第5話 理不尽極まりない変更 ロナルド


 魔導騎士学院中央掲示板前


 入学式三日前、唐突に学院側から重大発表の旨を伝えられ、ロナルド達は意気揚々と校舎前にある大掲示板の前まで来ていた。


「ざけんなよっ!!」


 隣の赤髪の少年――アラン・クリューガーが、火のような怒りの色を顔に漲らせて掲示板を睨みつけながら、言葉を絞り出す。

 この度ばかりはアランに同感だ。というか、その憤りはアラン以上であると自信を持って断言できる。

 だって、掲示板に張り出されていた事項はあらゆる意味で理不尽過ぎて、ロナルドにとって到底許容できるものではなかったからだ。

 掲示板に張り出された連絡用の羊皮紙には次のように記されていたのだ。


『クラスにつき次の変更点――シラベ・イネス・ナヴァロ、Gクラスの担任へ。

 Gクラスへ転組――ミア・キュロス、テレサ・ハルトヴィヒ、プルート・ブラウザー、クリフ・ミラード』


「違うクラスになったの」


 ミアが少し寂しそうで、どこか諦めたような言葉を吐き出す。

 

「なぜ、あの悪名高きGクラスにミアが? それにあの人がGクラスの担任? こんなバカげたこと……」


 混乱するに決まっている。

 ミアは、確かに放出系の魔法のコントロールはからっきしであるが、その分、魔力埋蔵量は桁が外れている。身体強化の魔法ならば、学院でもトップクラスだろう。基本勤勉だから、学科試験の成績も上位に食い込んでいるのも間違いはあるまい。いかにネガティブに評価されても、Aクラスは固い。まともに評価されれば、廃棄ゴキブリクラスとも揶揄されるGクラス行きなどあり得るはずがない。

 そして、Gクラスの担任は、ロナルド達Sクラスの教鞭をとるはずだった、シラベ・イネス・ナヴァロ、その人だったのだ。

 シラベ・イネス・ナヴァロ――彼は全てが異常だった。

 威風堂々とした振舞いに、超絶した魔法知識、そしてロナルド達を勝利に導いた卓越した指導能力。彼の指揮の元、実地試験場で共に竜型のゴーレムと戦った者で、あの人をロナルド達と同じ学生だと考えている間抜けなど一人たりともいやしまい。

 外見がロナルド達と同世代なのも、長寿と噂に聞く森の管理者たるエルフ族をジーク老じいがSクラスの担任として呼び寄せたと考えれば全て納得がいく。

 エルフ族は帝国創世記では、始皇帝――フィリップ・ローズ・アーカイブに力を貸したとして出てくる種族。彼らがあまりに秘密主義なため、いくつかの身体的特徴以外、一般には当然、公的にすらも禄に伝わってはいない。

 そして、その身体的特徴とは歳が取りにくく、非常に美しいこと。

 実際に彼の外見は一見、少女と見間違うほど可憐で美しかった。もっとも、佇まいや口調、雰囲気は、明確に女性であることを否定しており、実際に彼に会って女性とみなすものはそう多くあるまいが。

ともかく、彼がエルフ族だとすれば、わざわざ呼び寄せた人物をわざわざ、Gクラスの担任する意義を見出せない。訳が分からないのだ。


「そんなのGクラスのメンツ見れば、一目瞭然だろっ!! 大方、ミアはキュロス公の失脚で学院に置いておくのが邪魔になり、シラベ先生に関しては部外者に教えるのが気に入らない。そんな大人共の下らんしがらみだっ!!」


 アランの咆哮のような怒鳴り声に、周囲の入学生達からぎょっとした視線が集まる。


「アラン、ここで怒っていても埒が明かない。ジーク老じいへ聞きに行こう」


 ジークは、ロナルド達の幼い頃からの家庭教師だった人物。このようなロナルド達の利にならぬことをする人物では断じてないはずだから。


「……」


 言いようのない憤りで体を震えさせながらも、アランはジーク老じいのいる教授室へ向けて足を動かす。


 かなりショックを受けているはずのミアは、鍛錬があるからと先に帰ってしまったので、アランとロナルドの二人で教官室へと向かうことにした。彼女のその達観した様子からも、大方の予想はついていたのかもしれない。

