第6話 入学式と新たな波乱の予感

 聖暦905年5月4日午前7時 帝立魔導騎士学院 学院校舎前坂


 本日は入学式。現在サテラ、アリアの二人と学院の本校舎まで伸びる急で長い坂を上っているところだ。

 入学式は当初、4月初旬の予定だったが学院にいくつか問題が生じたらしく約一か月、延期されるとの通知があった。

 さらに、数日間前に私達宛てに送付されていた内容は、サテラをすっかり激怒させてしまう。


「サテラ、いつまで怒ってるんだよ」

「知りませんっ!」


 相変わらずプリプリとしているサテラを宥めるべくその頭を撫でていると、ガチガチに緊張したアリアが視界に入る。

 最近、アリアはサガミ商会の会員として、ライゼ下町協会との業務につき熱心に動き回っていた。

 飲食店は改修工事が完了した店舗から、レシピと食材を提供して営業を開始。ほぼ全店舗の業績はすこぶる好調であり、半数近くに行列ができていた。

 販売店のいくつかは、サガミ商会が最近開発した新商品を販売したわけだが、忽ち噂になり客が殺到してしまう。

 具体的には、呉服店からは蒸気機関を動力として用いた自動織機の実験的運用により、麻を使っていくつかのデザインの衣服を売り出す。家具店からはコップ等の硝子細工、貴金属店からは装飾品としての腕時計を販売した。

 アリアは商会の副会長であるジュドや技術部長ルロイと相談し、商会の定時会議で複数の企画書を提示し、そのうちいくつかは採用されている。

 この様に日々忙しかったせいか、アリアはつい数日前まで彼女の父のことについて殊更口にすることはなかった。まあ忙しさにより、不安や期待を誤魔化していただけかもしれないが。


「そう固くならんでも、今回ばかりは君の父君は逃げないさ」


 一応、仮にも学園長だ。娘に会うのに気まずいという理由だけで入学式に欠席はしないだろうし。というか、実の娘と会うのに気後れするなどどんだけ、ガラスのハートなんだよ。



「う、うん!」


 父の言葉を出したことで、益々症状が悪化し、遂にブリキ人形のようなぎこちない動きになるアリアに、


「大丈夫だよ。お父さんから手紙もらったんでしょ?」


 サテラがアリアの前に立つと胸に両手を当てて力強く宣言する。


「うんっ!」


 ようやく、アリアの顔から不安の色が消失し、いつもの快活な少女のそれとなる。

 

「それはそうと、グレイ様、本当にその仮面をつけたままで学院に通うおつもりですか?」

「まあな。この学院には姉のアクアもいるし、押し通させてもらう」


 それにあの通知の件が真実なら、本人に顔を晒せば壮絶に厄介なことになりそうだしな。

もっとも、その件をここで口にするときっと地に落ちたサテラの機嫌が地盤沈下しかねないわけだが。


「今晩はお前達の入学祝いだ。それにロシュとリアーゼも一足早く魔導学院の姉妹校に通っているし、早々に、祝わねばと思っていたところだしな」


 今回の件で学院長が娘の保護につき礼がしたいと伝えてきたので、ロシュ、リアーゼの教育機関への受け入れを求めたところ、すんなり認められたのだ。

 確か帝立魔導騎士学院の分校――エライザ学院だったか。魔導騎士学院に落ちた貴族や豪商の子息が通う学校であり、相当権威のある学院のはずなんだが、本人達、特にロシュからの受けはあまりよくない。本人曰く、そんな無駄なことに時間を浪費するくらいなら、直接私に学問を教えて欲しいそうだ。

 だが学校は学ぶためだけの場所ではない。コミュニケーション能力、協調性等、人として最も大切なものを獲得するためにこそある。ロシュ達兄妹は特に傭兵団という一般に児童が生活するには相応しくない環境で生活してきた。欠けている一般常識を付けるのは必須。これはアクイド達、赤鳳旅団せきほうりょだんの面々も同意見だった。


