血と置き換えればあながち的外れというわけでもない。

 しかし、その理論はまさにイスカンダルという卵をもって、それを産んだ皇族たる鶏を権威付けするもの。まさに卵が先か鶏が先かの話に終始してしまう。


「一緒にされては甚だ迷惑だね」


 血統で優劣が決まるなど非科学的な迷信の類だ。確かに、遺伝的な形質により、身体能力等に差が出ることは認める。だがそれは優劣ではなく単なる差異にすぎん。この世を支配しているのは力や頭脳ではなく、知識。

 政治、経済、衣食住、無数の人々による日々の血と汗の努力が次世代へと引き継がれ次世代がそれをさらに新たな知識へと昇華する。人の文明とはそのような凡夫達の為した偉業の塊なのだ。

 そして、その偉大なる科学の進化を妨げてきたのはいつもこのような妄言を吐く独裁者共。そんな塵屑共と同類など不愉快極まりない。


「辺境の蛮族など劣等の極み。力を持つなど言語道断‼ 全てを奪い、粉々に潰そうと思っておったが少々、気が変わった。この度の魔導学院での茶番で功と力を示せ。されば、その劣等の血を洗い流させてやる」


 おいおい、洗い流すってことは、つまり――。


「恐れながら、上皇陛下、それはグレイ卿と皇族との婚姻を認めるということでしょうか?」


 ホルス軍務卿のどこか熱の籠った言葉に、広間中が、蜂の巣をつついたような騒音に満たされる。

 もちろん、そのどれも軍務卿の正気を疑う否定的なものばかり。


「グレイが功と力を余に示せば、我が血を色濃く受け継ぐ孫――リリノアをくれてやる」


 今度こそ、耳を弄するがごとき悲鳴のような驚愕の声が反響する。


「やるといわれてもな……」


 冗談ではない! そんなことになってみろ。あの皇帝のび太が義父となるのだぞ?これ以上、頭が痛くなる事態は御免被る。


「何だ? リリノアでは不満か? ならば余の末の娘――オリヴィアなどどうだ?」

「恐れながら、オリヴィア殿下は既にビットスレイ王国の第一王子殿と婚姻関係を結んだばかり。流石に今更――」


 カイゼル髭の男が慌てて制止に入るが、イスカンダルの眼光により黙らされる。


「余の言は絶対だ」

 

 奴がただそれだけを述べただけで、あれだけ騒がしかった広間は途端に静まり返る。


「勝手に話を進めるなよ。第一、あんたの理屈でいえば皇族と婚姻を結んだ程度で、その劣等の血とやらはなくなることはあるまい。違うか?」

「リリノアかオリヴィアと子を作れ」


 再度、つむじ風に襲われたように広間が騒めいた。


「くそ筋肉達磨がぁ!!  ふざけたこと抜かすなぁ!! 主様はわっちの――」


ハッチが騒々しく喚き、


『マスターばかり、こすいねん! 儂も皇女ちゃんたちとウフフ、ムフフしたいっ!』


と涙ならに叫ぶ駄剣。


「だからさ、なぜそうなる?」


 イスカンダルの捻じれた思考に全くついていけない。どうでもいいが、こいつぶっ飛びすぎだ。


「リリノアとオリヴィアは余の血を色濃く受け継いでいる。二人の娘の子はまごうことなき余の血脈。ならば貴様も余の血脈となる」


 要するに、子供が皇族になるから、その血を引き継ぐ私の血も優秀な血統となるということか。またもや、『卵が先か鶏が先か』の理論だ。

 今薄っすらと理解した。こいつと私ではそもそも基礎にしている常識が違いすぎる。

 上皇にとって国や家督とは己のサラブレットの血統で支配し、強くするものなのだろう。とてもじゃないが、現代人の思考ではない。中世、いやそれよりもずっと過去の発想だ。


「付き合いきれんな」


 これ以上この場にいても、面倒ごとが徒党を組んで襲い掛かってくるような気がする。そろそろ、この場から暇乞いをしよう。

 流石にこんな野獣の前に残しておくわけにはいくまい。腰を抜かしてしまったジレスをそっと抱き上げる。


「っ!?」


 ジレスはビクッと身を竦ませるが、私の首にしがみ付いてきた。その全身を小刻みに震える様からして、相当恐ろしかったのだろう。下手をすれば非科学的な理由で貞操を奪われたかもしれないのだ。無理もないか。

 歩き出すが、立ち止まって肩越しに振り返る。


「あーそうそう、この女に手を出すなよ」

「ほう、分を弁えず余に命ずるか?」


イスカンダルの両眼が怪しく光る。


「そうだ。手を出せば完膚なきまでに叩き潰す」


 激怒するかと思ったが、イスカンダルは声を上げて笑いだす。


「いいだろう。グレイよ、貴様が余の血脈となった暁には、その女も貴様にくれてやる」


 そもそも、ジレスはお前のものではないだろう。この野獣イスカンダルと話していると頭が痛くなる。


「ホント、とことんまで話が通じん男だな」

「健闘を祈る」


 まるで野獣に語り掛けているような空しさを覚えながらも、私は広間を後にする。


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