第17話 爵位授与式


 ホルス軍務卿の屋敷を出て一旦、サガミ商館に戻ると意外な来往者と出くわした。


「久しぶりです。ジレスさん」

「うん。そうだね。お互い元気のようで何よりだよ」


 互いに忙しく随分と会ってなかったからな。

 

「御活躍ぶり、頻繁に耳にしていますよ」


 カレラス商事は毎年事業規模を拡大し、今年の総売り上げが遂に世界ベスト500内に入ったそうだ。

 世界ベスト500といえば、世界に数多いる豪商達の500人だ。名実ともに、世界の頂点への階段を上り始めているのだろう。


「サガミ商会との事業提携のおかげだけど」

「それは、謙遜ですね」


 それだけで実力至上主義を謳う商人達の世界の頂に上り詰められるはずがあるまい。


「そんなつもりは、毛頭ないんだけどね」


 ジレスは困ったようにため息を吐くと、


「今ラドア地区で大規模な開発計画が進行中みたいだけど?」


 核心となる情報を尋ねてきた。


「流石に耳が早いですね。ある程度、安定したら紹介しようとは思っていたのですが」


 大規模な事業計画というと、鉄道の件だろう。既に商業ギルドには、特許を申請しているからな。商会の幹部辺りから噂が広まったのだろう。

 今サガミ商会の総力を挙げて調査中の油田の採掘に成功すれば、直ぐにでも自動車等の交通機関の開発に着手しようと思っている。


「ホントにすごいよ、君は! 一体どこまで行くつもりだい?」


 どこまでか。そんなの決まっている。


「行けるところまでです」

 

 道がなければ開拓すればいい。物がなければ作ればいい。人間にはそれができる。

 暫し、ジレスは私の顔をマジマジと眺めていたが、何かを己に言い聞かせるように大きく顎を引く。


「僕もいくつか魔法で可能な利便性あるものについて、考えてきたんだ。科学の分野で商品化できないかな?」


 久々にあったのにもう商売の話か。相変わらず、商魂たくましい人だ。だが、この方が私達らしいのかもしれないな。

 だから――。


「どんな話です?」


 私は尋ねたのだった。


     ◇◆◇◆◇◆


 商品開発についてのミーティングが終了し、ジレスは帰っていった。

 さて、時間には少し早いが、そろそろ私も本日の式典の準備でもするか。衣服は指定もないしスーツで構うまい。こんな時のために衣服を作っておいてよかった。

 それにしても、爵位無用論者のこの私が、己の陞爵しょうしゃくのための式典に出席するなど、とんだお笑い草だ。

 

 スーツに着替え、式典の時間までサガミ商会の有力商品である珈琲を飲んだ後、宮廷へと向かう。

 大通りメインストリートをひたすら直進すると、その終点には大きな湖があり、吊り橋により、向こう岸にあるとんでもなく巨大で絢爛な石造りの城と繋がっていた。

そして吊り橋の傍には始皇帝を象った軽く7~8メートルは超える銅像が静かに佇んでいる。

 芸術的価値は凄まじいのだろうし、これを作る労力も賞賛には値するのだろう。

 その一方で、これを作る精力をもう少し産業や開発、ないしは一般公共施設に回せばよいのにとも考えてしまうのは、現代人的な感覚なのだろうか?


「やあ、グレイ君」


 背後から声を掛けられて肩越しに振り返ると、財界の最高権力者が右手を上げていた。


「こんにちは、ライナさん」

「キャメロットにギルド会館を作ってくれてギルド総員、心から感謝するよ」

「いえいえ、こちらこそラドルの発展には商業ギルドの協力が必要不可欠。私も助かっておりますよ」


 ギルド会館を作ってからというもの、日々凄まじい数の商人がラドア地区へと入り込み、その発展が著しく促進される状況だとの報告をジュドから受けている。

 領税を近々なくすことは、帝国政府から通達を受けているが、流石にそれだけにしては参入を始める商会の数が多すぎる。各国の商会が入り込むに値する重大な理由でもあるのかもしれない。

 もちろん、軍事や経済産業のスパイの目的とも考えられるが、どの道、軍事については秘匿を徹底させているから当分は洩れまい。経済についても、特許をとってしまえば、世界の科学の発展は私の望むところでもある。今は過剰に警戒する必要はないのだ。


「それはよかった」

 

 社交辞令的な挨拶が終わり、ライナが顔から笑みを消す。この手のリアクションをとるライナを見るのは初めてだな。


「どうかしましたか?」

「もしかしたら、この式典で大馬鹿者が君を怒らせることがあるかもしれない」


 キュロス公モドキだろうか。この帝国のクソさ加減は嫌というほど骨身にしみている。今更意外性など皆無だが。

 とはいえ、ライナも帝国の高位貴族の一員だし、懇意にしている私が暴れては面子が潰れるんだろう。ライナは私の極めて重要なビジネスパートナーの一人。失望させることは控えねばなるまいね。


