第7話 初めての学級会


 いやね、流石にここまであからさまだと、オジサンも正直引いてしまうよ。

 眼前の掘っ立て小屋を目の当たりにして、小さなため息を吐く。

 敷地はそれなりの広さはあるが、木造の数人が入れる程度の小屋は至る所が傷んでおり、足元には雑草が生い茂り、建物の中にさえ生えている。周囲の生い茂った樹木に日の光は終始、遮られて薄暗い。この場所を一言で表現すれば、お化け屋敷だろうか。

 いずれにせよ、ここは人が住める場所ではない。こんな場所では授業はできぬ。いい機会だ。土魔法等、いくつかの基本的な生活魔法の講義を行い、彼ら自身に教室を建ててもらうこととしよう。

 

「揃っているな。初めまして! 落ちこぼれ諸君! 私が君らの教官であるシラベ・イネス・ナヴァロだ。まあよろしく頼むよ」


 私の前でいかにも胡散臭そうな顔で私を凝視する四人の男女に言い放つ。


「随分と小さいな。その割にそのいかつい声。あんた、噂できく小人族ノームか?」


 やけに目つきの悪い赤髪の少年が、ポケットに手を突っ込みながらも、私に近づくと不躾な視線と言葉を向けてくる。


「どうかな」


 この少年がプルート・ブラウザー。先のアンデッド事件で私が引導を渡したランペルツ・ブラウザーの実子。

 ジークの資料では、見かけによらず根はかなり真面目であるが、致命的なほど魔力に乏しく攻撃魔法系の威力は皆無といってよい。本人もそれを熟知しており、近接戦闘用の魔法をメインで取得しているが、元々の虚弱体質からか女子にさえも敗北するありさま。結局、定期試験の成績は下の下。遂に、この度めでたくGクラス行きとなる。

 こんなところだが、解析の結果、彼の魔力はE-。魔導学院では本来トップクラスの魔力保有量のはずなんだが……。


「んー」


 プルートを押しのけると、テレサが私に顔を近づけるとスンスンと鼻をならす。


「な、なんだ?」


 流石の私も彼女の奇行に面食らっていると、


「君、どこかで……」


 私をジロジロと観察し、ポロリと呟く。野生児のような少女だ。匂いで記憶と照合しているのだろうが、声を変えていなければ十中八九、私と見抜かれていた。まさに九死に一生を得たな。

 テレサは、高い戦闘技術に、身体能力を有するが、魔法がからっきしのようだ。

 身体強化系の魔法すら使用できないから、定期試験の成績が悪く、この度、Gクラスへ落ちた。というのが建前ではあるが、彼女は身体能力が平均E-もある。実技訓練で負けるはずがないのだ。多分、彼女が地方豪族の雄、ハルトヴィヒ伯爵の娘であることも一因であるのだろう。


「さあ、私は君など知らないが」

「うーん、この甘いような嫌な感じ、覚えはあるんだけど……」


 完璧に自分の世界に入ってしまったテレサなど歯牙にかけず、金髪幼女は私の前にくると、


「早く授業を始めて欲しいの」


 そう求めてきた。この娘は、学科受験の際に隣に座っていた童女であり、私は彼女にも因縁がある。

 ミア・キュロス――キュロス公の姪。相当な魔力保有量を有し、総合的な成績は良く、本来、Sクラスだったが、キュロス公の失脚により、門閥貴族派の教授達から今回厄介払いになったという不運な少女だ。

 資料では彼女にはこの学院を放校になるわけにはいかない入り組んだ事情がある。今彼女がGクラス行きとなったのには、私の行動も一因となっている。その責任は取らざるを得まい。


「そうだ! 僕達は定期試験で合格しなければ放校となる。あとがないんだよ!」


 クリフ・ミラードが、ミアの言葉を追認する。

 私の異母兄。入学当初は期待の新人だったが、ある事件により、魔法を暴発させて以来、魔法を上手く発動し得なくなってしまう。そのやつれ具合からいって、相当苦労しているのだろう。

 

