第27話 繁栄の未来

 それから、数日、サガミ商会の総力を上げ、不眠不休ふみんふきゅうでキャメロットに捕らえられていたラドル人の捕虜を治療し、食料を支給する。

前領主、ダビデの圧政。その悪夢が覚めたと思えば、お次はアムルゼス王国軍による征服。ダビデにより、抵抗する力と気力を奪われていたラドル人にはなすすべもなく、占領されてしまったってわけだ。

 もちろん、肉体的にも精神的にもズタボロにされた占領下での王国軍の暴行の被害のケアも重要だ。

 しかし、それ以上に――。


「ふむ、アムルゼス王国軍は各部族から、食料のほとんどを収奪し、本国へ送ったと?」

「馬鹿げてる! それじゃ、餓死しろと言っているようなもんじゃん!」


 カルラの言葉は、ある意味、真実を示している。より、最悪なことはこの度の領土侵犯行為が一部の軍の暴走では片づけられなくなったこと。これで今回の殲滅だけで手打ちにするわけにはいかなくなった。


「アムルゼス王国軍がキャメロットで占有していた食料を全て開放して、どのくらいもつ?」

「約半年だよ、大将。しかも、あくまでこのキャメロット周辺の五部族に限っての話だ。全部族なら一か月しかもたない」


 ジュドが、投げやり気味に私の前に置いた資料に目を通す。


「こんな非道、許せないよ!」


 太い青筋を額に漲らせながらも、立ち上がり、机に拳を打ち付けるカルラ。


「カルラ、お茶が零れるだろ。騒ぐなら退出を命じるぞ」


 ジュドに射るような視線を向けられ、いまだに肩を震わせつつも椅子に腰を下ろす。

 カルラにとっては、過去のトート村での出来事が重なり、他人事ではないのだろう。


「このキャメロットの捕虜が約100人。さらに、このラドア山脈のふもとに点在する集落も合わせれば、三万人か……」


 この100人は、王国が抵抗をそぐべく、各部族から強制的に連行した者達。当然、その数十倍にも及ぶ人口がいる。

 もっとも、より正確には、帝国はラドル併合後、彼らの結束力を恐れ、帝国領の複数の領地へ特定の部族を強制移住させている。このラドア森林地帯付近にいるラドル人は、本来の総人口の一割に満たない。そして、その九割の帝国領が門閥貴族の支配地域であり、移住の自由や職業選択の自由を奪われ、事実上、農奴や鉱奴として扱われている。

 最終的には、全ラドル人をこの地域へ戻す必要がある。それには、やはり、門閥貴族共との対決は必須。いいさ、今まで好き放題やってきたんだろうし、その報いはきっちり受けさせてやる。


「ご指示通り、食料はジレス様から、ライムギ五万俵を仕入れることができた。さらに、マクバーン辺境伯と、ハルトヴィヒ伯爵家のお二人から、今後食料の援助を約束してもらえたから、当面は、なんとか維持できそうだ」


 五万俵か。三万人の約一年分の食料だ。これなら当面飢えずに済む。資料では売却代金一億G。ジレスの奴、かなり奮発してくれたらしいな。両伯による以後の継続的な食料の供給は本当に助かる。ジレスと以後食料を提供してくれる両伯に一先ず感謝だな。


「それで、族長達は?」

「部族の代表者32名は、既に、キャメロットの総領主館で、待機している」

「わかった。直ぐに会おう」



 ジュド達を連れて、ストラヘイムのサガミ商館から、キャメロットの総領主館内へ転移した。

 大部屋へ入ると、長方形型の大型のテーブルの各席に座る32名の視線が一斉に私に注がれる。

 その瞳に宿るのは、戸惑い、驚愕、不信、憤り、そして憎悪。

 そんな複雑な視線を平然と無視し、最も奥にある領主が座るテーブルの短辺の席に腰を下ろす。

 私が領主の席に座ることにつき誰も異議を唱えないのは、混乱防止のために商会員を通じて、私に関するいくつかの事項が事前開示されているせいもあるのかもしれない。

 

