第44話 個別面談

 シルケに転移し、大部屋中央の席に座り、待つこと数分、ノックがされると同時に、二人の男が神妙な顔で入ってくる。

 一人は、茶色の長い髪を総髪にした無精髭の中年男性。もう一人が、金色の髪を肩まで伸ばした好青年。


「初めまして、私がこの地の領主――グレイ・イネス・ナヴァロです」


 軽く会釈すると、二人とも、皆面食らった顔をしていた。


「よろしいかな?」

「は、はい。自分はカイ・ローダス。遠征軍の参謀を務めてまいりました。隣の――」

「僕は、マーサ・サルマン。お見知りおきを」


 礼儀正しく一礼してくる。

 マーサも謙虚で、とても威張り散らすような人物には見えない。隣のトッシュの驚きに満ちた顔からも、態度が激変したのは間違いあるまい。

 どうにもしっくりこないな。いくらきっかけがあったとはいえ、そう簡単に人間は変われるものか?


「さて、まず、カイ殿、我らには貴方の祖父母殿達をこの地へ迎え入れる用意がある。我が領地にとどまってはくれないだろうか?」

「お断りします」


 カイは即答する。やはりな。こういう頑固なタイプの奴の説得が最も苦労するのだ。


「カイ、君は留まるべきだと僕は思う」


 幾度も同じ説得をしたのだろう。若干諦めがかったマーサの言葉に、首を左右に振るカイ。


「自分がこの地に留まれば、他の部下がその責を負います。将としてそれだけはできない」

「だったら、僕が――」


 右手を上げて、マーサの言葉を遮る。どうにも彼らは勘違いしているようだ。


「甘えないでもらいたいな。それは君の単なる責任転嫁だろう?」


 ピクッと右の眉を上げ、カイは私の目を見つめると、


「どういう意味ですか?」


 問いを投げかけてくる。


「まずは前提だ」


 背後のトッシュに視線を向けると大きく頷き、説明を開始する。


「カイ様以外にもより階級の高い上級士官の捕虜はいらっしゃいます。責を負うのは本来彼らであり、カイ様ではありません」

「しかし、今回、自分が遠征軍の指揮権を移譲されて――」

「確かに王国軍の上層部はそんな難癖をつけて貴方をスケープゴートにすることでしょう。

一方で、他の貴族様の将校が責任を負っても、最悪左遷程度。死罪には絶対にならない。貴族の家族に影響が及ぼされる危険性も王国法により厳格に禁じられております」

「そうかもしれない。でも将の責任は確かに自分にある」


 私は大きくため息を吐き、首を左右に振る。


「駄目だ。駄目だな。貴殿は自分の理想に酔っているにすぎん。第一、貴殿が進んで死罪となったからといって、何か変わるのか? 馬鹿で愚かな貴族が一人、権力の椅子にしがみ付くだけではないのか?」

「それは――」


 ぐっと、言葉を飲み込むカイに、隣のマーサは大きく何度も顎を引く。少なくともこの件では、若いマーサの方がよほど現状を見つめている。


「では、責任転嫁の内容だ。貴殿は王国がどこか、おかしいとは考えないのか?」


 青髭のような訳の分からん愚物に砦の最高司令官が乗っ取られていたのだ。本国である王国でも似たようなことがあるのは自明の理だ。


「……おかしい……とは?」

「自覚なしか。では、マーサ殿、君はなぜ、本国に帰国したがらない?」


 いくら同僚を殺してしまったからといって、やむを得ない事情がある以上、この地に残るという選択をするのはいささか論理が飛躍している。要するに、彼は本国に戻りたくはない理由があるということ。