 ノックをするが、


「入りたまえ」


 入室を許諾したのはしてきたのはジーク老じいではなく聞きなれない男の声だった。

引き戸を開いて扉をくぐり、部屋へと足を踏み入れる。


(嘘だろ……)


 一際広い部屋の中心に置かれた小型の木製のテーブルの各席に座す面子を視界にいれ、ロナルドは思わず息を飲んでいた。

 ジーク老じいと向かいの席に座る金髪の優男は、この学院の長――ライオット・ベルンシュタイン。そしてその隣に座る紅髪の紳士が――。


「親父がなぜここにいるっ!!」


 アランがさも不愉快そうに大声を張り上げる。

 

「懇切丁寧に私の所在をお前ごときに話す意義がどこにある」


 アランの激高など意にも介さず、紅の髪の紳士は薄ら笑いを浮かべ辛辣な言葉を述べた。彼は帝国正規軍の軍務を司る最高権力者である軍務卿――ホルス・クリューガー、アランの実父だ。

 ギリッと奥歯を噛みしめた後、アランは息を整えると怒りの表情を消して向き直り、


「あのクラス編成どういう了見だ?」


 静かに今最大の懸念事項につき説明を求めた。


「嘆かわしい。私の職務も知らぬのか? 私は軍務卿、即ち、軍人だ。この学院の人事に口を出せるはずがあるまい」

 

 もっともな意見だ。ただし、部屋にいるのがこの面子でなければの話だが。


「すっとぼけんな! あんたが用もなくこんな教育の場に姿を見せるものかよ!」

「だとさ、ライ、そこのところどうだ?」


 ホルス軍務卿が学院長に話を振る。


「ふん! 貴様がそれを私に尋ねるか! 盛大に引っ掻き回しやがって! 学院全体が今や混沌カオス状態だぞ!」


 ライオット学院長が悪態をつき、ホルス軍務卿に親の仇でも見るような視線を送る。


「ライオット学院長、正式にあの人事の撤回を求めます」


 二人は顔を見合わせると深いため息を吐く。


「ロナルド殿下、私もそうして差し上げたいのは山々なのですが、そこの非常識男が裏で手を回した結果、この度正式に教授会で決定されました。よって、この学院長の私さえも口を挟むことはできません」


 再度、ライオット学院長は、ホルス軍務卿を睨みつける。


「おいおい、人聞きの悪いこというなよ。私はただ彼らの背中を少し押してやっただけさ。選択したのはあくまで彼ら自身。そんな悪役のような扱いは心外極まりないな」

「お前、どの口がほざくっ!」


 苛立ち気にリズミカルに、足裏を床で叩きながら叫ぶ。


「おかげでお前の愛娘はSクラス。おまけに最強クラスのボディガード付き。言うことなしだろう?」

「それとこれとは話が別だ! 私達の薄汚いまつりごとに子供達を巻き込んでよい道理はない!!」


 まつりごと……やはり、帝国内のごたごたが原因か。本当にくだらない。


「あんたは、非情で、常識がなくてマジで最悪な奴だが、人を見る目だけは確かだった。あのレベルの魔法師をこの帝国人、いや人族ではないという理由だけで廃棄クラスへと落とすとは心底見損なったぜ!」


