第14話 冒険者ギルドでの登録
ではさっそく、ストラヘイムの冒険者ギルドへと向かうとしよう。
元より、13歳になったら登録だけはしようと思っていたのだ。それにストラヘイムや帝都レムリアにある迷宮には冒険者でなければ入れない。登録は必須といえる。
ストラヘイムの冒険者ギルドの支部は、街の丁度中心にある四階建ての巨大な建物だ。
ストラヘイムを支配するのはこの冒険者ギルド。他の商人と同様にサガミ商会も年間多額の寄付をしている。冒険者ギルドとは大規模な継続的取引関係にあるし、何よりその方がこの都市内では色々やりやすいのだ。
荘厳な木製の扉の脇には、盾の中に剣が納まり、そして双方から二つの矢が伸びる
扉を押して中に入る。
左脇は円形のテーブルが多数置かれたカフェのような場所。とまあ、飲んでいるのは珈琲等ではなく、サガミ商会の有力商品の一つ――ビールのようだが。
右脇は武具や道具などの冒険の必需品の販売店が敷き詰められている。サガミ商会は武器にはまだ参入していないが、私も冒険者になることだしいい機会かもしれん。一つ造ってみるもの面白いかもな。
正面には一度に十数人が対処できるような大型の受付。そのうちの一つで冒険者の対応に当たっている黒髪の女性のところまで足を運ぶ。
「うん? 君、どうしたのかな?」
受付の黒髪の女性は、身をかがめると私に優しく尋ねてくる。
「もちろんギルドに用があってきたのだよ」
私のおっさん声に黒髪の女性は、目を見開くも直ぐにぎこちない笑顔で、
「失礼しました。どのような御用でしょうか?」
丁重な対応を開始した。
そういえば今の私は仮面をつけているしこの声なら背の低い大人とみなすのが道理だ。
とはいえ、大人とみなされてまずいことなど全くなく、むしろ都合がいい。このまま押し通らせてもらう。
「冒険者の登録をしたいのだが?」
「登録ですね。それでは、こちらに必要事項をご記入いただけますか?」
「ふむ、了解した」
羽ペンで羊皮紙に記載事項を記入していく。
偽りを記入すると後々面倒そうだ。
名前はグレイとしておこう。これなら偽りではないからな。
職業は商人、性別は男、戦闘ジョブは魔法師。ここまでは大して悩まない。
問題は年齢だ。13歳と書いてもいいが、そうすると、この声と仮面の意義がなくなるが……。一応空欄で提出してみるとする。
黒髪の女性に渡すと、
「年齢の記載がないようですが?」
「書く必要があるのかね?」
「はぁ、必須となっていますので、記入がないと登録ができません」
13歳以上でないとギルドの登録ができないわけだし。それもそうか。
仕方ない。私には迷宮へ潜るべき理由がある。それに生徒達の修行の場としても絶好の場所なのだ。ギルドの登録は必須。それに私と特定されたからといって、若干今更な気もするしな。
「わかった。では13歳と記入してくれたまえ」
「13歳……」
マジマジと私の姿を疑いたっぷりな目で凝視してくる黒髪受付嬢。
「手続きをお願いしたい」
強く求めると受付嬢は大きく頷く。
「では登録料として、1万Gいただきます」
私が金貨一枚を渡すとカウンターの奥へと消えていった。
「これがギルドカードとなります」
待つこと五分、黒髪の受付嬢から木の板を渡される。名前と番号だけが刻まされたただの木板。別紙にでも記録しているんだろうが、流石にこれはないんじゃなかろうか。
「ありがとう」
「では、冒険者ギルドについて説明させていただきます」
受付嬢から得た内容は主に次の通り。
冒険者は、冒険者ギルドが管理するいくつかの迷宮等のダンジョンへの立入権を持つ。そして、冒険で得た魔石や素材などを受付で売却することができるのだ。
