第12話 Gクラス初課題検討 ミア・キュロス

 シラベ先生はボロボロの三階建ての屋敷までくると、


「聞いていたが、これは酷いな……」


 そんな感想を述べる。

 気持ちはすごくわかる。だって壁など至る所が傷んでいて隙間風がヒューヒュー吹いてきており、昨晩毛布にくるまっていたがかなり寒かったのだ。


「これでは、あまりに不用心だ。先ほどのようなトチ狂った輩が襲ってくるとも限らん。早急に、この寮も対策を立てねばならないか」


 そう独り言ちると、仮面越しに視線をミアに向けてくる。


「おでこを切っているじゃないか」


 ポケットから綺麗な布を取り出すと、先生はミアのおでこをそっと拭く。


「瞼も腫れているな。ミア、少しの間、目を瞑っていなさい」

「え?」


 情けなくも聞き返す声が裏返ってしまっていた。


「目を閉じてなさい」

「は、はい」


 そっと瞼を閉じ待つと、先生が近づく気配がする。

 理由は不明だが、心臓の鼓動が痛いくらいに打ち付けて、代わりに真っ赤に顔が発熱していく。

 どうしちゃったんだろう。こんなの初めてだ。

 右の頭部に生じた暖かな感触。そして――。


「もう開けていいぞ?」

「え?」


 疑問の声が口から滑り出し、開けると先生はミアから少し離れた位置に立っていた。


「どうだ? もう痛くないだろ?」

「痛み?」


  そういえばあれだけ自己主張していた痛みは綺麗さっぱり消失しているような。

  恐る恐る石が当たった部分に触れると傷一つない綺麗なミアのいつもの肌。


「癒しておいた。もう大丈夫だ」


 右手で己の綺麗な肌に触れる度、正体不明の強烈な羞恥心が襲ってきて、先生に背を向けて、建物の中に逃げ込もうとしたが、


「待つのだ。まだ話は終わっていない」


右手首を掴まれる。


「放して欲しいの」


 どうしてもトマトのようにみっともなく発火した顔を先生に見られたくはなく、顔をそむけたまま、それだけ要求する。

 先生は、ミアの右手に書簡を握らせると、


「ふむ、このレジュメは君に渡しておこう。では、今晩、皆で検討するように」


 そう呟くと、学院校舎の方へ歩いていってしまう。


     ◇◆◇◆◇◆


 Gクラスの寮に入り、全員を一階の大広間に集め、シラベ先生から渡された資料を配って、本日受けた授業の内容を三人に知らせる。


「できなくて当然だ! こんな魔法あるわけないだろ!!」


 クリフが資料を腐りかけたテーブルに叩きつけ、激高した。


「うるせぇなぁ! 今、読んでんだから少しは静かにしろよ!」


 食い入るように凝視していたプルートが、不快そうに顔を歪めてそう吐き捨てる。


「君はそんな荒唐無稽な話を信じるのか!?」

「信じるね」


 即答すると、クリフから資料に視線を戻して熟読を再開してしまう。

 プルートの淡泊極まりない反応に、クリフはムッとした顔つきで鼻の穴を膨らます。

 再度口を開こうとするクリフに、


「そこに記載されている魔法はちゃんとあるの」


 ミアはそう断言する。

 シラベ先生が三つの魔法を発動するのをこの目で見ていたのだから、それは間違いない事実。


「ならなぜ、詠唱しても発動すらできない!? おかしいじゃないか!」

「だからそれをこの資料を見て考えてんだろっ!」


 資料には三つの新魔法に加えて、【火球ファイアーボール】、【風刃ウインドカッター】、【肉体強化】の魔法語ルーンが記載されていた。

 そしてその各魔法語ルーンの文節の上にはそれぞれ1~10までの数値が記載されている。


『ハードモードだよぉ。準備はいいかなぁ?』

「うん! お願い!」


 言い合いにすら発展したミア達を尻目に、テレサは鞄を抱えながら、花が咲いたような顔で快活に返事をしていた。彼女はさっきからずっと、物言う魔法の鞄と戯れており、資料すら目を通さない。