 アランの罵倒の言葉にホルス軍務卿がその笑みの種類をより悪質なものへと変えた。


「流石は愚息。盛大に勘違いしているようだ。」

「勘違い?」


 オウム返しに尋ねるアランにホルス軍務卿は口角を上げて、


「彼は人族であり、帝国人だ。お前達と同じ帝国貴族出身の一三歳だよ」

「はぁ? 偽りを抜かすなっ!」


 アランの反論に、彼は目を細めると大きくため息を吐く。


「そして、最も大きな勘違いは彼とGのクラスの立ち位置だ」


 猛烈に嫌な予感がする。軍務卿のその悪意たっぷりの笑みはロナルドに強い吐き気を起こさせた。


「シラベ先生とGクラスの立ち位置?」


 この先は決して耳にしてはならない。そんな気がしていたのに、カラカラに乾く口は、オウム返しに尋ねていたのだ。


「私は将来、彼の傍に控えることが許される者の候補を送った」

「ホルス軍務卿!!」


ジーク老じいの激高にも表情一つ変えずホルス軍務卿は、


「アラン、もしお前に天賦の才があるなら、彼の授業を受けさせるべく、いかなる手段をとろうとあの奇跡のクラスにねじ込んでいただろう」


 ロナルド達にとって存在そのものの否定に等しい言葉を紡ぐ。


「お、俺達に才能がないと?」


 掠れた声でアランは尋ねる。


「ああ、お前は凡夫だ。これからの激動の世を背負って立つ器ではない」

「……」


 俯き両拳を握りしめるアランに、軍務卿は初めて笑みを消し、


「悔しいか? 己が他者とは違う特別だとでも思っていたか? 生憎、お前程度の器なら、この帝国には掃いて捨てるほどいる」

「うるせぇ……」

「彼は正真正銘の歴史上稀に見る英傑だ。一時的とはいえ彼の奇跡に触れたにもかかわらず、魔法を習いたい程度の貧相な欲しか思い描けぬお前に、彼の配下に参列する資格はない」

「もうやめろ、ホルスっ!!」


 ライオット学院長が激高し、初めて軍務卿は口を閉ざす。


「すまんな、お主らの想像通り、この人事は薄汚い大人の事情じゃ。じゃが、お主らは歴代受験生の中でも最高レベルの成績を叩き出した。それは紛れもない事実」

「じい、そんなの何の慰めにもならないよ」


 今の軍務卿の説明を総合的に鑑みれば、ロナルド達は才能がない哀れで頭でっかちな優等生。そんな立ち位置なのだから。


「別に慰めを言っているつもりはない。断っておくがホルス軍務卿のいう才能とは、あの男のような怪物の適性のこと。その基準で言えば、儂はもちろん、あの堕ちた勇者ユキヒロでさえも凡人にすぎぬ」


 ジーク老は昔から自らの強さを誇示しない人物だ。同時に仮に敵であっても貶める発言は決してしない。つまり、ジーク老はあの勇者ユキヒロを本気で凡人とみなしているのだろう。

 確かに自らの罪を告白した勇者ユキヒロを責めるものも多い。否定的な評価を下すものがほとんどだろう。そういうロナルドも姉――リリノアに対する粘着質な視線など、あの御仁はあまり好きになれなかった。

 しかし、そんな否定を吐いた誰もが、彼が超人勇者であることを否定することはない。


「心配召されるな! ロナルド殿下達、Sクラスには最高のメンターと最強の同僚を用意しております。その中で切磋琢磨し、今年末の定期試験で私達を納得させる成績をおとりくだされ。そうすれば――」

「あの男がお前達の教師となるよう取り計る。それは約束しよう」

「それはGクラスに勝て。そういうことかい?」

「そうじゃ」


 ようやく一筋の希望の糸が見えてきたが、その糸は細くまだ輪郭すら見えない。

 ミアの魔力総量はロナルドの軽く数倍に及ぶ。魔力のコントロールが下手だという欠点さえなければ、本来、才覚的にはロナルドなど相手にすらならない。あの人ならミアの欠点を補正し、長所を最大限引き上げることなど造作もないだろう。そして、軍務卿が見出した以上、他の三人も少なくともミアと同等のポテンシャルを有しているとみなしてよい。今まで通りの代わり映えのしないルーチンの修行では到底勝利し得ないのだ。

 メンターが必要だ。ロナルド達に一切の甘えを許さない厳格でいて聡明な超人達への頂へと導く師が。

 隣のアランを見ると大きく頷いてくる。アランのその瞳には迷いは吹き飛び、代わりに激しい意思が灯っていた。


「で? ジジイ、そのメンターとやらを教えてくれ」


 アランの言葉に、にぃと口角を上げるとジーク老は、


「聞いて驚くなよ」


 驚愕の名を告げたのだった。

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