第28話 奴隷からの脱却 テオ・グリューネ

 新領主殿――グレイから提示されたラドア地区奪還計画には、少なくとも数百人のラドルの兵士が必要だった。

 だから、こうしてキャメロットの広場に各部族の腕に自信のある若い衆の代表者を集めて事情を説明し、理解を求めたわけだが……。


「テオ、悪いがいくらお前の言でも信用などできん」


 幼い頃からの親友であるカロジェロからの予想通りの返答。他の代表者も渋い顔でカロジェロに無言の同意を示す。

 新領主殿は、帝国人。ラドルはアーカイブ帝国に敗北し、民族は分断され、奴隷同然の生活を強いられているのだ。逆に素直に従う方がどうかしている。

 為す術もなかったテオだからこそわかる。アムルゼス王国軍は強力だった。あの練度の軍では、ラドル前総大将の率いる正規軍でもなければ、太刀打ちなどできなかっただろう。

そのキャメロットを占領する屈強の軍をあの新領主殿は、あっさり殲滅せんめつしてしまった。その力は、紛れもない本物。

 そして、新領主殿の言の通り、間もなくアムルゼス王国軍が大挙して押し寄せてくるのは明白。

 もはや、新領主殿の指示に従うしか、このラドルが生き残るすべはない。

 それに、仮に王国軍が攻めてこなくても、食料も尽きかけてる。悔しいが、このままではあの小さな領主殿の言う通り、あと数か月と待たずにラドルは滅ぶ。

 そうだ。やるしかないのだ。それが例え、いかに可能性が低く、無謀で、死地に同じ同胞達を送ることになろうとも。

 

「新領主殿は――」


 翻意を促すため、口を開こうとするが、


「それはそうだろうな。俺達だって、グレイの異常さをこの目で見るまでは半信半疑だったし」


 新領主殿の部下の一人、赤髪隻眼せきがんの青年により遮られる。

 彼は自らをアクイドと名乗り、先の戦争ではラドルと対立していた傭兵団だとのみ伝えてきた。

 複雑な心境なのは確かだが。彼からはラドルに対する憎悪やさげすみといった否定的な感情は読み取れない。それにテオも先の戦争では一軍を率いていた身だ。対立していた。それだけの理由で一々憎しみをぶつけていたらキリがないことくらい知っている。


(あの紋章、どこかで……)


 アクイドの右袖に刺繍ししゅうされた赤色のおおとりの紋章を以前どこかで見たことがあるような気がした。

 まあ、彼も敵だったのだ。戦場で目にしていても何らおかしくはないのかもしれない。


「まったくだ。まるで、数年前の尖っているだけで何も知らぬ己を見ているようさ」


 長い黒髪を後ろで一本縛しばりにした男――ジュドの言葉に、侮辱されたと感じたのだろう。各部族の猛者達が殺気立つ。


「すごい自信だな。相手は世界でも屈指のアムルゼス王国軍だぞ?」


カロジェロの問いかけに、


「大将が可能だといったのだ。このラドルの地の王国軍は本作戦で壊滅する」


 ジュドはそう断言する。彼は領主殿の右腕であり、相当な信頼を得ているようだ。


「それが信頼する根拠になると思っているのか?」


 カロジェロからの実にもっともな疑問の声。


「今から実施する二日間の研修で、全員例外なく信じるようになるさ」

「そ――」

「反論は後にしろ」


 まだ反論を口にしようとするカロジェロを遮るように、ジュドが端的に言い放ち、


「で、どこから行く予定なんだ?」


 隣のアクイドがジュドに尋ねる。


「本日の午前は此度こたびの戦で使う武器の実証実験の見学だ」

「あれからかぁ……」


 アクイドは心底うんざりしたような表情で、髪をボリボリと掻く。


「ではさっそく移動するぞ」

「うおっ!?」


 テオ達の足元に光の円が浮かび上がり、回転していたが、周囲の風景が突然、建物中へ変貌する。


「どこだ、ここは?」


 強烈な狼狽ろうばいを顔にただよわせながら、カロジェロは周囲を見渡す。他の代表者たちも同様にキョロキョロと周囲を、見回していた。

 一瞬で場所を移動できる術? 冗談ではない! そんな反則級な魔法を帝国は既に有しているのか? 