「わかってます。我慢しますよ」


 ライナは大きく左右に首を振ると、


「いや、その必要はないよ。ただ、これだけは頭に入れていて欲しい。例え世界が敵になっても、商業ギルドは君の側につく。その事実を」


 そんな意外極まりないことを言い放つ。大袈裟に言っているのだろうが、それでも後ろ盾がいない私としてはこれほど力強い言葉はない。

 だから、


「感謝します」


 ただそれだけを伝える。ライナは満足そうに頷くといつもの飄々とした奴に戻ったのだった。


 吊り橋を渡って巨大な城門を過ぎるとそこは庭園になっていた。

 本当に全てがびっくりするくらい大きく、広い。

 周囲の貴族達は、御前会議で見たことがある者達ばかりのことからも、招かれているのはほとんどが高位貴族ばかりなのだろう。現にごく一部以外は、私を一目見ると不快そうに顔を顰めていた。

 

「これはグレイ卿、この度はお祝い申し上げます」


 形のよい髭を生やした長身の紳士が私達に合流する。


「どうも、御無沙汰しております」


 マクバーン辺境伯も招かれていたか。皇族とは親戚関係にあるらしいし当然だろうな。

 

何気ない話に花を咲かせながら真っ赤な絨毯のビロードの上を歩いていくと、天井が吹き抜けとなった大広間へ至る。

 真っ赤な絨毯の階段が今まで目にしたこともないような豪奢な椅子まで続いていた。

 ここを表現すれば玉座の間だろうか。

 案の定、集団は三つに分かれていた。

 最大の勢力はこの場に六割近くいる門閥貴族の集団。

 次が、玉座の脇の階段に既に控える各大臣達。この列の中にはジークの姿もあった。ジークは私を目にすると、両手を上下に振るジェスチャーをしてくる。焦燥溢れる顔から察するに、あれは何があっても抑えろということだろうか?

 私とて無駄ないさかいなど好まない。ただ、相手がそれを望むなら付き合うだけなのだ。つまり、それは完全に相手次第ということになる。そのくらい、ジークなら当然知っているはずなのだがな。

最後が、完全放置された私達だ。


(ん?)


 門閥貴族達の集団から少し離れた場所で、透き通るような青色の髪をショートカットにした美しい女性が視界に入る。その真っ白なドレスは青髪の上に飾られた白い花ととても似合っている。

あの女性、どこかで見たことがあるんだが……。


『マスター、それ本気で言うとりまっか?』


 駄剣ムラの心底呆れたような疑問の声に、


「それどういう意味だ?」


 咄嗟に聞き返すが、


『はあ……』


駄剣ムラは深いため息を吐いたのだった。


「少し失礼するよ」


 ライナが私達から離れると、青髪の女性へと近づいていき、話し始める。

 ライナの知り合いということは、商業ギルド関連。ならば、見たことがあっても大して奇異ではないな。うん。


『ホンマ、マスターってお人は……』


 左右にゆっくり柄を振る駄剣ムラを右手で小突いていると、ライナが青髪の女性との話を終えて私の元まで戻ってくる。


「そろそろ、式典の時間のはずだけど……」


 ライナが腕時計を眺め、そう呟いたとき、文官の青年が慌てたように広間に飛び込んでくると、息を整えて――


「上皇陛下のおなーりー!」


 震えた叫び声を上げる。

 途端、今まで騒がしかった門閥貴族達は速足で、脇にずれると頭を下げる。


「やはりこうなったか……」


 ライナが不快さを隠そうともせず、そう独り言ちる。


(上皇? 皇帝ゲオルグではないのですか?)

(宰相もいないところ見ると、多分、ゲオルグ達は予定をずらされたんだ)


 何となく事情の予想がついた。要するに皇帝であるゲオルグに嫌がらせをして、ここの到着を遅らせたのだろう。


(行こう。奴を怒らせると厄介だ)


 ライナの奴、珍しく相当焦っているな。普段憎たらしいほど冷静なマクバーン辺境伯の額にも大粒の汗が張り付いている。

 ふむ。少々、興味が出てきたな。私もライナ達に混ざって参列に加わる。

 

 正面の扉が開き、二人の男女が姿を現す。一人が槍を持つ銀の鎧に身を纏った長身の女であり、もう一人は全身に傷を持ち、顎が抉れて存在しない細身の男。

 そして、彼らに守護されるように背後から二メートルを優に超える銀髪の大男が悠然と姿を現す。

 下げていた私の顔は自然と上を向き、奴の姿に引き付けられる。そして、それは奴も同じ。


「ほう……」


 周囲に並ぶ家臣など全く気にも留めなかった銀髪の大男は初めて足を止め、私を見下ろす。

そして予定調和のごとく衝突する二つの視線。

 

これが怪物グレイと覇道を歩みし帝王との初めての邂逅だったのだ。


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