「私がこの地の領主――グレイ・イネス・ナヴァロです。早速ですが、貴方達は今がどういう状況なのか理解していますか?」


 可能な限り、優しく、諭すように語り掛ける。彼らはありとあらゆる意味で傷ついている。上から目線でいくら正論をのたまっても、聞く耳など持つまい。ときには、泣いた子供をあやすかのごとき、繊細でかつ、丁寧な対応が必要なのだ。

 そして、彼らは最も大切なものを失っている。何よりも優先すべきは、それを取り戻させてやることだ。


「……」


 案の定、誰も何も答えない。その理由は、幼い私が帝国人であるだけでこの地を支配することへの反発からか、それとも、言葉にするのさえもただただ辛いのか。いずれにせよ、私は彼らに、責任転嫁も現実逃避する余裕も与えるつもりはない。


「ダビデとアムルゼス王国軍にむしり取られた食料は既に底を尽きかけ、残り一か月と待たず、ラドルは滅びる」


私の言葉により、まるで小波さざなみのように同席者の顔は絶望に染まっていく。

 しかし、まだまだだ。彼らが直面している苦難はそんなものではない。


「おまけに、この地のアムルゼス王国軍が壊滅した以上、奴らはその威信にかけて、軍を派遣し、貴方達を皆殺しにしようとすることでしょう」

「やったのは、貴様ら領主の軍だろうっ!!」


 私の言葉に、長身の黒髪を後ろで結った女性が、血相を変えて、立ち上がり激高する。


「そのとーり。でもそれを相手が知らないなら、結果は同じ。そうですね、あと二週間もあれば、この地に大軍を持って攻め込んできますよ」


 この付近に潜伏している王国の密偵は全て駆逐した。この付近の地理を鑑みれば、奴らがキャメロットの王国軍の陥落を知るまで約二週間。キャメロットに駐在していた王国兵の練度からして、王国軍がこの地にいたるにはもう二週間が必要だ。つまり、一か月の余裕はあるということ。

 もっとも、それを馬鹿正直に、彼らに話すわけもないが。


「この人でなしがっ!」

「帝国のクサレ外道め! なぜ、貴様らはいつも、いつも我らの命をもてあそぶのだっ!?」

「ルチア様達が、あれほど普通のアーカイブ人とは違うというから、多少は期待していたが、結局は同じ。我らを獣同然に扱う鬼畜にすぎん!」


 部族長達は次々に立ち上がると、悪鬼のごとき形相で私を罵倒し始める。

 ほう、面と向かって怒る活力はあるか。それなら話は早い。


「気が早い人たちだ。起死回生の手段はありますよ」

「信用できるかっ!」

「帝国人の言葉など、鵜呑うのみにできぬ!」


 さらなる怒号が一斉に飛び交うが、


「黙れ」


 ドレッド頭の二メートルを優に超える巨漢の男が、静かにそう呟きつつも、掌で机を叩く。木製の机は男の掌状に陥没し、クモの巣状の亀裂が入った。

 そして、先ほどの喧騒が嘘のように静まり返る室内。


「領主殿、話を進めよ」


 いいね。中々の人物と見た。まだこの手の威勢のいい奴が、ラドルの民にも残っていたか。この男がいれば、計画はとどこおることなく進められる。


「なーに、少し見方を変えてみればいいのです。というか、なぜ、貴方達は悲観的にしか物事を見れないのです?」

「この状況をどう、楽観視すればいいのだ!?」


 眉をひそめ、犬歯をむき出しにして、黒髪の女が苛立いらだちの声を上げる。


「アムルゼス王国はこの度、最大の墓穴を掘った。国境のラドア山脈山頂を越えて、しかも、宣戦布告もなしに、この地に進軍したのです」

「だから、それのどこが墓穴なんだ!?」

「わかりませんか? 奴らは自ら我らに領土の奪還する機会を与えました」


 このラドルとアムルゼス王国はラドア山脈を通じて接しており、その山頂が帝国領との現在の国境線だ。より正確には、もとはラドル領だったが、ラドルが帝国との戦争で疲弊ひへいしている最中に、横から奪いとったのだ。

 この度、アムルゼス王国は宣戦布告もなしに、越境した。その上、各部族から、食料を強奪したのだ。その責任は、必ずとらせなければ国際社会への示しがつかない。本来の国土を奪還するには、恰好かっこうの理由となる。


