第29話 作戦進行状況

「で? 戦に必要な兵士の数は確保できそうなのか?」

「一八歳以上の志願など、いくつか厳格な条件を設けたにもかかわらず、各部族から続々と兵士が集まってきており、遂に総勢800名が集まった」


 800人か、この餓死しかかっている状態では、予想以上の数といえるだろう。どうやら、銃火器、魔導書作戦は功を奏したらしいな。ともあれ、此度の戦の目的を遂げるには十分な数だ。

 

「しかし、こんなだますような方法をとって良かったのか?」


 アクイドが皆の中に蔓延まんえんする疑問を口にする。

 実際に三万人全員を優にあと一年間飢えさせぬ食料を私達は持っている。一方で、彼らに伝えているのは、残りの食料はあと一か月程度であり、家族を救うには、アークロイの砦に保管してあるラドル民から奴らが奪った食料を取り戻すしかない、という虚偽の情報のみ。


「いえ、おそらく、グレイ様の言が建前にすぎぬことは、テオ殿辺りはとっくにお気づきでしょう」


 クラマが顎をさすりながらも、的確な返答をしてくれた。


「俺もそう思う。テオ達は既に気付いている」


 この断定の言葉からも、ジュドの奴、銃火器、魔導書作戦で何かしたな。


「確かに各部族の代表者達はラドルの民に制限なしの食事を奨励しているようだ。それに、アークロイにまだ食料があるとは限らんし、きっとないだろう。それくらいやっこさん達も予想しているはず」

「グレイ、お前はラドル人自身で、アークロイを落とす必要がある。そう考えているんだな?」

「当然だ。私達のみで実行した際の弊害を考えればな」

「大将は領主であると同時に商会員。下手に俺達が手を下せば、王国出身の商業ギルドの会員達との間に軋轢が生じかねない。そういうことかい?」


 相変わらず、ジュドは鋭いな。というより、商人としても損得の思考が板についてきたのかもしれない。


「むろんそれもある。だが、それ以上に、仮に私達が食料を分け与え、王国軍から実力で以って彼らを解放しても、彼らは真の意味で私の指示に従いはしないだろうよ」


 政治屋でもない私には統治者がどうあるべきかなどわからないし、興味もない。

 しかし、何の対価もなく、与えるだけの存在など気持ち悪いことこの上ない。そのようなことは、いかなる悪徳新興宗教すらも主張はすまい。

 それより、十分な調査と研究による計画を提示し、それに従えば必ず成功する。そんなアドバイザー的な役回りの方がよほど信用に値する。

 これは統治者にも同様に当てはまる。私はそう考えている。


「グレイが、他人の信用を得ようとするとは、ある意味、新鮮だな」

「まったくだ。というか、正直気味が悪い」


 部屋中がどっと笑いに包まれる。まったくもって、失礼な奴らだ。

 私にとってこのラドア地区の開発発展は一大事業。成功すれば、今までとは比較ならない莫大な資産が入り、結果桁違いの大型研究が可能となる。絶対に失敗は許されないのだ。そして、彼らの信頼の獲得は今後の重要な指針となりえる。むしろ、気を遣うのは当然だろうに。


「状況を説明せよ!」

 