さらに行政や民間からの依頼をクエストという形で受けることも可能。武具や道具に関しては冒険者ならば、多少の割引が効く。
冒険者にはHからSまでのランクがあり、Gランクへ上がるとき、木板から、鉛のプレートへとカードが切り替わる。なるほど、偶に話でてくるプレート持ちの冒険者とはそういう意味だったか。ランクの上昇は特定クエストの複数クリアによりなされるらしい。
シーザー達と一定の関わりがあるせいか、ほとんどが既知の事実だったが、やはり、このクエストというシステムは、弟子達の修行にはもってこいだな。
「では私はこれで」
踵を返し支部会館を出ようとするが、
「足手纏いがっ! またしくじったな!」
ドスの利いた怒声が鼓膜を震わせる。思わず、声のするカフェの方へ顔を向けると、椅子に踏ん反り返っている数人の男女とその前に佇む筋骨隆々のスキンヘッドの男が視界に入る。
そのスキンヘッドの男は、右手で前髪がやたら長い黒髪の子供の胸倉を掴み、高く持ち上げていた。
「ごめん……なさい……」
苦悶の表情で謝る子供に、
「謝って済むような問題じゃねぇんだよ! あの魔石、いくらすると思ってんだ!」
スキンヘッドの男は、怒鳴りつける。
「で、でも、周囲に魔物いたし、魔石の回収なんて無理――」
「はーい、口答えOK!」
二人の女を侍らせた煌びやかな鎧に身を包んだ紫髪の青年がそう叫ぶと、スキンヘッドの男が黒髪の子供の頬を平手打ちにする。
(あのやろう……)
頬でも切ったのだろう。口から血が出る黒髪の子供の姿を眺めながらも、
「ときに、子女、あの汚物は?」
素朴な疑問を尋ねる。
「あれは
黒髪の受付嬢は、下唇を噛みしめながらもそんなどうでもいい返答をする。
「ランクなど知ったこっちゃない。ギルドはなぜあれを取り締まらない?」
「伝統的に冒険者の各パーティー内の教育に、ギルドは基本、不介入でして……」
「あのな、あれが教育だと、君はいうのか?」
「思いません。でも――」
「そう主張されてしまう。そういうことか?」
「ええ」
なおも震える小さな唇からも、少なくとも彼女はこの光景を是とはしていまい。それでも、何もできない悔しさがありありと、見て取れた。
「そうか」
ならば、勝手にさせてもらう。どの道、あ奴らの行為は、私のルールに抵触している。
「ちょ、ちょっと、グレイさん!?」
受付嬢の焦燥溢れた声を背中に浴びつつも、私はゆっくり、奴らの傍まで歩いていく。
「おい、ゴリラ、その子供を離せ」
「あぁ!?」
スキンヘッドの男は、私を見下ろし、青筋をたてて威圧をしてくる。
「うむ、やはり、人語が通じないようだ。当然だな。だってゴリラだし。だが、そうすると、まいったな。私はゴリラ語など話せんぞ」
「てめぇ、誰にものを言っているのかわかってんのかぁ!?」
激高し少年を床に放り投げ私に向き直ると、スキンヘッドの男は顔を傾けて、指を鳴らし、私に詰め寄ってくる。
「ほう。ゴリラが人語を操るか。驚嘆に値する!」
感嘆の声を上げて喝采を送る。
「て、てめぇ!!」
剃り上がった頭部にいくつもの血管が浮き出ていく。
「なーに、あいつの声、気持ちわるぅ」
眼つきの悪い紫髪の青年――ムンクにしがみ付く取り巻きの茶髪の女が私に視線を固定し、嫌悪の声を上げる。
「ねぇ、ムンク、やっちゃってよぉ」
もう一人の水色の髪の女も甘ったるい声で、そんな私にとって願ってもない要望を口にする。
「わかったよ、その気色悪い声のチビ、少し教育してやれ」
「言われなくともそのつもりだぁ!!」
