第43話 事務報告

 死者の追悼式ついとうしきを行い、それから一週間近くキャメロットにこもり、行政事務を行っていた。

 まず優先すべきは、三万ものえる寸前の民達への食料の配給だ。

 これは各部族に約半年分のライ麦を輸送することにしている。数日以内で各村へと行き渡るだろう。

 もっとも、当初飢餓きが状態のものすらいるのだ。数か月は体力の回復を優先させるつもりだったわけだが……。


「はあ? 今なんて言った?」


 あり得ぬ数字に思わず、報告者のルチアに問いかけていた。


「だから、3500人だよ」

「その人数全てが、働き口を求めていると?」

「うん!」


 驚喜に近い表情を顔面に漲らして、ルチアは大きく頷く。


「なぜだ? あの演説でどうしてそんな結果となる?」


 演説という言葉すら適当ではない。あれは彼らの緊迫した現状を突き付けただけ。やる気を惹起じゃっきすることなど端から目的としていない。下手に小奇麗こぎれいな言葉でかざっても、現実は変わらない。時が来れば直面する事実を早めに理解させたに過ぎず、相当な反発があることは覚悟かくごしていたのだ。


「もちろん、腹は立ったと思うよ。でも同時にこのラドルを国扱いしてもらって皆嬉しかったんじゃないかな」

「あれは言葉のあやだ。このラドルが帝国の一部なのには変わりがない」


 私はゼムの死からこの帝国にある病巣を認識し、変革させることを決意した。そしてその変革は帝国民の手で自然に行う必要がある。私は手を貸すだけ。そういう建前にしておく必要があるのだ。だって、個人が力押しで歴史を変えるなど、あの虫唾むしずが走る紫スーツの男達とどこが違う? いくら私でもそれだけは御免被るのだ。

 ともかく、それ故、私は彼らに銃火器を持たせた。当初の予定とは多少ずれたが、このラドルを利用し、帝国を内部から変えることにしたわけだ。


「それでもよ。皆、いつかグレイ殿に感謝して――」


 ――やめろ。それ以上は口にするな。


「で? 報告を続けてくれ?」

 

 ルチアの言葉を遮り、無理矢理話題を変える。


「う、うん。グレイ殿の指示通り、来年の4月から議会運営の告知はしました」


 まず私は司法、行政、議会の三つの組織を新たに作った。

 司法は教育から始めねばならないし、議会も最初はままごとに等しかろう。それでも試みることに意義がある。年月が経てば経つほど、それがボディーブローのようにジワジワと効いてくる。

 行政は当分私が仕切ることにした。行政の権限をラドルの民に渡すことが当面の私の努力目標となる。


「教育機関と軍は?」

「指示された通り、18歳以下はその年齢に応じた教育を受けることを義務付けたわ。軍は全て志願制として現在1200人が集まったよ」


 この1200人は銃火器や大砲などの訓練及び魔法の訓練を受け、日々練磨れんましてもらう。


「わかった。ではこの資料通りに適性を判断し、人数を割り当ててくれ」


 職業の希望は可能な限り聞くが、生憎あいにく今は緊急事態だ。事業が軌道きどうにのるまではこちらで基本的人員の配置は決定させてもらう。


「了解。まずはこのキャメロットとアークロイの建設を中心に作業を進めるよ」

「頼む」


 問題は山積みやまづみだが、とりあえずこれでこのラドルの復興は、一先ず動き出した。

 


 次が捕虜の件だな。クラマから渡された資料を手に取り確認する。

 アークロイ攻略後、文官や民間人とは別に1133人の王国兵を捕虜とした。

 このうち本人から希望を聞いた結果、第二区の出身の兵士434名、一区の残存兵の123名がこのラドルへの帰属を望んだ。

 第二区兵士達は、元来純粋な意味での王国兵ではなく、侵略した国の国民から徴兵した兵。日頃から、使い捨ての駒のような扱いを受けていたのだ。トッシュからの事情の説明がなくとも帰属を望むとは予想していた。

 やや想定外だったのは、一区の残存兵123名だ。王国国内に少なからず家族がいる。そう考えていたわけだが……。


「流行り病で、故郷が焼却処分になったと?」

「はい。各個人から照会をとりましたので間違いありません」


 元アムルゼス王国軍兵士――トッシュが力強くそう宣言する。

 トッシュはこの度のいくさの一番の功労者であり、今更このタイミングで裏切る意義もない。

 トッシュの情報収集能力、分析能力はかなりのものだ。このレベルの人材を一兵卒にしておくなど狂気の沙汰だ。王国も人材発掘システムについて帝国と似たような重大な欠陥を抱えているのかもしれない。


