第19話 気まずい雰囲気
ジレスを抱えながらも、柱の陰で帝都レムリア中央区にあるサガミ商会の私の自室へと転移する。
ジレスはサガミ商会員との取引経験がある。男装をしていたってことは、女性であることを知られたくないということ。そこは考慮すべきだと思う。
「……」
真っ赤になって、俯いているジレスに首を傾げながらも、永久工房にある万物収納の中から、成人男性の衣服を取り出し、それをベッドの上に置き、
「私はこの屋敷の一階にいますから、その衣服に着替えたら下りてきてください」
指示を出し部屋を出ると、一階の応接間へ行き、人払いをすると、牛皮のソファーに座る。
一階に降りてきたジレスは、男性用の衣服に着替えており、いつもの姿へと戻っていた。
ただ一つ問題があるとすれば――。
「あのぉ、ジレスさん?」
「なんだい、グレイ君?」
一応、絶やさぬ笑顔を向けてくるが、目がまったく笑っていない。
「爵位の獲得おめでとうございます」
「ありがとう」
うーむ、会話が続かんな。どうにも気まずい。
「あの上皇の件はお気になされないで結構です。当分は手を出してはきませんよ」
これだけは、断言してもいい。
あの上皇イスカンダルは思考からぶっ飛んでいるが、奴なりの筋は通すはずだ。奴が一度、ジレスを私への報償の対価と認識した以上、指一本触れることはないだろう。少なくとも、この度の奴とのゲームで私の敗北が明らかになるまでは。
「う、うん」
私の言葉に顎を引き、その顔は忽ち林檎のように真っ赤に変わっていく。
数時間前までの私は、どうして彼女を男性だと思っていたのだろう?
確かに、数時間前のジレスはあんなに豊満な双丘などなかった。多分、サラシでも巻いていたのだろうが、それ以外はあのドレス姿と大して変わっちゃない。
今から思い返せば、おかしい所ばかりだった。
声も男性にしては高すぎるし、身体つきも胸を差っ引いても女性特有の流線形をしている。顔も中性的ではあるが、間違っても男性には見えない。
誤った理由をしいて列挙すれば、女性にしては背が高かったことと、男性のごとき言葉遣いと振舞いがあまりに違和感がなかったことか。
「上皇の言い分はあまり気になさらないでください。妄言の類ですよ」
ジレスは初めて敵地に足を踏み入れたような険しい顔で私を見つめてくると、
「グレイ君は上皇陛下との勝負に勝ったら、僕をどうするつもり?」
阿呆なことを尋ねてきた。
「あのですね。ジレスさんまで何言っているんですか。もちろん、どうもしませんよ」
ジレスは暫し、うんざり気味に首を左右に振る私の様子を眺めていたが、
「少し、退屈な話をしていいかな?」
姿勢を正すと、確認をとってくる。
「ええ、伺いましょう」
ジレスは僅かにそして、どこか寂しそうに微笑むと口を開き始める。
◇◆◇◆◇◆
話の内容はジレスの過去。この世界ではよくある話だ。そして、なぜ私が今の今までジレスを男性と勘違いしていたのかの理由がわかった。
「一人娘だったから家督相続のためにジレスさんは幼い頃からずっと男子として育てられた。でも男子の跡取りが生まれたからお払い箱ってわけですか……」
本来、商人として大成しているジレスからすれば、爵位など大した金にもならぬ取るに足らない称号の一つに過ぎない。なぜ、爵位に拘るのかについて、常々疑問だったのだ。ようやく、彼女の気持ちが朧げだが理解できた。
いくら、幼い頃から男だと言い聞かされても、成長期を過ぎれば己が男ではないことくらい否応でも気づく。それでも、男として扱う両親や祖父にジレスがどんな気持ちだったかなど考えるまでもない。しかも、男子ができたらからお払い箱になるなど、当時の彼女がどれほど傷ついたかなど予想するに容易い。
今まで必死に歩んできた人生を否定されたのだ。それは爵位についてコンプレックスの一つくらい抱く。
「父上や祖父達に思うところがないと言えば嘘になる。でも男としての振舞いに長けていたからこそ、商人としてやっていけた。何より、商人として活動していたからこそ、君に出会えた。だから僕はこの人生をもう悲観しちゃいないよ」
ジレスは強いな。内心ではとても割り切れてなどいないだろうに、それでも健気に受け入れようと努力している。
「私もジレスさんに会えて良かったですよ」
ジレスは瞼を固く閉じると、明るい笑顔を作り、
「ありがとう」
謝意を述べると席を立ちあがる。
「僕はそろそろいくよ」
「途中まで送りますよ」
私も席から腰を上げると、応接間の出口まで歩を進める。
「いや、ここでいい」
「そうですか。わかりました」
上皇も動かないだろうが、一応、スパイを彼女の護衛に付けて置こう。
応接間出口でジレスはクルリと私の方へ向き直り、
「ねえ、なぜ僕が君に昔話をしたと思う?」
両手を腰の後ろに回して私を見下ろしつつも尋ねてくる。
「いえ、なぜなんです?」
「わからない?」
「ええ」
ジレスは大きくため息を吐く。そして――。
「じゃあ、ヒント、僕は身体だけじゃなく、心も女なんだよ」
「はぁ……」
正直、ジレスが何を言いたいのかが私にはさっぱりだ。
「上皇陛下との勝負、絶対に勝ってね」
「それはもちろ――」
言葉は最後まで紡げない。理由はジレスの唇により、遮られてしまっていたから。
小さくて甘いジレスの唇の感触に身動き一つ出来ずにいる私から、彼女は離れると、全身を真っ赤に紅潮しつつも、クルリと踵を返し逃げるように部屋を出て行ってしまう。
『あんな美人まで……マスター、ホンマ憎たらしいほど羨ましいっすわ』
駄剣の妙にしみじみとした感想の言葉に、反論を口にすることもできず、ただ茫然とジレスの去った扉を眺めていた。
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