第60話 気色悪い刀剣

 温泉から自室へ戻り、ベッドの上に倒れ込む。キッズ達は今晩、女子トークの真っ最中。今なら誰にも邪魔されずに考えられる。

 とりあえず、私の領地の経営は動き出した。一応、新領地の新たな名も考えるようテオ達には指示を出しておいた。

 生活の基本は衣食住。当面の食料は確保しているから、あとは衣類と住居の二つ。

 衣類は地球の代表的な衣服の種類は粗方記憶している。専門ではないが、再現はできる。あとは、専門の服職人を育てて、彼らに新デザインの開発を任せればいい。

 商業として発展させるためには、糸の大量生産は必須。最近、蒸気機関が完成を見た。ならば、紡績機の開発も進めるべきだろう。

 問題は、糸の種類だ。この世界には麻が主流。というか、麻しかない。木綿や絹についても市場に出回っていないか調査していくべきだ。

 住については、ラドア森林地帯には樹木や石が豊富であり、その材料に不安はない。危惧すべきは労働力だ。大規模な開拓を行えるほどの人数がラドルにはない。

 建設機械をはじめとする重機でもあれば、開拓は劇的に進む。この点、重機を開発するにはエンジンから組みなおす必要があるし、何より最重要となる化石燃料を私は獲得していない。

 まだこの世界は化石燃料の必要性を熟知していない。手段は問わないし、いくら金をつぎ込んでも構わない。帝国内のあらゆる場所の油田の利権を早急に抑えるべきだ。そのためにも可能な限り早く、商会の調査チームを組織すべきだろう。

 あとはあの青髭達強者の存在だ。最近、同郷のイカレ共にやけに遭遇する。まあ、私がその渦中に飛び込んで行っている感は否めないわけだが、今後の己の実力アップは必須だろう。

 

ではここで、此度、取得した称号『人間道』について解析してみることにする。


「……」


 ある意味言葉もない。六道に、仏に至る道ね。どんどん私の常識がファンタジーに染まっていく。

 常時発型パッシブ効果が、【正覚者】と【真破邪顕正はじゃけんしょう】の二つ。

 【正覚者】が、私と強い関係のある者に力を与える能力。これはサテラ達の獲得した称号と関係があるのだろう。

 【真破邪顕正はじゃけんしょう】は怪物退治の能力。世界各地にある遺跡や迷宮ダンジョンの攻略には相当役立つ能力かもしれん。

 特殊効果の【解脱げだつ】は、効果が一切不明ときた。一度、使ってみるしかないか。


「……使い方がわからん」


 【小鬼殺し】と同様、思考を一時的に心の奥に潜り込ませようとするがあっさり失敗する。何度やってもそれは同じ。このままでは使用できないことが分かっただけ、一つ前進だ。何か使用に際し特殊な条件でもあるのかもしれない。おいおい調査していけばいいさ。


 そういや、【人間道】は、精神と肉体を改変するんだったよな。以前と違いはあるのだろうか。

 自己に解析をかけてみる。


――――――――――――――――

〇グレイ・ミラード

ステータス

・HP:B(43/100%)

・MP:S(77/100%)

・筋力:B+(96/100%)

・耐久力:B+(63/100%)

・魔力:S(65/100%)

・魔力耐久力:B+(87/100%)

・俊敏力:A-(35/100%)

・運:B(1/100%)

・ドロップ:B(90/100%)

・知力:ΛΦΨ

・成長率:ΛΦΨ


〇ギフト:

・魔法の設計図

・円環領域

・万能転移

・永久工房(5%解放)


〇種族:――――――


〇称号:

・ブレインモンスター

・小鬼殺し

・人間道

――――――――――――――


 全能力値が大幅に上昇している。相当な強さなのだろうが、何せ基準がわからんからな。狙ったように強者は解析できないことが多いから、比較ができないのだ。今後の課題というところだろうさ。

 あとは称号が増えているは……ず。

 ん? なんだ、これ?