「今からこの施設である実験を行う。その被験者は君達だ」


 実験? 先ほどは研修と言っていたし、どうにも話が噛み合わない。


「その実験とは?」

「そこの隅のテーブルから銃を一丁とれ。職員が使い方を教える」


(銃? あれのことか?)


 テーブルの上には50個ほどの鉄の筒と、先がとがった半円形の小さな金属が置かれていた。



 鉄の筒と複数の小さな金属を持ち、建物の外に出るよう指示される。

鉄の筒と小さな金属を抱え、木製の扉をくぐると、そこは広大な更地だった。より正確に表現すれば、周囲を高い石壁により覆われている卵円状の広場だろうか。

 ジュドの先導により、その更地の片隅まで移動する。


(あれは鎧か?)


 丁度、帝国の騎士が身に着ける鎧が木に括り付けられ、遥か遠方に悠然と立てられていた。


「私はグレイ様の指示で、その銃の開発を担当したパーズです。今から、その銃の使用方法の説明をします。その銃は弓と同様、遠方からの射出によって目標を攻撃する武器。

まず、そこの白線に立ち、あの的に向けて撃ってもらいたい」


 両目に丸い透明なものを身に着けた白色の服を着た長身の男――パーズが、鎧に向けて指を指す。


「はあ? ここから、あの的までどれほど距離があると思っている? 届くはずがない!」


 カロジェロが即座に不信たっぷりの反論の声を上げる。

 同感だ。あの鎧まで、弓の標的の数倍の距離はある。経験則上、この距離ではどうやっても届くはずがない。


「届きますよ。当たるかどうかは甚だ疑問ですがね」


 パーズは、テオ達の当惑など気にも留めずに、銃についての説明を始める。

 鉄の筒が、小銃ライフル、この小さな金属が弾丸。

 肝心の操作法は、単純だった。

 銃の脇にあるボルトという名のレバーを後ろへ引いて排莢口という入り口から、順に弾丸を装填していく。

 ボルトを後に引いて、引き金トリガーと呼ばれる部分を引くと、弾丸が射出されるらしい。


「俺がやる」


 カロジェロが、馬鹿にしたように鼻で笑うと、一歩前に出る。まったく、信じちゃいまい。

 力も籠めず、ただ指を引くだけでこんな重たい鉄が飛ぶ? とてもじゃないが信じられない。カロジェロの態度は、この場にいる全員の共通認識といえる。

 

 教えられた通り、銃弾を装填し、ボルトを引くと、狙いを鎧に定める


 ドンッ!


 空気を破裂させたような高音に、雷に打たれたように全身を硬直させる。

 

「おいおい、マジかよ。たった一発で命中だと?」


 そのアクイドの声には驚愕と当惑の調子がこもっていた。

 命中? まさか!? 

 目を凝らしてみると、鎧は括り付けていた木ごと真っ二つに折れて地面に転がっていたのだ。


「ば……かな」


 振える手で握る銃を凝視するカロジェロと、パクパクと口を動かす他の同胞達。

 

「ふーむ、中々、興味深い研究対象のようですね」


 パーズは薄気味の悪い笑みを浮かべながら、カロジェロに次の指示を送る。


     ◇◆◇◆◇◆


 午前中の銃の実験とやらが終わり、食堂のような場所に案内される。


「すげぇ! すげぇよ! あの銃って武器っ!!」


 顔を真っ赤に興奮させて、カロジェロがもう何度目かになる言葉を紡ぐ。

 

「ああ、まさかこれほどだとはな……」


 威力、射程距離ともに、弓とは比較にならない。しかも、銃の先を向けた方向に銃弾が飛んでいくのだ。弓と異なり、力や技術はさほど必要としないから、誰にでも扱える。下手をすれば、無力な女にでもだ。これがどれほど狂った兵器かなど子供でも理解できる。


「だが、あんな兵器があるのに、なぜ帝国は先の戦争で使用してこなかったんだ?」


 まさにそれだ。あんな出鱈目な兵器があるなら、戦争すら成立せずに、一方的に蹂躙されていたはず。

 この同胞の素朴な疑問に答えたのは、


「あんな非常識な武器を無能な門閥貴族の豚共に作れるわけないだろ。大将が最近作った兵器の一つさ」


 料理を運んできたジュドだった。

 

「作ったって……領主殿がか? 彼はまだ子供だろう?」


 帝国政府から領地の支配を任される子供。これだけでも噴飯ものだが、その上、あんな超絶兵器を作り出す? 精神の早熟ではとても説明がつかない。そんな子供本当にいていいのか?