「怖いから」

「怖……い?」


 カイの疑問に、マーサの顔から血の気が引いていく。


「やることもなかったし、最近、ずっと昔のことを思い返していたんです。

 軍に入った当初は、父上のように立派な将として貴賤の区別なく兵を率いることを夢見ていました」

「君が変わったということか?」


 人は変わるものだ。外見はもちろん、心も、理想さえも。だから、これ自体はさほど奇異な事実ではない。


「いえ、変わったというより、忘れていたんです」

「忘れていた?」


 マーサの言いたいことが、良くわからない。


「ええ、学生時代の頃の友人たちとの何気ない話も、散々バカやったことも。あの頃は平民も貴族もなくとても楽しかった」

「君、少し落ち着きたまえ」


 どう控えめにみてもこれはおかしい。


「そうだよ。何で忘れていたんだ? あんなに好きだったあの店の料理も。春の光が差し込むあの暖かな席も。そして――」


 顔から流れる大粒の汗。


「おい、マーサ!?」


 焦燥溢れるカイの疑問の声。マーサの動悸どうきは次第に激しくなっていく。


「そして、あの子――あんなに大好きだったのに……何で僕は……」


 両眼はすっかり充血しており、ぶくぶくと口から泡を吐く。さらに、顔をガリガリと掻きむしっていく。爪が皮膚を抉り、血が流れる。


「面会は終わりだ! クラマ、直ぐに彼を医務室へ!!」

「御意」


 背後に控えていたクラマが、マーサと共に姿を消す。

 くそ! 結局、こんな胸糞悪い展開か。青髭の鬼化の残りかすか? いや、鬼化とは違い、マーサは今も人間。それは断言してもいい。ならば、洗脳状態を解除すれば済むだろうし、最悪の事態にはなっていない。そう考えるべきだ。


「マ、マーサは?」

「さあ、大方、王国で過去に洗脳でもされたんだろう」

「洗脳……祖国が?」

「そうだ。それが今のお前の祖国の本性さ。薄々、気付いているんだろ? お前が王国に戻って処刑されれば、マーサのような青年が新たに犠牲となる」

「自分に世直しをしろと貴方はいうのか!? 自分は平民ですよ!?」

「平民? 馬鹿馬鹿しい。それ以前に、お前は王国民だろ? その害虫の駆除の責務を私達帝国に押し付けるつもりか?」

「す、少し考えを整理させていただきたい」


 顔を両手の掌で覆いながらも、カイはそう懇願してくる。


「構わんよ。次のラドル人に対するいくつかの嫌疑について、君の意見も聞きたかったのだ。このまま、同席してもらいたい。アクイド、頼む」

「ああ、呼んで来よう」



 アクイドは、十数人の男女を連れて部屋に入ってくると席に座るように促す。


「私はこの地の領主グレイ・イネス・ナヴァロ。ラドル人に対する暴行の件でいくつか話を聞かせてほしい」


 案の定、既に私の身分を知るカイともう一人を除き、皆、ポカーンとした顔で、私を凝視してくる。


「無礼な劣等民族の餓鬼め! はやく我らを王国へ解放しろ! 今すぐ解放するなら、お前達だけは殺さないでいてやる!」


 席を勢いよく立ち上がると、私を指さし喚き散らす金髪の青年に、王国兵達は唖然として眺めていたが、急速に血の気が引いていく。


「リーマン上級士官殿っ!! これは部下達の今後にも関わる重要な話し合いの場! 先方に対し、そのような無礼な言葉は――」


 カイが、血相を変えてその右肩を掴もうとするが、振り払われる。

 なるほど、この男が此度の容疑者――リーマン・シャルドネ上級士官か。


「無礼だと!? こんな薄汚い餓鬼に貴様は礼節を持って接しろというのか!?」

「もちろんだ。貴方こそ、私達の立場を分かっておいでか!」


 二人のやり取りを真っ青な顔で見守る周囲の兵士達。


「やめて、リーマン、一体、どうしちゃったの!?」


 遂に黒髪をショートカットにした女性がリーマンの腹部にしがみ付き、翻意ほんいを促す。


「どけ、平民! この私に汚い手で触るなっ!!」

「ニルス!」


 弾き跳ばされたニルスと呼ばれた黒髪ショートカットの女性を、長い黒髪を後ろで縛った色黒の女性が抱きかかえる。


「リーマン殿ぉ、この場での子供のような癇癪かんしゃくは甚だ迷惑だよっ!」


 わりきった目でリーマンに射殺いころすような視線を向ける。

 そして、それは他の兵士達のほとんども、概ねは同じようで、怒りの形相でリーマンを睨んでいた。


「もう限界だ。もう、どうなろうと知ったこっちゃない! 全部ゲロってやる!」


 坊主の青年が憤怒の形相で立ち上がり、リーマンに侮蔑ぶべつの視線を向ける。


「君は?」

「私は医務課リチャールです。ある日、意識不明の重体でラドルの民が運び込まれてきました。ねえ? そうですよね?」


 隣に座る筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男は同意を求められ、しばし瞼を閉じて唸っていたが、ガリガリと頭を掻き毟り、