 ギフトの万能アイテムボックスが消失し、【永久工房】なる項目が追加されていた。

 一応精査してみると――。


――――――――――――――――

〇永久工房:この世に三つしかないワールドギフトの一つであり、ブレインモンスターの称号保有者のみが扱える。

・万物収納(5%):ランクD以下の生物以外の物を無限に収納できる。その中では時の流れは停止する。

・万物開発(5%):特定の素材を用いて、ランクD以下のあらゆる物を製造することができる。

〇解放レベル:5%

――――――――――――――――


 何ちゅうぶっ壊れたギフトだ。制限はあるが特定の素材を用いて、アイテムを作り出すことが可能となるらしい。

 ドロップを効率よく使用できれば、私の望む方向性の道具も開発可能となるかもしれない。まあ、あくまでランクD以下という制限がつくからその有効性は甚だ疑問だがね。

 それはそうと、万能アイテムボックスが消失しているんだった。中に入れていたものは無事だろうか。金銭も入れておいたのだし、ないと困るぞ。

 多分、万物収納の中だと思うんだが……。

 万物収納を詳しく調べると、私がアイテムボックスに入れていた物は全て確認できた。ほっと安堵の胸をなでおろしたとき、隅に見知らぬ項目が目に留まる。


「【妖刀ムラマサ】? こんなもの持っていたか?」


 訝しさに首を傾げつつも、取り出してみる。


『えげつないな、息がつまるかと思ったわ』


 頭の中に反響するおっさんの濁声。


「んむ?」


 顔を顰めて周囲を見渡すが誰もいない。


『嬢ちゃん、儂はここでんがな!』


 改めて部屋中を調査するが、やはり誰もいない。


『あーあ、ここ、ここや、ほら、こんなスレンダーでチャーミングな身体武器、そうないでぇ!』


 身体武器? 先ほど取り出したいかにも中学生の抜群の妄想力で作り出したかのようなあの紅の刀剣のことか。

 ベッドに視線を落とすと、がしゃがしゃとまるで芋虫のように蠕動ぜんどう運動をしている刀剣が目に留まる。


「うぉっ! キモ! キモ! マジキモッ!!」


 絶叫を上げると、咄嗟に飛び退き身構えた。

 ベッドの上で柄を動かし自己主張する刀剣。こんな気色悪い物体生まれて初めて見たぞ。


『おう、おう、おーう。そないな可愛らしい顔で貶されたら、儂……やばいでぇ、えらい興奮してきたわぁ』


 途端に私を凝視し(?)て息遣いが荒くなる刀剣。

 何だ、この変態は? 流石の私もこれを使う気には到底ならない。今すぐコンクリート詰めにして噴火口へ放り投げるべきかもしれん。


『なあなあ、お嬢ちゃん、ほれほれもっと罵ってくれなはれっ!』


 うむ、こんな変態は、サテラ達の教育上よろしくない。やはりここで処分するに限る。

 今もミミズのようにクネらせている変態を【爆糸】により拘束し、


『ふへ?』


 窓の外に放り投げ、サガミ商会の庭の大地に突き立てると起爆する。

 爆発音が鼓膜を震わせる中、私は窓から地面へと着地し、クレーターの中心の剣まで近づいていく。

 グルグル回っているところから察するに、あれで目を回しているとでも言うつもりなのだろうか。どこまでも刀剣という存在そのものに唾を吐く奴だ。

 

『ちょ、ちょっと、まってぇな! 少々悪ふざけが過ぎましたわ』

「……」


 大げさに左右に鞘を揺らす刀剣など歯牙にもかけず、私は無言で歩を進める。


『ほら、みてくんなはれ。儂のこの円らな瞳を! こんなファンシーな剣、世界に二本とありまへんで!』


 刀剣は直立すると、プルプルと震え始める。


人面剣じんめんけん気取りか。だが、私に心眼などない。ただの悪質な剣にしか見えぬよ」

『ほ、ほら、ここが目でここが口やねん!』

「知らぬな。そして、知りたくもない」


 私は【爆糸】で再度刀剣(変態)を雁字搦めに拘束する。


『許したってや!! お嬢ちゃん、いえ、お嬢様ぁぁっ!』


 とことんまで私をイラつかせてくれる奴だ。


「一つ教えてやる」

『許してくれるんでっかっ!』

「私は、男だ」

『えーと……え? 嘘やろ?』

「死ね!」


 その言葉を最後に私は【爆糸】を一斉起爆させた。


 ……

 …………

 ………………


『わやくちゃするお人でんなぁ』


 しみじみと感想を口にする変態刀。というか、あれだけの【爆糸】の爆発でも傷一つないお前にだけは言われたくはないんだがね。


「で? お前は何なんだ?」

『儂は聖剣ムラマサ、ムラ君♡、とでも呼んでくんなはれ!』


 何が聖剣だ。邪剣の間違いだろう。うーむ、邪な剣。言い得て妙だな。

 だが、困ったぞ。【爆糸】であれだけ焼いても傷一つつかぬのだ。廃棄するにもできんしな。


「お前は私の敵か?」

『ようやっと接続が安定してんね。あんさんが儂のマスターや』

「マスター? 私がお前の所有者ということか?」


 嬉しくは微塵もないが。


『そうや。というか儂を造ったのはマスターやで』


 ムラ(変態)を私が造った? そんな記憶は微塵もない。とすると、あの人間道の効果だろうか。いやそれ以外に考えられんな。

 まさか、この変態が私の心象を現したものだとでも? 馬鹿馬鹿しい。流石にそれはないな。


「大将、大丈夫か?」


 一階で書類整理をしていたジュドが庭までくると、心配そうに私に声をかけてくる。


「いや、何でもない。騒がしてすまん」


 端的に謝意を述べると、ムラ(変態)の柄を持ち、自室へ戻る。


『なあ、裸体の出てくる本はないんか?』


 私の部屋を物色し、ムラ(変態)がそんな生々しいことを尋ねてきやがった。


「そんなものない」

『あかん、あかんなぁ、マスターは思春期の真っ盛り。そないな本が好きなお年頃やろ? もっと自分に正直ならんと――』


 くどくどと説教すら始めたムラ(変態)に、面倒になった私は、剥き出しの剣を床にわんさか出してやる。


「ほら、裸体だ。精々楽しめ」

『ちゃう。ちゃうんや。こんな無機物やない、もっと、こうキッラキラした――』


 不満たらたらのムラ(変態)を認識の外に置き、私は思考を再開したのだった。


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