「グレイ様、私はやはり納得がいきません!」

「サテラ、これ以上は止めて置きなさい」


 不満をぶちまけようとするサテラを強く制止する。正直、私にとってどこで誰に教えるかなど大した違いはないし、それはサテラも同じだろう。実のところ、サテラの怒りは私から強制的に離れさせられたという一点につきる。

 だが、これはむしろいい機会。サテラもいつまでも私にべったりでは困る。私もいつまでも彼女の傍にいてやれるわけではない。寂しいが、肉親姉弟というものは、いつか別の道を歩むべきものなのだから。


「……」


 その悔しそうに俯き気味にふてくされている様子から察するに、まったく納得などしてはいまい。

 私も苦笑しながらも坂を上るべく足を動かす。


               ◇◆◇◆◇◆


 サテラ、アリアと別れ、指定された教授会室に足を踏み入れると、一斉に部屋中の視線が集まる。


「小僧、貴様、遅れてくるとはどういう了見だっ!!」


 白髪の老人がすごい剣幕で私の前までくると、唾を飛ばして捲し立てる。


「はて、時間通りのはずですが?」


 腕時計を見ると7時35分。手紙での集合は午前8時だったはずだ。


「新任者は、30分前集合と決まっておる!!」


 そんなローカルルール、知らんがな。だったら、最初から手紙に30分前に集合と書いておけばよいものを。とはいえ、地球でもその手のルールを課す会社はあると聞くし、確かに聊か私も配慮に欠いていたな。

 姿勢を正すと、


「これは失礼を」

 

 軽く会釈する。


「何だ、その態度は!!?」


 この爺さん、そんなに怒ってばかりいて疲れないのだろうか。


「これでも謝罪したつもりなのですがね?」

「ふざけるな! それのどこが謝罪だっ!」


 この手の直ぐに難癖をつけてくる輩は、生前にもいた……ような気がする。この手合いに必要以上に折れたら負け。それは私の本能が知っている。

 本当に面倒だ。別に私はこの連中と仲良くするつもりは微塵もない。仮にそれが原因でクビになろうと、既に皇帝と今後、ラドアの領地は私に帰属する旨の文書を作成している。

 慣習だかなんだかしらんが、もし契約を破り、力ずくで私から奪おうというなら、帝国は私の敵だ。その場合、ラドアと共に独立し、新しい国を興すまで。

 ……うむ。まったく困らんな。

 この茶番を終わらせるべく、口を開こうとしたとき――。


「教頭、通知に直前でよい旨の記載をしたのは私。グレイ先生には非は一切ありません。この場は、私の顔を立てて収めていただけませんか?」


 長い金色の髪の温和そうな男が、教頭と呼ばれた白髪の老人に進言する。


「学院長、先祖代々の貴公の立場、忘れた訳ではあるまいな?」

「はい。故に私は中立であらねばならない。どの勢力も支援するつもりはありません」


 教頭は、奥歯を噛みしめ親の仇のような目で私を睨んでいたが、怒りを全身で表現しながらも、数人の御供を連れて部屋を出ていく。


「君も思うところもあると思うが、許して欲しい」

「いえ」


確かに、あんな頑固爺さんの言動などどうでもいいな。反論するだけ、無駄というものかもしれん。


「では、そろそろ入学式だ。行こう」


 パンパンと手を打ち鳴らすと、他の教授達を促し、学園長は部屋の外へ出ていく。


「私達も行きましょう」


 目が線の様に細い黒髪の青年の言葉に、


「そうですね」


 私も頷くと人の波の流れへと身を委ねた。



 中央の校舎を西側から出ると大学の講堂ほどもある大きな木造の建造物が姿を見せる。

 三メートルはある見開きの扉をくぐると、黒色の絨毯の広間。


「グレイ先生、私達はこっちです」


 満面の笑顔で弾むように私を先導する目が線の様に細い黒髪の青年。

 ここまで来る途中、お互い簡単な自己紹介は済ませてある。彼は、オスカー・ランズウィック、生活魔法科の教授らしい。

 この世界では戦闘魔法が至上とされ、生活魔法は大して重要視されない傾向がある。だが、本来最も重要なのが魔法の恩恵を生活範囲にまで拡張する生活魔法。少なくとも私はそう考えているし、皇帝ゲオルグや賢者ジークあたりならその重要性は理解していると思う。