「君らの気持ちは手に取るようにわかるよ。だが、真実だ。そんな疑問を口にする時点で、君らはまだこれっぽちも大将という存在を理解しちゃいない」

「領主殿の存在?」

「まあ、この二日の交流で、おいおい知ればいいさ」


 ジュドは、料理をテーブルに並べ始める。



「う、美味い! 何だ、この肉!?」


 これは肉なのか? それにしては獣臭さが皆無だし、何より恐ろしいくらい柔らかく、口の中に入れただけで溶けるような甘味が広がる。


「それはハンバーグ、我が商会の有する人気メニューの一つさ」


 ジュドが、ハンバーグとやらをナイフで切り、フォークで刺して口に含みながらも返答する。


「はんばーぐ?」

「そうだ。肉を細かく切り刻み、卵を付けて焼いたものさ」

「こんな……美味い飯、村の皆にも食わせてやりたい」


 同胞の一人による涙を流しながらの切実な呟きに、ジュドは目を細めると、


「直(じき)にできるようになるさ。あの大将が領主となったんだ」

「……」


 複雑な表情で黙り込む一同。確かに、この生活が保証されるなら、どれほど嬉しいことか。

 同時に、それは帝国へ魂までも屈服するに等しい。帝国との戦争で、気の遠くなるほどの同胞が死に、その誇りと力を奪われた。領主殿が名君であればあるほど、その葛藤かっとうは強くなる。

 仕方ないとはいえ、手放しで喜べることではないのだ。


「俺も少なからず君らと同じ境遇きょうぐうだったんだ。何となくだけど、君らには共感のようなものを持っている。だからあえて言わせてもらう。君らラドルに家畜のような従属の人生を送らせてくれるほど、大将は甘くはないよ」

「それはどういう――」

「直ぐにわかるさ」


 それ以降、ジュドは口を堅く噤み、テオ達にも料理を食べるよう勧めてきた。


     ◇◆◇◆◇◆


 その日の午後は、一人一人、どんな攻撃スタイルが好みかを尋ねられ、ログハウスで待機させられる。

 アクイドからそれぞれ一冊の本を渡されると、


「それは魔導書だ。契約を結んだ上で、簡単な発動訓練を実施する」

「ま、魔導書?」


 魔導書、魔法の才能のないものに魔導の力を授ける奇跡の本。当然帝国でもその貴重さは国宝級だと聞いた。


「疑問もあるだろうが、今は言われた通りに従って欲しい」


一同が頷くのを確認し、ジュドは魔導書の表紙に右の掌で触れるよう指示してきた。


 ……

 …………

 ………………


 休憩所で魔法という奇跡を得て、歓喜に沸く同胞達の中、テオはぼんやりとこの非常識な現象を思い返していた。

 この世界では魔法は強者の証明だ。魔法という奇跡を上手く扱えたものが常にこの世界の歴史を制してきたのだから、それは否定しがたい事実。

 同時に魔法は、一般に強く才能に依存すると信じられ、扱えるものが限られているという欠点があった。

 特にラドル人は、帝国などの他国と比較し、魔法を扱えるものが極端に少ない。より正確には時がたつごとに減ってきている。

 先の帝国との戦争では、使用できるものはそれだけで皆エース扱いだったことからも疑いはない。

それ故、この魔導書という奇跡がどれほどのものなのかを、テオ達は身に染みて知っている。

複数の魔導書を持ち、それを知り合って間もないものに与える。それがどれほど非常識なことかは想像するに容易い。

 いや、魔導書だけではない。あの銃も、戦争自体を一変させる兵器だ。あの兵器の前には、隊列を組んだ歩兵など、ただの的であり、仮に無策に前進させようものなら、あっという間に屍の山を築くことになる。これからは、少人数部隊での行動が推奨されるようになるだろう。