「わかった。厳重に本人の意思確認を行い、受け入れの用意をするように」

「承りました。あとはカイ参謀とマーサ・サルマン上級将官の御二人の件ですが……」


 カイ参謀は帰国希望。逆にマーサ上級将官は残存希望だった。まさに予想とは真逆の結果となったわけだ。


「カイ参謀は、王国国内に育ての親たる祖父と祖母の夫婦が生存していること。加えて、ご自身が人柱となろうとしているんだと思います」


 人柱ね。この手の男がまだ王国軍にもいたのか。トッシュの説明資料からもかなり有能な人物なのは間違いない。是非とも必要な人材だな。


「マーサ上級将官は?」

「平民を虫や家畜と平然と言う方でしたから、正直、私としてはあまり良いイメージは持っておりません。ですが、現在の周囲の印象は真逆です」


 この資料での彼の周囲の印象は、一兵卒を中心に概ね肯定的だ。これだけなら演技もあり得るが、王国もわざわざ大公の子息をスパイになどしやしまい。


「同胞の貴族を殺したのが帰国を希望しない理由だろうか?」

「ええ、本人はそう言ってはいます。ですが、周囲の証言から彼が殺した将官が錯乱さくらんし、敵の目の前で味方に魔法を詠唱えいしょうしようとしたとの報告も受けておりますれば、仮に帰国したとしても大公の一人息子の彼が厳罰に処されることは万が一にもないと思います。精々、数か月の謹慎程度かと」

 

 だろうな。というか王国側もそんな将官の不祥事など表に出すわけにも行くまい。処罰はないな。

 そして、そんなことは、王国人の彼なら自明の理だろう。


「一度、会ってみる必要があるな」

「では、直ぐにでも面会の用意をいたします」

「頼む。では次は、犯罪者の件か……」


 これが一番の難問だ。なにせ、同胞の密告に等しいわけだし、兵士達の口も堅かろう。


「これが罪を犯した者のリストです」


 トッシュが机の上に、複数の羊皮紙を置く。そこには、兵士の名と犯罪名が記載されていた。


「56名、意外に少ないな」

 

 王国人にとって占領下のラドル人は好き放題にできる奴隷のようなものだ。非道を働くものはもっといるものと思っていた。


「御言葉ですが、既に死亡したものも合わせれば、甘く見積もってもこの四、五倍には及びますし、決して少なくはありませんよ」

「それもそうか」


 確かにトッシュの言も一理ある。人は獣ではない。確かに非道が取り締まられなくとも、全てのものが理性を失うとは限らない。というか、失わないものの方が多いのが通常だ。これでも多いと解すべきか。


「ただ、その中のリーマン・シャルドネ上級士官を始めとする数人の兵士については情報が錯綜していまして、確証までもてません」


 トッシュの微妙な表情から察するに、よほど判断が難しいのだろう。考えられるとすれば――。


「詳しく聞かせてくれ」

「はい。リーマン上級士官については、ラドル人への暴行、傷害の目撃証言も複数からでていますが、一方、それができるような人物ではないとの評価も……」

かばっている可能性は?」

「ありえますが、口裏を合わせている様子は認められません」


 周囲の評価が真っ二つに分かれているなら、それは判断に困るな。

 アークロイの砦から、当初想定していたラドル人は数十人足らずしか保護されなかった。多分、あの変態野郎青髭に実験材料にでもされてしまったのだろうが、おかげで被害者がいない状態に陥ってしまっている。


「嫌疑が不十分なままなら、最悪王国本国へ解放するしかないだろうな」


 仮にも責任のある上級士官の解放だ。一兵卒とはわけが違う。単純な嫌疑不十分で解放したのでは、新たな火種にもなりかねない。逆に無実の者を罰するなど論外中の論外だ。地盤じばんを固めたい私にとっては、繊細せんさいな対応が求められるだろうな。


「わかった。一度、私自身で取り調べよう。午後の昼食後、シルケへ向かう。彼らを連れてきてくれ。会議はこれで以上だ。一時解散」


 大きく息を吐くと、机の上の資料に目を通し始めた。


     ◇◆◇◆◇◆

 

「グレイ、待たせたな」


 解散後、昼食に出されたサンドイッチをかじりながら書類の整理をしているとアクイドが姿を現した。


「いや、丁度、目を通さねばならん資料もあったし、構わない」

「まだ、戻らないのか?」

「そのようだな」


 もう一週間になるのに、【人間道】なる称号のリバウンドの影響が残っていた。

 ギフトは全て行使不可能。魔力の制御が著しく困難となっており、無理に使用しようとすると暴発の危険がある。身体能力の低下まではないことがせめてもの救いか。

 

「大丈夫なのか? サテラの言う通り、商館で休んでいた方が――」

「わかっている。この案件が済み次第、休暇をとるさ」


 最近、サテラの機嫌がすこぶる悪い。会議でアークロイの砦での青髭の存在が話題に上って以来、私の元を四六時中離れようとしなかったのだ。本日は、休暇ということで、アリアと共に、シーナとドラハチの子守りを命じた。もちろん、大層渋ったが、無理に押し切ったのだ。


「頼むぜ。サテラもそうだが、カルラも妙に元気なくて調子狂っているんだ」

「ああ、是非、長期休暇を取らせてもらうよ。では、シルケまで連れて行ってくれ」

「おう!」


 私の返答に満足そうに頷くとアクイドは転移を発動する。


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