「ならばお望み通り、授業の話に入ろう」


一旦、言葉を切り、ミア達をグルリと見渡し、話を続ける。


「私の授業は課題制だ。これから諸君らにはいくつかの課題をこなしてもらう」

「課題なの?」


 ミアがキョトンと小首を傾げる。


「ああ、相当難解だが、全てクリアできれば、定期試験など楽勝で合格できることを約束しよう」

「けっ! 随分とすごい自信じゃねぇかっ!」

「別に自信ではなく、単なる事実だよ。第一、定期試験の合格? そんな温いことなど、直ぐに口が裂けても言えなくなる」


 真実だ。仮にも教官役を引き受けた以上、徹底的にやってやる。私は基本妥協が嫌いなのだ。

 ゴクリと喉とをならすクリフに、不愉快そうに顔をしかめ地面に唾を吐くプルート。テレサは未だに考え中であり、ミアに関してはボーと私を眠そうな目で眺めてくるだけ。


「では、最初のミッションだ。君らの手で、ここに教室を造れ。期限は7日後の5月11日午前八時まで。それ以上は、一分一秒たりとも待たないからそのつもりでいるように」

「はあ? 教室を造れだぁ!?」


 素っ頓狂な疑問の声を上げるプルートに、


「そうだ」


 即答しつつも軽く頷く。


「ふざけるなっ! 僕はミラード家次期当主であり、貴族社会の一員だ。なぜ、大工のごとき平民風情の真似事をしなくてはならないっ!? 早く授業を始めて欲しい!」


 批難の声を上げるクリフ。クリフの言に不快そうにそっぽを向くテレサに、表情一つ変えず、私の言を待つミア。


「教室の建築はミッション。即ち授業の一環だ。嫌なら、直ぐにでも辞めてもらっても構わんぞ」

「くそっ……」


 悔しそうに悪態をつくクリフに、


「別に大工の仕事を馬鹿にするつもりはねぇよ。そこの貴族様と違い、俺も平民だしな。一朝一夕いっちょういっせきにはいかねぇ、重要な仕事だと理解している。

 だが、俺達が目指すのは帝国軍人であり、騎士だ。俺達がそんな大工の真似をしても大して身にもならねぇし、逆にその職業に失礼にあたる。そうじゃねぇか?」


 プルートは頭の回転は速いようだが、こんな下らん屁理屈をこねることに貴重な才能を使うなよ。実に労力の無駄だ。


「私もそう思うよ」

「そうなの」


 うんうんと大きく頷くテレサと小さな相槌を打つミア。

 テレサは貴族の看板をひけらかしたくはないが、大工の仕事もしたくない。ミアは早く授業が受けたい。そんなところか。

 全く、根性から甘ちゃんだな。


「舐めるなよ。端からお前らごときが、どうあがこうと大工の仕事を模倣することはできぬ。私はあくまで自分達の学ぶ場所くらい自分で造れと言っているにすぎぬ」

「だから、そんなのできねぇと――」


 プルート達からの一切の反論を聞き流し、ボロボロの建物に【風操術】を頭上から発動すると、クシャッと一瞬で押しつぶされる。まさに風が吹けば倒壊する。この強度でよく今まで現存できたな。この生い茂った樹木で強風から守られてでもいたか。

 ともあれ、虫も湧いているようだし、完全に腐っている。こんな場所で授業などできやしない。


「解体作業は手伝ってやった。あとは、お前達の仕事だ」


 目をカッと見開き、微動だにせずに凝視するプルート達を尻目に、私はアイテムボックスから、サガミ商会特製の黒板とチョークを取り出す。野外授業のために技術部に作らせておいたのだ。


「うおっ!!」


 突然生じた二メートルはある黒板に、咄嗟に背後に跳躍するプルート。


「わぁ!」


 対して、歓声を上げ、好奇心に目を輝かせながらもテレサが黒板に近づいていく。

ミアはやはり、眉一つ動かさず眠たい目で黒板を凝視し、クリフはヒクヒクと頬を引き攣らせていた。

 まさに三者三様の姿を示す彼らに、


「ではGクラスの校舎作成のための授業を始めるぞ」


 私はチョークを持ち授業を始める。


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