ジュドはグレイ・イネス・ナヴァロという男をおいおい知ればいいと言ったが、逆に全く分からなくなってしまった。

 まさに、この世の理不尽をより集めたような少年。もし、彼が本気で――。

 休憩所にジュドが姿を見せると、


「今日は俺達の故郷に案内するよ」


 その言葉と共に、ジュドはテオ達をある都市まで運ぶ。

 綺麗に舗装された大通りに、規則正しく立ち並ぶ建物。どの建物の窓も不可思議な透明な板でできており、中を窺うことが可能だった。

 大通りを行き交う人々も、豪商や貴族のような高級感溢れる衣服を身に着けている人々から、顔を泥だらけにした農作業を終えた農民など様々な人物がいた。

 この発展具合は、噂に聞く帝都なのだろうか。

 

ジュドは、大通りを歩いていき、正面の奥の四階建ての屋敷へ向かう。


(あ、あれは魔物か?)


 屋敷の中では透明のはねを有する美しい少年が、カウンターで対応に当たっていた。


「ジュドさん、こんにちは、今日はどんな御用で?」

「ああ、村長はいるかい?」

「ええ、今も部屋で書類とにらめっこしていますよ」

「あの人らしいな。早急に取り次いでくれ」

「はーい。喜んでっ!」


 少年は翅を羽ばたかせて、階段を上がっていく。


「彼……は?」


 質問しろという周囲の暗黙の圧力に負けて疑問を口にする。


「彼はムム。このトート村役場の職員だよ」


 村? 役場? この発展した都市が、村だというのか? 

いや、今はそれよりも重要なことがある。


「彼は魔物なのか?」

「いや、魔物ではなく、フェアリーという一族らしいぞ。本人の前で魔物扱いすると泣くから気を付けろよ」

「あ、ああ……」


 どうにか頷く。もちろんテオが聞いたのは、彼が人間かという意味で聞いたのだ。

 だが、あのムムという少年にはラドル民のような卑屈さなどは微塵も感じられなかった。周囲の柔らかで優しい対応からも、信じられんことだが、彼はこの村で同胞とみなされているのだろう。

 帝国も王国も、同じ人間であるラドル人を徹底的に虐げてきた。それが奇異だとは思わない。異端者に対する扱いなどどの国でも同様だからだ。人外の少年を同胞として迎え共同生活する都市があることが、むしろ異常なのだ。


「直ぐに応接間にいくので待っていて欲しいとのことです」

「了解だ。では行こう」



 ジュドは頭がショートしているテオ達を尻目に二階へと上がっていく。



「お待たせしましたじゃ」


 しばらくすると、疲れ切った白髪の老人が姿を現し、テオ達の向かいのテーブルの席へと座る。


「村長、彼らが例のラドル民だ」

「そうか。彼らがモスたちの言っていたゼム殿の故郷の……」


 村長と呼ばれた老人は禿げ上がった頭を掻きながらも、神妙な顔でテオ達を見る。


「じゃあ、村長、今晩から明日の約一日間、彼らを預かってもらえるかい? サガミ商会よりも、彼らにとってはこの村で生活した方が刺激になるかと思ってさ」

「うむ……そうかもしれんな」


 大きく頷くと、村長は職員を呼び、書類に判を押すと、昔話を始めた。

 それは、どうしょうもないくらいの貧困に喘ぐ村の話。

 ゴブリン共の襲撃により、村の若者が多数死に、冬を越すことすらもできなくなる。その上、村には年寄会という名の司祭が、領主側と通じ、圧政を敷いていた。まさに絶望のどん底で現れたのが、領主殿だったらしい。

 領主殿は司祭達、年寄会を追放し、この村にいくつかの指示と助言を与えて今に至る。

 つまり、そのいつ滅んでもおかしくない貧困の村を領主でもない何の権限も持たぬ一般の子供がここまで発展させたという到底信じられない話。だが、村長の顔は真剣であり、その言葉には嘘偽りを含んでいるようには見えなかった。


「儂らも何年もぬしらと同様の状況じゃったから、本来偉そうなことは言える立場には一切ない。だが、あえて伝えよう。今が踏ん張りどころじゃ。今はあの御方と共に、我武者羅に走れ!」


