第13話 第一課題完全クリア

「驚いたな」


 黙々とGクラス建物建築の労務に従事する生徒達を眺めながらも、私は素朴な感想を口にする。

ミアが【風刃ウインドカッター】により周囲の樹木を切り倒し、クリフがプルートの作成した設計図通りに【風の彫刻刀】により、寸法を合わせ、細工を施す。

なんでも、プルートが学院の図書館から借りてきた建築用の本から、設計図を描いたそうだが、素人がそう簡単にできるもんじゃない。プルートは相当な有望株だ。正直、彼が軍人を目標にするなど国家的損失以外の何物でもないが、本人が成りたがっているのだから仕方ない。

クリフは相当器用なようだ。芸術的なセンスもあるらしく建築っぽい体裁を整えている。


「テレサ、そこの柱をそこの端にくっつけてくれ!」

「はーい。よいしょ」


 強化魔法――【肉体強化】により、軽々と大木を持ち上げたテレサが、【粘土細工】で均した土壌に、【強化水ボンド】により、設計図通りに木材を接着させていく。

 それにしてもまさかたった一日で、新種の魔法を扱えるレベルまで昇華させるとはな。本来、この課題ミッションは完遂できないことへの絶望感と、視点を少し変えるだけでどんな困難でも克服できるという魔法についての意識的限界リミッターを排除することを目的としていた。まさか、一晩でクリアされるとは夢にも思わなかったのだ。

 魔力量まで記載したのは少々ヒントを与え過ぎだったか? いや、仮に気付いても新種の魔法を行使し得るようになるのは、やはり相当難解なはずだ。

これなら課題ミッションのクリアは確実。早速来週からでも次のステップに進むとしよう。


「想像以上に楽しめそうじゃないか」


 彼らの今回の成功は、才能などという陳腐なものではなく、彼ら自身で考え、話し合い、成し遂げたもの。だからこそ、価値がある。

 いいね。私もこの者達に幾分興味が湧いてきた。もう、泣いても喚いても逃がしてはやらんぞ。一から徹底的に叩き込んでやるさ。


『マスター、今、いつもにも増してめっちゃ、えげつない顔してんで』


 うんざりしたようにムラが語り掛けてくる。


「そうかね?」

『今のマスター一目見たら、きっと地縛霊でも裸足で逃げ出すと思うで』

「むしろ、えげつなくなるのはこれからなのだがね」

『うへぇ、なんまいだぶ、なんまいだぶ』


 生徒達に向けて憐憫のたっぷり含んだ念仏を唱えるムラを無視して、私は今後の彼らの教育につき、考えを巡らせ始めた。


     ◇◆◇◆◇◆


5月10日午後二時


 期限の一日前の午後、小さな村の小学校ほどもある一階建てのログハウスが聳え立っていた。

 四人ともフラフラだがあれだけ魔法を行使したのだ。むしろその程度で済んでいることが驚異的だ。他の一般生徒と比較して四人とも魔力保有量が段違いであることの証明だろうさ。教えいじめがいがあるってもんだ。

 

「諸君、第一課題ミッションコンプリート、おめでとう」


 ログハウスの前で、私は数回拍手をし、四人を見渡す。

 クリフは不機嫌そうにそっぽを向き、テレサはキラキラと好奇心に目を輝かせながらもできたばかりのログハウスに熱い視線を送っていた。

 対して、ミアとプルートは運命と取り組むような真剣な顔つきで姿勢を正している。


「先生、さっそく魔法を教えてくれ!」


 身を乗り出して叫ぶプルートに、ミアも無言の同意をしてくる。

 案の定、壮絶に勘違いしているな。私は別に彼らに魔法を教えるためだけに、この場に立っているわけではない。思い違いは、正さねばならないね。


「そう、焦るな。例え拒絶しても教えてやるさ。それにな、魔法など所詮付録だ。君らが学ばねばならぬものは多岐にわたる。それを自覚しろ」

「「「「……」」」」


 例外なく当惑の表情を浮かべる一同。やはりか。ならば、まずは、最も基本的な質問をしよう。


「ふむ、君らは将来どんな夢を持つ。非現実的でも構わない。答えるのだ」


 私の質問に全員が眉を顰めつつも、


「俺は魔導学院を卒業して、正規軍に入る」

「ミアもなの」


 プルートとミアが何の躊躇いもなしに軍隊への志望を述べ、


「僕は父の後を継ぎミラード領の次期領主となる!」


 右拳を振り上げ、クリフが力説し、


「わたくしはお嫁さんかな……」


 テレサは薄紅色に染まった頬を両手で覆い、くねくねと細い腰を動かす。

 予想通り、まだ誰もまったく朧げにも決めちゃいないってわけか。今の彼らはただ運命に流されているだけだ。まあ、彼らの年齢で主体性を求めるのもどうかと思うが、それを導くのも師の務めだろう。

ともあれ、これ以上今の彼らには何を尋ねても、何を語っても意味はない。それを理解する土壌がないのだ。私がいくら力説しても徒労に終わる。


「気が変わった。本日の授業はこれで終了だ。明日から本格的な授業となる。休息はしっかりとっておくように」

「ちょっと待ってくれ。俺達には時間が――」

「そんなフラフラでは真面な思考もできまいよ。これは教官としての命令だ。休め」


 それだけ伝えると背を向け転移を発動しようとする。そこで伝えねばならぬことを思い出して肩越しに振り返り、


「あ、そうそう。これから帰宅は必ずお前達4人でするように。背いたものには、スパイのペットの蜘蛛達と一晩仲良く添い寝してもらう」


 有無を言わせぬ指示を出す。

 この一週間、ミアの送り迎えは私がしていた。大した手間ではなく私自身はそれで構わない。だが学園内で保護者がいつもついているのは、ミアのためにならぬ。Gクラスの生徒同士の相互扶助は必要不可欠なのだ。


「蜘蛛達と……添い寝?」


 子供達から急速に血の気が引いていく。


「チェック、頼むよ、スパイ」

「御意!」


 スーと現れる黒装束の男――スパイに、ビクッと身体を硬直させる生徒達を視界に入れつつも私はストラヘイムへ転移した。

 

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