『2、6…………』


 数字を叫ぶ鞄という何ともシュールな状況に、遂に我慢の限度が来たクリフが額に太い青筋を晴らし、


「遊ぶなら自室に戻ってからやりたまえ!」


 テレサから魔法の鞄を取り上げてしまう。


「あー! 何するの! 返して!!」


 憤慨して立ち上がるテレサのあまりの剣幕に、思わず後退るクリフ。そして真っ白に染まる鞄。


『ざーんねーんでしたぁ。0点でーすっ! また、イージーモードから頑張ろうねぇ』


 鞄の無常な声。


「あー!!? せっかく、スタンダードモードまでクリアしたのにぃ!!」


 テレサに親の仇のような視線を向けられて、クリフはビクッと身を竦ませた。


「白……」


 真っ白に染まった鞄に視線を固定しつつ呻くプルート。ミアも引っかかるものを感じていた。

 そもそも、あのシラベ先生が無駄な遊び道具をテレサに貸し与えるだろうか? 

 ミア達は魔法の行使につき何等かの障害があってこのクラスにいる。そして、シラベ先生は、ミアの人生すらも狂わせていた魔法のコントロールの問題をいとも簡単にクリアしてしまった。

 そしてテレサの障害は、魔法発動過程の障害。今回の課題クリアに必須の三魔法が使用できないのは、この魔法発動過程と類似する問題だ。

だとすれば、その鞄に秘密があると理解するのがベストだろう。


「テレサ、少しその鞄使わせてもらってもいい?」

「うん。いいよ。誰かさんが、邪魔してくれたおかげで最初っからやり直しだし」


 ギヌロと射すような冷たい視線をぶつけられ、再度、子犬のようにビクッと身を竦ませつつも、睨み返すクリフ。

 対立する二人など気にも留めず、プルートはミアのところまで近づいてくると、


「ミア、まずは鞄を使ってみてくれ」

「わかったの!」


 テレサから鞄を受け取ると、


『さあ、皆、まずは魔力2を鞄に籠めてねぇ。できるかなぁ♬』


 鞄から聞こえる女性の声。

 2の魔力か。とりあえず、魔力を籠めてみることにした。

 魔力をゆっくりと流し込むと鞄は黒色へと変わっていく。


『ざーんねーんでしたぁ。それは、『4』だよぉ。もう少し込める魔力を弱めようねぇ』

「これってまさか!!?」


 プルートが、シラベ先生の資料へと視線を落とすとその顔を狂喜に染めていく。ミアも資料へと目を通していく。

 

 資料中の【火球ファイアーボール】の詠唱の欄には、『赤き炎よ我が手に集いて力となさん』と記載されていた。

 鞄を持ちつつも、【火球ファイアーボール】の『赤き炎よ』と同程度の魔力を籠める。忽ち、鞄は、真っ赤に染まった。


『よくできましたぁ。じゃあ、次は魔力8を鞄に込めてみようかぁ』


 『我が手に集いて』と同程度の魔力を籠めると、橙色へと変わっていく。


『最後の5の魔力はぁ?』


 『力となさん』の魔力を籠めると鞄は黄色となる。


『マーベラス! イージーモードがlv2に上がりましたぁ』


 ミアにもこの鞄のとんでもないシステムについての予測がついた。


「この数字は――魔法語ルーンの各分節に込めるべき魔力量だっ!!」

「そうなの!!」


 興奮気味なプルートの叫びに、大きく相槌を打つ。

 だとすれば、三魔法の各分節に必要魔力量を籠めつつ魔法語ルーンを詠唱すれば魔法は発動するはず。


「ミア! イージーモードとやらをクリアするぞ」

「うん!」


 プルートに大きく頷き、ミアは鞄の音声に従い魔力を籠め始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る