 席から立ち上がり、テオ達の背中を力強く叩くと、部屋を退出していく。



「では、村を案内するよ」


 呆気にとられているテオ達に、ジュドが立ち上がり、そんな有り難い提案をしてくる。


「頼む」


 ようやっとその言葉を振り絞り、立ち上がる。

 

     ◇◆◇◆◇◆


 それから一日、テオ達はトート村で過ごした。

 トート村は農業、商業、都市防衛、いずれも信じられない高レベルを保持していた。

 まずは農業。説明を受けただけで、半分も理解できなかったが、ラドルの田畑の生産力とは比較にならぬもののようだった。

 商業については、豪商や貴族がこの地にいることの合点がいった。

 全ての建物の窓にはガラスという透明の板がはめ込まれており、寒い日でも外の様子が戸を閉めたまま一望できる。

 宿にはお湯につかる施設があり、大層気持ちがいい。しかも、出される料理も滅茶苦茶美味い。

 宿の個室にあるフカフカのベッドと『ストーブ』という暖房装置は、その冷たくなった体を温めてくれる。

 商店街には、時を刻む装置である時計や、女達の肌を綺麗に保つ化粧品なるもの、目のぼやけを治す眼鏡なる器具等、テオ達が今まで見たこともないような商品ばかりが並んでいた。

 低料金で受けられる医療施設も設置され、信じられんことに最低でも二人の医師と呼ばれる治療師が常在しているらしい。

 また、数十人の戦闘を専門とする魔法師が常に村の防衛にあたっている。

 凄まじい経済力と防衛力を兼ね備え、しかも人外の者さえも許容してしまう懐の深い村。

 このトート村は、まさに御伽噺にでてくる天上の国をテオ達に想起させた。

 そして、村人達は口をそろえて、この村の異常ともいえる発展は、グレイと呼ばれるたった一人の少年に起因することを自慢げにテオ達に語った。


「きっと、あの御方は、我らの危機を御救いくださる山賢王なのだ!」


 同胞の一人がその名を口にするが、誰も異議を挟まない。むしろ、トート村を去るときには皆がその名を口にするようになっていた。

 山賢王――ラドル人にとって最も馴染みのある伝承の一つ。ラドルの危機に天から遣わされ地上を救うとされる神の使い。

 別に彼らは信心深い者達ではない。むしろ、年寄達が伝承を口にするのを鼻で笑っていた。なのに、いずれも本気で領主殿を、ラドルの危機を救う山賢王とみなしている。

 彼らをそう信じ込ませるほど、この二日間は衝撃的な経験だったのだと思う。


 集合場所であるトート村の宿の一階へ行くとジュドが待っていた。


「どうだ? 大将という人物が少しはわかったかい?」

「嫌というほどな」


 領主殿は、あのライフルという兵器を発明し、魔導書を授け、おまけに、こんな夢の世界を作り上げるような人物。その御方が必勝を誓ったのだ。あれほど当然視していた敗北の二文字など頭から消失してる。


「なら、大将が王国との戦に勝利すれば、ラドルを世界最高峰の産業、学術都市にするとまで仰った意味についてもわかるだろ?」

「もちろんだとも」


 村長の説明では、領主殿は、このトート村の経営を本来の領主に隠れてしていたに過ぎない。即ち、立場上本気で取り組んではいなかったのだ。この天上のごとき地の発展さえも領主殿には必要最低限なものに過ぎないのかもしれない。

 そして、ラドルは領主殿にとって自己の領地。即ち、何の制約もない自在に開発を行える地。そして、あの領主殿が、世界最高の産業、学術都市とまで言い切るほどの発展が約束されることになる。


「みてみたくないか? 大将の進む先を?」

「そうだな」


 そこは多分、帝国でもラドルでもない理想郷。


「ならば、共に歩もう」


 拳を付き出すジュドに、


「ああ!」


 テオも右拳を軽く打ち付け、グルリと同胞達を眺め見る。


「聞いていたな」

「「「「「おう!!」」」」」

「死に物狂いで同胞を説得するぞ!!」

「「「「「おう!!!」」」」」


 咆哮が宿を震わせ、テオ達は決意を胸に動き出す。

  それは、ラドルが運命の奴隷から抜けだした瞬間だったのだ。

 

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