「……それは我らがアムルゼス王国に勝利すればよいとの発言に聞こえるが?」


 白髪の老人が、真っ白で長いひげをさすりながらも、当然のことを聞き返してくる。


「その通りです。今からおそくても三週間内に山脈の向こう側の駐屯地たるアークロイの砦を落とし、王国に対し此度こたびの進軍の報復として領地奪還の主張を行います。それでこのラドア地区は全てラドルものだ」


 私のこの発言に部屋は、ハチの巣をつついたような喧噪けんそうに包まれる。


「馬鹿馬鹿しい、無理に決まってるだろう」

「もし、失敗すれば、どんな報復をされるか……」


 口々に吐き出される否定の言葉に、私は心底うんざりしていた。

 さっき、動かなければこのラドルは滅ぶ。そう断言したはずだ。今更、失敗したことを危惧してどうするんだよ。帝国と王国に、骨までしゃぶられて、ここまで牙を抜かれたか。あやすのはここまでにしよう。


「お、おい、グレイ――」


 私の変容に気付いたアクイドが必死で私の肩を掴むが、


「四の五の抜かすなぁっ‼」


 言葉を叩きつける。

 阿呆のように口をポカーンと開ける部族長達にかまわず、私は言葉を紡ぎ続ける。


「私は言ったはずだぞ。お前達には、滅びか栄光かの二つしかないと。無理かどうかなど関係ない。祖国と家族を失いたくなければ、お前達は、やるしかないんだよ」


 ドレッド頭の巨漢の男は、顎を引き、左手の人差し指で机を叩いていたが、私をその闇色の瞳で射抜いてくる。


「領主殿は我らが王国に勝てる。そういうのか?」

「それは、お前達次第だ」

「精神論だけで、勝てる相手ではないぞ?」

「間抜けっ! 戦争に精神論を持ち込むなど、心底おぞけ立つわ! 

戦争ってのはな、強者が勝利するものなのだ。そして、強者とは勇猛果敢ゆうもうかかんなものではなく、より多くの他者を殺せるものをいう」

「つまり、領主殿は王国軍よりも、我らの方が殺せると?」

「ああ、私の立案した策と兵器を用いればな」


 奇妙なほど静まり返る中、ドレッド頭の男は初めて口端をニィと吊り上げる。


「最後に、領主殿の目的を聞かせろ」

「それは本作戦参加の条件か?」

「いや、信頼関係の構築だ」


 信頼関係の構築ね。確かに、それは私の目的とも合致する。

 この場で私が何を宣おうが、この者達は帝国人の私を真の意味では信頼はすまい。仮に、私とサガミ商会のみで王国軍を撃退しても、私が帝国軍を動かして為したなどと、勝手に解釈し、自らの殻に閉じこもる。

 結果、私の言を世迷言と断じて、耳を貸さず、楽な従属の生活を選択してしまう。そうなれば、私の計画はことごとく失敗するのは目に見えている。

 ラドル人から、自虐精神じぎゃくせいしんを軒並み排除するしか、私の目的は真の意味で達成できない。


「いいだろう。一度しか言わぬから、耳をかっぽじってよく聞け。

 私はこのラドルを世界最高峰の産業、学術都市にしようと考えている。そのためには莫大な人員と土地、資金がいる。ラドア山脈周辺? 三万の人民? はっ! 今のままでは全てがまったく足らんのだよ」


 ドレッド頭の顔つきが明らかに変わる。


「領主殿は、同胞を解くと?」

「甘えるな。それを成すのはお前達の責務。そうではないか?」

「……それを……いや、やめて置こう。今のままでは全てが絵空事。どの道、我らに選択肢はないからな」


 ドレッド頭は立ち上がり、他の部族長達を見渡す。部族長達も小さく頷くと、次々に立ち上がった。


「俺は部族グリューネの長――テオ。この度のいくさ、我らは領主殿に従おう」


 テオが姿勢を正し、両腕を平行に向けると、他の部族長達もそれにならう。


「振り返るな。もう、お前達にみじめな過去は必要ない」


 私は、一度言葉を切ると、


「待つのは、勝利後の繁栄はんえいの未来だけだ」


 そう力を込めて、宣言したのだった。

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