 そんな共通の思想を持つ故か、このオスカーという男とは話が弾む。いつの世も同じ趣味を持つものとの会話は楽しいものだ。

 試しに近くの扉を開けてみると、扇状の段差のある空間と椅子。最下層には檀上。


「ここは劇場ですか?」

「ええ、ここは始皇帝陛下が生徒のために作った大講堂。式典等の行事はもちろん、学生のために年に数回オペラにコーラスなども上演されております」


 まさに、地球でも大学等の理想的な式典会場。どの世界も人間の考えることは同じようだ。

 妙な感心をしつつも、奥の扉から幕が下りたままの檀上へと上がり、指定の隅の椅子へと座る。

 幕が上がり、生徒達と対面する。仮面の着用、かつ、この背丈のせいか、忽ち学生達の視線が私に注がれる。

 男子生徒は白の上着にグレーのズボンにネイビーのブレザーのようなジャケット。女子生徒も上着やジャケットは男子とほぼ同じだが膝までのスカートを着ている。


(さて、私の生徒達はどこだろうな)


 事前の情報が正しければ、異母兄のクリフがいるはずなのだが。

 

「いたな……」


 最底辺のGクラスに相応しく陸の孤島のように、最奥の隅にポツンと四人の男女が座っていた。

 まさか、受け持つ四人の生徒、全員が私に一定の関わりのある生徒達だとは正直、驚きだ。


(それでグレイ先生のその声、どうやって変えてるんですぅ? 魔法ですかぁ?)


 隣に座る紺のローブにとんがり帽子というひと昔の魔法使いのような出で立ちのレベッカが私の耳元で囁いてくる。


(マテリアルですよ。最近手に入れましてね)

 

 さっそく【永久工房】の万物開発とかいうチートギフトにより、変声器を創造し、大人の男の声にしているのだ。これなら、姉のアクア、異母兄クリフやつい最近あったばかりのテレサにもばれることはあるまい。


(レアのマテリアルですかぁ!! 少し見せていただけませんかぁ!!)


 興奮気味に身を乗り出してくるレベッカに、


(あとでゆっくり見せて差し上げます。だから少し落ち着いて)


 制止の声を上げるが、前のオスカーもクルリと振り返り、


「本当ですか! 私にも是非っ!!」


 と、声を張り上げる。一斉に集中する視線。まいった、大注目だね。

 それはそうと、オスカー君、君は一応この学院の教授だろう。それでは学生と大差ないぞ。


「そこ、静かにしなさいっ!!」


 いつになく厳しい学園長の言葉。脇の教頭が太い青筋を漲らせた射殺すような視線を私に向けてきていた。おいおい、私のせいかよ。 

 学園長と教頭ににらまれ慌てたように、姿勢を正すレベッカとオスカー。これではどっちが生徒か分かったもんじゃない。



 学園長の入学してからの抱負、教頭の眠くなるような騎士時代の昔話から、個人の教授の自己紹介など粛々と会は進む。

 ようやく私の番となる。


「ではGクラスの担任、シラベ先生――」


 学園長が私の名を呼ぼうとするが、


「以上、これで入学式を終わります。解散!」


 司会役の金髪おかっぱの教授が立ち上がり、終了宣言をしてしまう。

次々に席を立ちあがり、会場を出て行ってしまう約半数の教授陣に、たっぷりの疑問を含有した学生達の取り留めのない声の束が沸き上がる。

 別に挨拶などどうでもいいが、あえてこれだけは言わせてくれ。


(餓鬼か、あいつら!!)


 周囲から有難迷惑な同情の視線を浴びながら、私はそう毒づいたのだった。


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