スキンヘッドの男は右肘を引き、私の顔面に右拳打をはなってくる。
何が教育だ。木製の床なら粉砕できる威力だぞ。子供にまともに当たれば首の骨をへし折ってもおかしくはない。要するに、こいつらにとって人の死とはその程度のものに過ぎないのだろう。
(たっく、反吐がでる)
まるでスローモーションのように迫るスキンヘッドの右拳を床に屈んで避けると、男の足を払う。
スキンヘッドの男は、まるで駒のように空中を数回舞うと顔面から床に激突する。
私は木製の床に顔面を僅かにめり込ませているスキンヘッド男の後頭部を踏みつけた。
「は、放せぇっ!!」
スキンヘッドの男は、ジタバタと暴れ私の足から逃れようともがくが、縫い付けられたようにピクリとも頭部は動かない。逆にミシミシと軋み音を立てて、めり込んでいく。
「おうおう、随分タフじゃないか。ほら、頑張れ、頑張れ」
床を破壊しつつもめり込んでいくスキンヘッドの頭部。
「や、止めでぇ――」
そんな救いを求める声などガン無視し、私は右脚の力を籠めていく。
「ぐひっ!」
踏みつぶされた雨蛙のような哀れな声を上げ、頭部は完全に床にめり込み、ピクピクと全身を痙攣させる。一応生きているし、問題あるまい。
真っ青な幽鬼のような顔で私を見る二人の取り巻きの女とは対照的に、ムンクは椅子から立ち上がり抜刀した上で油断なく構えていた。このムンクという男、先ほどとは別人だ。一応は、Aランク。相手の実力くらいは、判断がつくらしい。
私はムンクなど気にも留めず、黒髪の子供に顔だけ向けると、
「君、名は?」
率直に尋ねてみた。
捨てられた子犬のように震えながらも、黒髪の子供は、
「エイト」
恐る恐る返答する。
「ではエイト、君はこの愚物共のファミリーを抜ける気はあるかい?」
手を差し伸べた。あとはこの子供の決断すべきこと。私は破滅願望のあるものを無理に救うほど酔狂ではないのだから。
「エイト、お前、わかってるんだろうな!」
私に身構えながらも、ムンクが黒髪の子供――エイトに脅しの言葉を投げかける。
「僕は――抜けるよ! こんなファミリー、もう真っ平だっ!!」
「貴様っ……」
喉が裂けんばかりに叫ぶエイトにムンクが、憤怒をたっぷり籠った言葉を絞り出す。
「だそうだ。で、どうする? その玩具で私とやり合うかね?」
私は危害を加えるものに一切の容赦はしない。仮にも剣を抜いたのだ。それで殺意を持って放つなら、奴にはそれ相応の報いを与えてやる。
「俺達をブレスガルムと知っての愚行か?」
確か、
「くだらんな。お題目がなければ喧嘩一つできぬか。そんなに怖いなら部屋の隅で震えておればよかろう」
「貴様……」
奴の目が据わった。どうやら、私が最も望む展開になりそうだ。
私も重心を低くするが――。
「双方、そこまでだ!!」
制止の声が飛び、長い金色の髪を後ろで縛った美青年がカウンターの奥から姿を現す。
こいつか、面倒な奴に会ったな。
「ムンク、引け」
長髪の美青年の有無を言わさぬ言葉に、暫しムンクは奥歯を噛みしめていたが、気を失ったスキンヘッドを担ぐと、
「覚えたぞ。必ずこの借りは返す」
すれ違いざまにそんな捨て台詞を吐き、女二人を引き連れてギルド会館の外へ出ていく。
やれやれ、これで一件落着……とはいかぬだろうな。滅茶苦茶怒ってるし。
「久しいな、グレイ」
蟀谷に太い青筋を漲らせながら、Sランクの冒険者シーザーのチーム――グローリーのNO2――ウィリー・ガンマンは邂逅の言葉を口にした。
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