「ああ、そうだ。そこの貴族の坊ちゃんがラドルの民を蹴りまくっているのを俺が止めさせて医務室まで運んだんだ」


 そう断言した。


「そのラドル兵は?」

「意識が戻らない状態で、次の日、中央の衛兵が引き取りにきました」


 色々、訳が分からんことが多すぎるが、少なくともリーマンは黒のようだ。


「嘘です! 優しいリーマンがそんなことするはずがない!」


 黒髪ショートカットの女性――ニルスが必死の形相で即座に反論するが、


「事実だよ。ちなみに、運んで行った中央の衛兵というのは、そこの三人さ!

 いや、そのラドル人だけじゃない。他にもあいつが傷つけたラドル人はゴロゴロいるんだ!」


 びくっと身を竦ませると、ガタガタと小刻みに身を震わせる兵士達。

 唇の色を失って震える三人の兵士達の視線の先は私達ではなく、リーマンに固定されている。

 どうも、同じ同僚に対する怯え方ではない。胸騒ぎがする。


「ねえ、嘘だよねぇ?」


 黒髪のポニーテールの女性の腕を振り払い、ニルスはふらつきながらも、うつむいたままわなわなと身を震わせているリーマンに近づいていく。


「ああ、嘘だよ。全部ねぇ」


 リーマンが顔を上げる。瞳が真っ赤な狂気に染まり、その髪が青色に変色していく。

 その姿を一目見て、薄い刃物で背を撫でられるような戦慄せんりつが走る。

 舌打ちをしつつも、床を蹴り、左手でニルスを突き飛ばすと、さやから引き抜いた短剣でリーマンから放たれた拳打をうける。


「そういう行動に出ると思っていましたですねぇー」


 リーマンの口から紡がれる粘着質な独特な声色は最近、聞いたことがあった。


「くそっ!」


 距離を取ろうとするが、既に周囲を黒色の帯で取り囲まれてしまっていた.


「グレイッ!」

「アクイド、直ぐにこの周囲の者達を連れて転移しろ!!」

 

 私をおおいつくすべく黒色の帯は増殖していく。


「し、しかし――!」

「いいから早くしろ!!」


 二度目の私の激高により、ようやくアクイドは転移を展開させた。


「いいですよぉ。ゴミなどどうなろうとぉ。私の目的はお前だけですからぁー」


 その顔を醜悪しゅうあくゆがませるリーマンだったもの。


「どうやら、まともな状態とはいいがたいようですねぇ。でもぉー、お前は危険です。とてもとても、すごく、めっちゃ、死ぬほど危険なのでーす。まあリーマンこの肉体は、既に死んでますけどねぇ! くひっいひひひひひ!」


 薄気味の悪い声で笑いながらも、リーマンは両手を腰にあてつつも軽快なステップで私の周囲を歩き回る。

 そして――。


「でもぉー、お前ほどの危険因子だからこそ、最高の素材となることでしょうっ!!」


 両腕を広げ、恍惚の表情で天を仰ぎ見る変態野郎を視界から外し、アクイドに眼球だけ動かし、


「アクイド、後は頼む」


 最後の指示を出す。


「――」


 アクイドが口を開いたとき、一斉に姿を消す。


「うふふ、満足ですかぁ? ではいきますよぉ。どうぞ、私のとびっきりのショーをお楽しみくださぁーい」


 そしてリーマンだったものは右腕を前に左腕を後ろに置くと、恭しく会釈し、


羅生門らしょうもん


 世界浸食の言霊を紡ぐ。

 刹那、私が立つ足元の床が消え、闇がその体を呑み込んだ。

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