 馬鹿な話を止めさせるべく、報告を促す。


「拠点建設班」


 ジュドの指示により、担当職員が立ち上がり、一礼すると、説明を開始するべく、口を開く。


「ラドア山脈の山頂付近に、現在、拠点を建設中。張りぼてですが、あと一週間もあれば完成できます」


 アークロイの砦から、約10キロの山頂付近に拠点を作成した。時が来るまで魔法でカムフラージュはするが、高地にあることもあり、条件を満たせば難攻不落の要塞と化す。


「武器製造班」

「既に、ボルトアクション小銃が200丁。設置固定型大砲30門、移動型キャノン砲40門。弾丸は現在、約10000発」


 皆から、溜息が漏れる。サガミ商会の製造部門の工場を全力で稼働すれば、この程度の重火器の製造は元より想定済みだった。

 ネックとなったのは弾丸だったのだ。なにせ、一万発でも、100人で一人当たり、100発しか打てない計算だ。とてもじゃないが、手作業では追いつかない。

【ラグーナ】と衝突してから、早急な脅威排除のため、私はある指示をサガミ商会に送っていた。それは銃火器の開発と、蒸気機関を用いた弾丸製造のフルオート化。

 そもそも、弾丸は大きく分けて『弾頭』、『薬莢』、『火薬』、『雷管』の四つの部位からなる。

このうち、『弾頭』と『薬莢』は、単に鉛や銅の金属を溶解し金型で固定化するだけだし、『火薬』、『雷管』については既に、アンデッド襲撃の際に完成を見ている。

 さらに、一度部品さえ作ってしまえば、薬莢の底に雷管を設置し、火薬を詰めて弾頭で蓋をする。それだけの作業であり、冷蔵庫やパソコンなどの精密機関と比較し、試作段階にあった蒸気機関であっても十分賄えたのである。


「弾丸の一日の製造はどれくらいだ?」

「およそ、400発前後です」

「うむ、少ないな」

「無茶を言うな。あの動力ではこの程度が精々じゃ」


 ルロイが、私の素朴な感想にすかさず反論してくる。


「それもそうだな」


 そうだ。所詮蒸気機関は、エネルギー効率がすこぶる悪い。なのに電力に飛びつかず、蒸気機関の運用を模索したのにも理由がある。

 科学は奥が深い。土台を作らずに、一足飛びに開発を行えば、必ず無理が来るし、応用もきかない。特に、私の目的はこの世界での科学の発展だ。それには、他の仲間達の技術力の向上が不可欠。私だけ深い知識があっても新技術を生み出すことは不可能だ。

 だが、やはり大規模な産業の発展には電気発電の開発が不可欠となるな。蒸気機関の実験は一先ずはこれで完成とみて、電力の開発に移るべきかもしれん。


「訓練班」


 アクイドが立ち上がる。


「指示通り、32名の部隊長クラスは、魔法の鍛錬を中心に実施。

 小銃隊と大砲隊については、選抜された260名が訓練に入っている。皆、魔法以上に混乱しているようだが、今は無駄玉節約のため、基本的な模擬訓練を中心としているが、直ぐにも実弾演習に入る予定だ。

 それ以外は、歩兵隊、弓兵隊に分かれて独自の訓練中」


 弓兵と歩兵にも独自の工夫は施すつもりだ。何せ、火薬はしこたまあるからな。


「ぶっつけ本番になると思うが、頼むぞ」

「了解だ。やり遂げて見せよう」


 大きく頷くとアクイドは椅子に腰を下ろす。


「次が偵察班」


 クラマが立ち上がり、私に軽く一礼する。


「アークロイの砦の軍属は、将軍1名、武官16名、魔法師隊が40名、騎馬隊497名、弓兵2320名、歩兵5511名です。民間人は、300名、軍相手に商売する商人たちのようですな」

「兵力八千。約十倍にも及ぶ戦力だな。しかも、民間人もいるか。アークロイの砦は堅牢なのか?」

「高い石の城壁で囲まれており、通常の方法ではかなりの犠牲がでるかと」


 兵器の移動までにそれなりの時間と労力がかかる。移動中に襲われては大惨事だ。加えて、民間人に傷などつけられぬ。混戦や乱戦は可能な限り控えたい。今後のスムーズな作戦進行のためにも、敵の数を半分以下に減らす必要があるな。


「では、ラドア山脈の山頂の要塞が完成次第、キャメロットに攻め込んだ武官の首を降伏勧告を添えた上で、送り届けよ」

「誰の名で致しましょうか?」

「そうだな。ラドル軍総大将テオの名をもって行え」


 アンデッド襲撃事件につき王国が知らぬとも思えぬ。私の名を出せば、警戒くらいされるだろう。

 しかし、蛮族ばんぞくと舐め切っているラドル人ならどうか。私の期待通りの単細胞なら、怒り狂って大挙して攻めてくるはず。なにせ、奴らを皆殺しにしない条件が、このアークロイの砦を無血開城すること。人は、下とみなしていた者に慈悲をかけられるのが、最も屈辱らしいからな。


「相変わらず、容赦ようしゃないな。お前のようなバケモノに狙われた奴らには心の底から同情するよ」


 アクイドがしみじみと述べた感想に、皆がうんうんと頷く。


「冗談言ってないで、続けるぞ」

「いや、心の底からの本心だと思うんじゃがな」


 ルロイのどこか呆れた言葉を契機に、私達は計画を細部まで煮詰めていく。


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